side1 ミルン.4
2026/02/20 加筆修正致しました。
ママの匂いを辿って、どれ程歩いたのか。
歩けば歩く程、嫌な臭いが強くなって、ママの匂いが、薄くなってくる。
「ママはつよいっ、だいじょうぶっ。ママはつよいっ、だいじょうぶっ」
ゴブリンを見付けたら、木に登ってやり過ごし、石や木の棒を拾って、慎重に、慎重に、匂いを辿って行く。
そして────辿り着いた。
そこには、夥しい程の、オークの死体が転がっており、その先に、ママが居た。
「マ──っ」
最後まで声が、出せなかった。
何故なら、ママの右腕が、無かったから。
巨大なオークが、"ソレ"を食べていたから。
「嫌にっ、なるわね……人の腕をむしゃむしゃと、腹壊すわよっ」
「モウヒドツ、クウ。アジモ、クウ」
「あんたも、死にそうじゃ無い。サクッと死んで、立派なお肉にっ、なりなさいっ!!」
ママがオークに接近するが、動きが遅い。
「アダマ、ズブシデヤドゥッ!!」
巨大なオークが、ママを捕まえようとする。
ママは、私が分かる程に、弱っていた。
「ぐっ!? やっばっ、魔法は打ち止めっ!」
「ヅガマエデッ! オガジデッ! グウッ!」
だからこそ、私は全力で、飛び出した。
そして、巨大なオークの背中目掛けて、全力で、木の枝を突き刺したっ!!
「モウイッビキ、ミズゲダァッ!」
「んんっ! うがぁっ!」
「ミルンっ、逃げてええええええっ!?」
全力だった。
めいいっぱいの力だった。
それでも所詮は、木の枝だ。
私は、無力だった。
それでも、諦めたくは無かった。
「ママをっ、たすけるんだああああああっ!!」
「ははっ、流石、僕の娘だっ!!」
ザンッッッ────っと、何か音がしたと思ったら、巨大なオークが、大きな音を立てて、前に崩れ落ちた。
その衝撃で、前にころころと転がり、ママにそのまま捕まり、片腕で抱き締められた。
「ミルンっ! なんであんな危ない事したのっ! ママが折角っ……はぁっ、はぁっ、痛っ……ゼス、助かったわ」
「ぎりぎり……っ、かな? そのまま動かないで。止血するから……」
「……パパ?」
「ああ、パパだよ。遅れて済まない……縛るぞ。ちょっと痛いけど、我慢してねっ!!」
「ぐぅぅぅぅぅぅっ、痛ったいわぁっ!」
パパの顔を見上げると、いつものニヤけたパパだ。それなのに、その筈なのに、何故か今のママと同じ、顔色をしていた。
「すまないユカリ。急いでここを離れないと、魔物が来ちゃうからね」
「分かってるわ……川の近くにっ、小屋を作ったから……そこに、行きましょう」
「肩をかそう。ミルンは反対側から、ママが転けない様にっ……支えてくれ」
「うん。パパ、だいじょうぶ?」
「ああっ、大丈夫だよ、ミルン」
パパは、斧を片手に持ち、ママに肩をかして、ゆっくりと歩き出す。
私は、ママが転けない様に支えながら、他の魔物が来ないかを、鼻で警戒する。
「はぁっ、はぁっ、ユカリ。意識をしっかりと持つんだ。目を閉じるなよっ」
「分かってっ……るわよ。たくっ、魔法が使えればっ、こんな傷っ……」
「仕方無いさっ。まさか、オークキングっ、なんてね。ふぅっ、ふぅっ、ミルン……っ」
「なあにパパ?」
「魔物の臭いはっ、大丈夫かな?」
「こっちにこないの」
「そうかっ……急ごうっ」
私達が、小屋の前に着いたのは、朝日がゆっくりと、顔を出した頃だった。
小屋へ入る直前、パパが膝を付き、血を吐いて、ママと一緒に倒れ込んだ。
「ぐふっ……ぐっ……」
「ゼスっ……」
「パパっ!?」
倒れ込んだ、パパの背中を見て、驚いた。
斜めに入った、大きな傷。
そこから血が溢れ、背中全体を、真っ赤に染め、ゆっくりと地面に、流れ出て行く。
「ユカリっ、魔法は……使えないっ、かな?」
「無理……使おうとっ、しても……発動しない。私も、血が……止まらないっ」
「パパ、ママ……?」
「あぁ……っ、それなら、言わないとっ」
パパは、歯を食い縛りながら、ゆっくりと座り、ママを抱く様に、同じ様に座らせた。
「ミルン……こっちにおいで。パパとママとっ、少しだけ……お話しをしよう」
