side1 ミルン.3
2026/02/20 加筆修正致しました。
村の裏手の山。その奥には、魔龍の川と謂れる場所が、存在する。
オークの上位個体や、変異ゴブリン。
オーガの目撃情報も有る、怖い場所。
そうパパには、聞かされていた。
「はぁっ、はぁっ、くっ……ミルン、大丈夫? 何処か怪我とかしてない?」
「ママは、だいじょうぶ?」
ママの目は真っ赤で、それでも私に、笑顔を向けて、心配してくれるのだ。
「大丈夫っ、ママは大丈夫よ」
私は、頭を動かして、それを見た。
とても静かに、流れる川。
お魚が泳いでいる姿が見える程、水は透き通り、ここがあの、魔龍の川だとは思え無い。
「っ、明るくなって来たわね……」
「パパは、くる?」
「ええ、必ず来るわ。ゼスは、ミルンのパパは、ああ見えて強いんだから」
それは私も、知っている。
木の棒を振り回しても、擦りもしないのだ。
後ろから襲っても、避けられるのだ。
「パパはつよいっ」
そう考えると、気が楽になった。
緊張が解けた。
そして自然と────ゴキュルルルルルルルッと、お腹の虫が鳴いた。
「ふふっ、そうね。ミルンのお腹が鳴ったら、朝ご飯を食べ無いと」
「ごはん? おさかなさん?」
「んーっ、今は捕る物が無いし、ちょっと待ってね。えっと……ゼス、何やってんの」
パパから渡された、皮袋の中身。
数日分の干し肉。
水を入れる為の筒。
売れそうな鉄屑。
そして、何故か毛玉。
「すんすんっ……ミルンの尻尾の毛玉ね」
「けだまっ」
「中に入れときましょ。それじゃあミルン、お口をあーんして?」
「あーん、むきゅむきゅ。んーっ!」
ママのあーんで、お口に干し肉を入れられるけど、コレをママがやる時は、寂しい時だ。
「むきゅむきゅ、んくっ。ママは食べ無いの?」
「勿論食べるわよ。でも先に、ミルンからね」
「あむっ、むきゅむきゅ」
私に干し肉を食べさせながらも、ママの耳は忙しなく動き、周囲を警戒している。
ここはもう、魔物の領域なのだ。
いつ襲われても、おかしく無い。
「ぬぃっ、もう、たべれないっ」
「んっ? ああっ、御免ねミルンっ。それじゃぁ、ママも貰うわね」
「おなかいっぱいっ……くわぁぁぁっ」
お腹がいっぱいになると、眠たくなる。
ただでさえ、暗い時間に起きたのだ。
「ふふっ、可愛いなぁ。大丈夫。ママが見てるから、ゆっくり寝てなさい」
「うにゅ、んんーっ」
魔物の生息域である、この場所でも、ママの腕の中なら、安心して眠れた。
ドンッッッ────「むわぁっ!? なにっ、なんのおとっ!?」
凄く大きな音で、目が覚めると、ママに抱っこされていた筈なのに、ママが居ない。
辺りを見渡すと、"ドンッッッ"とまた、大きな音が聞こえたから、ゆっくり立ち上がって、その音がする方へ、歩いて行った。
「なんのおと……まもの?」
音の聞こえた場所は、この先。
木の影から、そっと覗き見る。
「んーっ、ママっ!」
ママが魔法を使って、凄く大きな木を、切っているだけだった。
「おはようミルン。と言っても、お昼過ぎだけどね。こっちに来て、手伝って頂戴」
「おてつだい?」
「この木材を、川の近くまで、運んで欲しいの」
「わかりましたっ」
私はママの子供だから、結構力持ちだった。
自分の背丈、二人分の木材を、ママと一緒に運んで、『むふーっ』と、やり切った。
「これ、なにするの?」
「ふふふっ。お家を建てるのよっ!」
「おうちっ!」
「と言っても、ただの小屋だけどね。ミルンは危ないから、近付いちゃ駄目よ?」
そこからのママは、凄かった。
