side1 ミルン.4
小屋へ入る直前、パパが膝をつき血を吐いて私とママを離してしまう。
「パパ…?」
パパの背中には斜めに大きな傷が開いており、そこから血が足元へ水の様に流ていた。
「ユカリっ、まだ生きているかい?」
パパはママに問う。
「生きてっるわよ…クソっ血が…とまら…」
私は土の上で座り込む二人を交互に見て、どうする事も出来ず、ただ涙を流すだけ。
「ミルン、聞きなさい。パパからな…頼むっガハッから…強くっママみたいにっ生きなさい!」
私はパパの服を掴み首を横に振る。
「ママ…からは、げ…きでっいて、ほしい! かな」
ママを見ると、笑顔で頭を撫でてきた。
「いつかっ…きっ…と、かならず、来てくれ…るっブフッ」
ママの口から血が飛び散り、私の顔を濡らす。
二人は私を包み、涙を流していた。
もっと一緒に居たかった。
大きくなる姿を見たかったと。
元気でいて欲しいと。
「パパ…ママ?」
二人は私を包み込んだまま、ゆっくりと冷たくなっていく。
ママの声が、掠れて聞こえた。
ミルンをお願いーと。
私はパパとママを呼んだが、もう、言葉は返ってこなくって、ただ、泣き叫んだ。
なんで、どうしてと、誰も応えてくれなくて、ただひたすらに泣き叫んだ。
優しく頭を撫でてくれる人はもういない。
どれ程泣き叫んでいただろう、朝日が昇り、私は動き出した。
パパとママをこのままにしておけず、二人の頭を撫でて、おやすみなさいと声を掛け、何時間も穴を掘り、魔物に食い荒らされない様深く、深く穴を掘り、二人を一緒の場所に埋めた。
また涙が溢れて来て、叫びたくなる気持ちを抑え、パパの斧を持ち歩き出した。
それからも地獄の様な日々だった。
村の様子を見に行くと、生きたまま皮を剥がされる者、子供の目の前で首を飛ばされる者、男達に遊ばれる者等、反乱に関わっていない獣族までもが蹂躙されていた。
私は直ぐに村を離れ、ママが建てた小屋で震えながら眠れぬ夜を過ごし、次の日、また次の日と痩せ細っていった。
空腹で頭が回らず、虚のまま、森へ入ると、数日前にパパとママが倒したオークがまだ転がっていた。
私はそのままオークに齧り付く。
生臭い、吐きそうになる。
でも食べないと死ぬ。
パパからは強くあれと、ママからは元気でいて欲しいと言われた! なら食べなきゃ!
私は食べた。
二人が願った最後の言葉。
それを守る為に。
残ったオークは引き摺り、小屋へと運び、斧で切り分けた。
火は無かったが、水はすぐそこに流れている。
お腹を満たした私が先ずしなければならない事は、この森で生き抜く事。そう決め、小屋の外で、自分と同じ大きさの斧を力の限り振る、振る、振り続けた。
小型のゴブリンや、オークを背後から、時には罠に掛け、時には木の上からと狩り続け、その肉を喰い、生きながらえた。
どれ程経ったのか、時折昔嗅いだ事のあるパンの匂いが漂って来きて涎が出るが、村へ行くのは死ぬと同じ事と思い我慢をして、オーク肉を食べ誤魔化した。
私は二年間、ずっと一人で過ごしていた。
そんな時、川でゴブリンの血が付いた顔を洗っていたらレモモが流れて来た。
私は果物なんて森に篭ってから食べた事が無くて急いで取りに行った。
でも…レモモじゃ無かった。
赤い服にお尻が半分出てる…人だった。
最初はこのまま放置しようかなと思ったけど、村でも見た事が無い服に変な物を背負っていると興味が勝り、背負っている物を持って引き摺りながら小屋へと運んだ。
そして、起きるなり私の耳と尻尾を撫でまわし、噛みつくと怒り、謝れと言われて謝るが、もの凄く変な人だと思った。
それでもあの名前を聞いた時ー
「あのっおじさんは」
「流だ」
「でもっ」
「流だ」
「流れで良い、呼び捨てで構わない。それとな」
「助けてくれて有難うございます」
ーママの最後の言葉を思い出した。
ミルンをお願い、流と。