「……うん」
私は、パパとママの間に、ゆっくりと座り、二人を見上げた。
いつものパパの顔。
いつものママの顔。
二人共笑顔で、優しく頭を撫でてくれる。
それなのに、私は何で、泣いているのか。
「ミルン。良く聞いてっ……パパからは、一つだけ。ママの様にっ、強く、強く生きなさいっ」
「パパ……っ、いやっ。パパとママとっ、さんにんでっ、ずっといっしょっ!」
「頼むよ……っ、パパからの、お願いだねっ」
パパはそっと、尻尾を撫でて来た。
私はその手に、そっと尻尾を絡ませる。
「じゃぁママ…からは……、アレかなぁ。賢く、優しく……っ、幸せになって……やっぱり、無理だぁぁぁっひぐっ、うぅぅぅっ」
「ママっ、泣かないでっ」
ママをゆっくり、抱き締める。
「ユカリ…ミルン…、愛して…る…よ」
「ゼス…ミルン…私もっ……愛してるっ」
二人が、ギュッと、私を抱き締めてくれた。
いつまでも、いつまでも。
目を開ければまた、三人で楽しく暮らせる。
そう思っていた。
ママの声が聞こえて、顔を見上げた。
「ママ……」
そっと、ママの顔を触る。
そっと、パパの顔を触る。
優しく、揺さぶってみるけど、動かない。
何も言葉を、かけてくれない。
それを私は、幼いながらに、知っていた。
「ねるなら、おふとんだよ……」
ママの体を、ゆっくりと横にする。
パパの体を、ゆっくりと横にする。
小屋の中から、大きな皮袋を持って来て、頭を痛めない様に、二人の枕にした。
「ふたりともっ、あさごはんのおじかんっ!」
優しく、ママのお顔を触る。
優しく、パパのお顔を触る。
震えながら、干し肉を齧る。
「ほら……パパ…ママっ、ミルンがんばるから、ミルンっ、がんばれるがらっ、うぅああああああああああああ────」
優しく、頭を撫でてくれた、パパとママ。
その二人は、もう起きる事は無い。
どれ程、泣き叫んでいただろう。辺りが少し、暗くなって来た。
このままここに、パパとママを寝かせていると、魔物達襲われてしまう。
「ぅぅっ……パパ、ママ……」
だからこそ力を込め、穴を掘った。
深く、深く、魔物達に、掘り起こされない様に、深く穴を掘った。
ママが建てた、小屋の板を外し、それを穴に斜めに置いて、二人を穴へと、優しく運ぶ。
「パパ、ママ……おやすみなさい」
ゆっくりと土を被せ、そこに石を置いた。
また、涙が溢れて来て、叫びたくなる気持ちを抑え、パパの斧を持ち、小屋に入った。
初めての、一人ぼっちの夜。
ママが寝ていた場所に、そっと体を丸め、斧を握り締めながら、眠りについた。
それからの日々は、正に地獄だった。
パパとママは、居ないのだ。
朝になると先ずは、パパの斧の素振り。
重たくて、持ち上げる事が出来ず、無理に持ち上げて、何度も転けてしまう。
それでも諦めない。
パパの最後の言葉が、『強く生きなさい』だから、強くなりたかった。
それでも、数日も経つと、心細くなった。
だからそっと、村の様子を見に行った。
ミルンを可愛がってくれた、同じ獣族の、ダウンおじちゃんが、居るかも知れない。
そう思って、村の裏側から、中を覗いた。
そして直ぐに、小屋へと逃げた。
その日はずっと、小屋の中で、震えていた。
獣族達の、死体の山を見た。
そこで声を上げていたのは、誰なのか。
『獣族は奴隷であり、悪しき魔物の一種である。だからこそっ、見付け次第殺せっ!!』
私は本当に、一人きりとなった。
それから数日も経つと、干し肉が尽きた。
魚を捕ろうとしても、逃げられてしまい、草を食べたら、お腹を壊した。
意識が朦朧とする。
空腹で、頭が回らない。
そんな時に思い出したのは、あのオーク。
斧を引き摺り、森の奥へ進んで行くと、パパとママが倒したオークが、まだ転がっていた。
魔物達でも、食べ切れない量の肉。
私はそのまま、オークに齧り付いた。
生臭い、吐きそうになる。
でも、食べないと死ぬ。
私は食べた。
硬い"石の様なモノ"も、噛み砕いて食べた。
斧で肉を切り分け、何度も小屋と往復して、肉を吊るして、明日のご飯にした。