丸太の端を手で毟り、それを何本も繰り返して、更にそれを繋げて行く。
『んんーっ、ミルーン。そっちから見て、傾いてる所とか無いかなーっ』
右に物凄く、傾いていた。
私も同じ様に、右に傾き、転がった程だ。
「みぎーっ!」
『右ねーっ、ありがとーう』
更に右に傾いた。
どうやら伝え方を、間違った様だ。
「ひだりーっ!」
『あっ、ミルンから見て右か』
ふと、疑問が沸いた。
木を切る時も、小屋を建てた時も、結構な音が響いてるのに、魔物が来ない。
その疑問を、ママに聞いてみた。
「なんでここ、まものこないの?」
「ふぅっ、重労働ね。魔物が来ない理由? そうね……なんでかこの場所には、魔物のう◯ちが、落ちて無いのよねぇ」
「う◯ちおちてない?」
「だから、比較的安全って事。それでも、森の奥に気配はあるから、行っちゃ駄目よ」
「うんっ。ママといっしょにいるっ」
それから半日は、経っただろうか。
隙間だらけだけど、柱はしっかりしている、ママ渾身の小屋が、完成した。
もう直ぐ日没。
ギリギリ間に合ったと、額の汗を拭ったママは、小屋ぐるっと回って確認。
「……崩れなければ、良しっ!」
「ぺっちゃんこ?」
「そんな不安な顔しないのっ。柱がしっかりしていれば、崩れないからね?」
「うん……う◯ちは、どこでするの?」
ママはスッと目を逸らし、小屋近くの地面を指差し、うんうんと頷いた。
開放感溢れる、おトイレだ。
「さあミルン。ここで、パパを待つわよ」
そう言って、ママと一緒に、小屋の中でむきゅむきゅと、干し肉を齧っていたら、いつの間にかママは、すやすやと眠っていた。
「ママ、おやすみっ」
ママは疲れが、溜まっていたのだ。
目をくわっとさせて、小屋の隙間から、魔物が来ないか、周囲を警戒する
「ミルンがママを、まもるのっ」
パパ来るまで、頑張らないと。
そう、思っていた。
日が沈みきり、暗闇が小屋を、包み込んでいる中でも、私の視界は良好だ。
犬人は、夜目が効く。
「くわぁぁぁっ。なにもこないっ」
ゴブリンの姿すら、見えない。
そう思っていたら、もよおしてきた。
勿論、大きい方だ。
ママをチラッと、起こさない様に、そぉっと小屋から出て、裏へと回り、そのままズドン。
「くさいのはっ、だしたらうめるっ」
夜にも関わらず、スッキリ爽快。
気持ち良い夜風に当たり、その余韻に浸っていると、何処からか声が聞こえた。
「んーっ? パパ?」
遠過ぎて、良く聞き取れない。
もしかしてパパは、森で迷っている?
有り得る事だった。
そっと、扉の隙間から、すやすやと寝ているママを見て、決めた。
「まったくパパは、ママにしんぱいかけてっ」
自分が迎えに、行ってあげよう。
ゴブリンやオークなんて、敵じゃ無いもん。
そう思い、森へと足を踏み込んだ。
「ぬぅ……へんなにおいが、じゃまするのっ」
耳をピコピコ動かして、声を探る。
ちょっとした斜面を登り、岩を避け、先へ先へと進んでいると、やっぱり声が聞こえた。
「パパ?」
私は、愚かだった。
パパの声では無いのに、パパだと思い込んでしまい、そのまま進んでしまったのだから。
生い茂った草を掻き分け、周囲を警戒しながら、声が聞こえた場所まで来た。
無防備に、姿を見せてしまった。
「パパじゃないっ……」
そこに居たのは、オークの群れ。
より正確には、巨大なオークキングが従える、ハイオークの群れ。
私は小さいから、まだ気付かれて無い。
そっと、そっと、後退る。
「ぅぅっ……」
そっと、そっと────『ゴアアアアアアアアアアアアアアア──ッ!』
その雄叫びと共に、オークキングのギョロッとした目玉と、目が合った。