そしてまた、腹痛に襲われた。
次の朝になると、腹痛が嘘だったかの様に、治っており、疑問に思ったけど、無視した。
理由なんて、分からないからだ。
そして、朝のお肉を食べて、斧を振った。
直ぐにまた、腹痛に襲われた。
そんな事を繰り返していたら、いつからか、腹痛に襲われる事が、無くなった。
そしてお肉も、食べ尽くした。
ならばこれから、どうするか。
弱い魔物を狩った。
獲物としたのは、小柄なゴブリン。
それでも、私より大きかった。
石を投げ、気を逸らしたら、斧で割る。
何度も何度も、繰り返した。
そして、小屋に持って帰り、川でしっかりと血抜きをして、そのまま食べた。
そして直ぐ、腹痛に襲われた。
そんな日々を過ごして居たら、魔龍の川の近くで、誰かが座り込み、何かをしていた。
村の人であれば、逃げないといけない。
そっと、小屋の中から警戒していると、その知らない人の手に、お魚が握られていた。
そしてその人は、小屋に近付いて来た。
私は斧を手に、ジッと身構える。
ドンドンッ────『失礼、誰かいないか?』
普通なら、こんな場所まで来る、怪しそうな者に、返答なんてしないだろう。
「あなただあれっ!」
でも私は、ママの子供なのだ。
反射的に……返答してしまった。
『私の名か。エルファス、"シアード・エルファス"と言う者だ。敵では無いぞ?』
やっぱり、知らない人だ。
敵かも知れない。
そぉっと、扉に近付き、開けた瞬間に、斧の一撃で、仕留めるっ!!
「だから、敵じゃないって」
急に背後から、声がした。
振り向き様に斧を振るうが、『良い一撃だね』と、余裕で斧の"刃"を掴まれ、そのまま斧が、砕け散った。
「あ……パパのおのっ!? パパのっ……うわあああああああんっ、パパのっ、がだみっ、ごわれだああああああ────」
「えっ、えぇ……これ、私の所為……」
そのまま、ひたすら泣き続けていると、香ばしい何かの匂いが、鼻を刺激して来た。
「んんっと、さっきは御免ね。斧はもう、直す事は出来ないから、お詫びに、これをあげるよ。結構釣れたからね」
「おさかな……」
「納得いかないのは、分かってるけど、私に出せる物と言ったら、魚と知識だけなんだ。お金なんて、持って無いからね」
ゴルキュルルルルルッと、魔物肉ばっかりだった私のお腹は、お魚を求めてしまった。
「ほら、焼けたよ。美味しいぞぉ」
「いただきます……どうやって、ひをつけたの」
火を着ける道具なんて、ここには無い。
その、顔も見えない外套の下にでも、何か道具を、隠しているのだろうか。
「んっ? 火なんて、こうすれば」
その人の人差し指に、火が灯った。
「まほう? ミルンにもつかえる?」
「魔法が使いたいのかい? お嬢ちゃんはどう見ても、獣族だから……んんっ? んーっ?」
「なんでミルンのおかお、ジッとみるの」
「ボソッ(混血? いや、まさか……有り得ないでしょ、こんな事……)」
この人は、変な人。
いつかまた、ママに会った時に、怒られちゃうから、口には出しちゃ駄目だけど、心の中で思う分には、セーフ。
「えっと、お嬢ちゃん」
「ミルンです」
「そうかい。それじゃあ、ミルンちゃん。私の知識は、とある場所で教えよう。どこで教えたかの記憶は、"変えさせて貰う"けど、基礎はしっかり教えるから、安心して欲しい」
「むぎゅむぎゅ、んぐっ。ミルン、まほうつかいに、なれる?」
「それは分からない。でも、ミルンちゃんなら若しかしたら……。どうする?」
「おぼえたいっ!────」
それからの記憶は、少し曖昧だ。
何処かも分からない、知らない場所で、延々と、変な人から、魔法のアレコレを、教えて貰って居た様な気がする。
気付いた時には、小屋に居て、変な人の姿は、何処にも無かった。
「まぼろし?」
パパとママが死んでから、初めて、楽しいと思えた時を、過ごして居た……筈。
「へんなひと、いなくなった?」
目の前に有るのは、焼魚。
火がどこにも無いのに、焼魚。
「またひとり……むぎゅむぎゅ。さみしいなぁ」