気付かれた。
だけど"オーク"なら、走れば逃げ切れる。
そう思っていた。
その時の私は、"オークとハイオーク"の違いなんて、分かる筈も無かった。
逃げようと、後ろを振り向いた瞬間────「ふぇ──っ、ぎゃんっ!?」
突然の、背中の痛み。
あの一瞬で、オークに掴まれ、投げ飛ばされて、木にぶつかったのだ。
『フゴッフゴッフゴッ……ゴアアッ!』
『フゴォッ』
『フゥッ、フゥッ、フゥッ』
『プギャアアッ!』
普通の人族なら、死んでいたであろう衝撃でも、私は獣族。ママの子供。
普通の人族よりも、頑丈なのだ。
「ぅぅっ……っ、むぅぅぅっ」
だからこそ、オーク達にとっては、壊れ難い、良い遊び道具なのだろう。
私が生きてると見るや、ボールの様に蹴り飛ばされ、叩き付けられ、転がされた。
何度も、何度も、何度も。
私は体を曲げて、それに耐えた。
『フゴアアアッ』
そして、オーク達は、飽きたのだろう。
ピクリとも動かない私に、斧を持ち、ゆっくりと近付いて来る。
「……(パ…パ、マ…マ…)」
声はもう、出なかった。
ただ、パパとママに、会いたかった。
目の前で、オークは止まった。
『フゥッ、フギィィィッ』
オークはニタァっと笑い、持っていた斧を勢い良く、振り下ろした────筈なのに、痛みが襲って来ない。
腫れた目を、薄っすら開くと、目の前で、何故か斧が、止まっていた。
違う、止められていた。
斧の先端を握り締め、目を血走らせた、オーガの如き形相のママが、そこに居た。
「(マ…マ…)」
「おいっ、糞豚……ウチのっ、ミルンにっ、何してくれてんだゴラアアアア────っ!!」
────バギィンッッッ!!
オークの斧が、粉々に砕かれ、そこに立っていたオークも、『ブヒュッ!?』一瞬にして、ミンチとなった。
「ふぅ……っ、ミルンっ!」
「(マ…マ…っ)」
ママ、御免なさい。
約束を破って、御免なさい。
そう、言いたかった。
「ちょっと待ってね……久々過ぎて、えっと、こんな感じかな……うりゃっ!!」
ママの魔法は、何度も見た。
ママ必殺のアイアンクローに、風を纏わせて、パパの頭をスッキリさせていた。
でも、この魔法は、見た事が無い。
体がポカポカして、痛みが引いていく。
「どう? 痛いの無くなった?」
「マ…マ……、ママっ!!」
「はいはい。まったく……森に入っちゃ駄目って、あれ程言ったでしょ」
「むぅぅぅっ」
ママの胸の中で、丸くなった。
痛かった、怖かった。
そんな思いばかりが、頭の中をぐるぐるとして、何も言えなかった。
ママのお洋服を、ギュッと強く、握り締める事しか、出来なかった。
「オークキング……待ってくれているなんて、案外紳士じゃない。見た目はアレだけど」
「フゴッ、フゴッ。イイエザ、ギダ」
「あーっ、喋れるのね。話が通じるのなら、どうか私達を、見逃してくれない?」
「オガズ、ダベドゥ、バラバラ」
「ですよねぇ……ボソッ(ミルン。パパに教わった、受け身を取るのよっ)」
「えっ────ママっ!?」
私は────空に居た。
ママの魔法で、飛ばされたんだ。
遠くに薄っすらと、火が見える。
恐らくは、住んでいた村。
近くに川が流れている。
そこを辿れば、あの小屋まで行けるだろう。
それでも、ママと居たい。
あの数のオークでは、ママも危ない。
バキバキバキッと、落下の衝撃を枝で殺しながら、転がる様に地面に落ちた。
「えふっ、ママっ……ミルンが、助けないとっ」
痛む体を起こして、ゆっくりと歩く。
ママの匂いを辿れば、あの場所まで戻れる。
ゆっくりと、ゆっくりと、歩いて行った。




