26話 女王の思惑
2026/06/28 改稿
先日、前王にその勢力を拡大した、目障りなアルテラ教の大聖堂が、見事に消滅した。それはもう、欠片も残さず掻き消えた。
それはとても、嬉しい事。
それに加えて、その大聖堂を消し去ったあの男、小々波・流との、姪のミルン以外の繋がりも作れて、万々歳。
「この書類の山さえ、なければのぅ」
「陛下、これでも少う御座います。私を含め全ての文官で、何とかここまで減らしているのです。文句を言わないで下され」
「分かっておるわ。早よ仕事に戻らぬか」
「……失礼致します」
シッシッと、マッダリー大臣を執務室から追い出し、王都に降り注いだ、砂煙の被害報告書に目を通しながら、先日のアレを振り返る。
「まさか、本物の魔王だなんてねぇ……これからどうしたものかしら」
先日、お茶の時間に突然起きた──このジアストール城が、崩れるかもと思った衝撃。何事かと思い、バルコニーに向かったら、城からの見晴らしが、良くなっていた。
「あれは、気持ちよかったですわね。次からはあそこで、お茶にしようかしら」
ここ数日、魔王の動きは追っていた。
あの手配書がばら撒かれた時は、少し冷やっとしましたけども、直ぐに私の言葉を伝えて、民の目を教会に向かせた。
「まさか、情報戦を仕掛けるだなんて……」
ラクレル村を蹂躙し、北門で兵を圧倒したから、力任せの男だと思っていましたのに、予想外でしたわね。
そんな男だからこそ、念には念を入れた。先んじて、囚われていた獣族を助け出し、なるべく刺激しないように注意した。
「いやぁ、危なかったっすねーっ」
「……急に現れるでないわっ!」
「まあまあ。私のお陰で、この国が残ってるんっすよ? 感謝して欲しいっす!」
この影の言う事も、もっともだ。あの砦に瀕死の獣族達が残っていたら、大聖堂だけでなくこの城までも、消えいた可能性がある。
「で、影や」
「何っすか?」
「どうしてお主は、亡骸を放置したのじゃ? アレを見せなんだら、あの男は大聖堂を破壊せず、すんなりと事が、収まったであろうに」
にも関わらず、この影だけでなく、獣族を保護した他の影も、砦内に残された亡骸には、一切触れる事をしなかった。そもそもが亡骸の存在を知ったのも、あの聖女からの言伝で、初めて知ったのだ。
「そうっすねぇ。あの流様を試す為と、陛下に現実を知って貰う為っすよ」
「この儂に……現実を?」
「そうっす。いくら奴隷から解放されても、獣族達は救われてないっていう、"現実"っすよ」
「っ……痛い所を突きよるわ」
恐らくこの影達は、以前からあの砦で、獣族が虐げられていた事を知っていた。知ってはいても、手を出す訳にはいかなかった。
此奴らは影。
自ら王を選び、その王を試し、王に相応しくないとなれば、従う事をしない、ジアストール王国に古くから存在する、暗部。
「表に出ぬが故に、手を出せなかったと」
「本来ならっす。流様やミルン様の件があったからこそ、ディムニとトネリオスの話をする事が、出来たっす」
「……あの時か。唐突に、『殺しても良いっすか?』などと、聞いてきた時じゃな」
この影の──私怨かしらね。だからこそ、何の文句も言わずに、あの砦の戦いに参加し、敵兵を蹂躙せしめた。
「こんな事、長に聞かれたら再教育っすよ。ペラペラ暗部の事情を、陛下に話すのではありませんって、怒られちゃうっす」
「ならば今直ぐ、再教育を致しましょうか?」
「……あのぉ、陛下。報告は終わったっすから、そろそろ失礼するっすよおおおおおおっ!!」
突然現れるのに、毎回普通に扉から出ていくのは、どういう事なのかしらね……あの影と話をすると、疲れるわ。
「それで、お主に頼んだ事は済んだのかのぅ」
「あの影が、失礼致しました。トネリオス大臣の捕縛、ディムニ大司教の投獄共に、既に完了しております……」
「分かった。なれば、女王として命ずる。その二名、及び一族を、速やかに片付けよ。表向きは……不慮の事故死としてのぅ」
「既に準備は、整っております。速やかに実行致しましょう。影総員──行動開始」
また影が現れるのかと、部屋を見回したが、何の変化もなく、目の前の影ただ一人。
「お主は……行かぬのか?」
「御安心下さい。この部屋の、至る所に待機していた影が、行動を起こしますので」
「……お主今、なんと申した?」
「他の影が、行動を起こしますので」
この影はっ、毎回毎回私を揶揄って、何を楽しんでいるのかしらっ……お茶が飲みたいわ。
「それで、陛下は流様を、どう対処なさるおつもりで? ミルン御嬢様は絶対に、あの方から離れませんよ」
「唐突に何を言い出すのよ貴女はっ……口調が戻ってしまったじゃないっ!」
「二人きりの時は、宜しいかと」
この影もあの影もっ、いい加減怒るわよ。
「……取り敢えずは城に招いて、今回の件を国として、謝罪しなければならないわ。他国に行かれない為の、囲い込みも必須ですわよぬ」
「仰る通りかと。もし流様が、西に渡ったとなれば、かの魔王が放ってはおかないでしょう」
「ぬぐっ……それだけはなんとしても、避けたいわ。今回の件を功績に……本人に直接となると、嫌がられそうね」
となると、あの男の周りにいる者に、何某ら功績を与えて、間接的に囲い込む……しかなさそうね。問題は、監視をどうすべきか。
「陛下、ご相談が御座います」
「……何かしら」
「影の任を、辞したく存じます」
「……っ」
駄目よ、ルルシアヌ。怒っては駄目よ。我慢っ、我慢んんんんんんん──っ、出来ませんわよこんなのっ!!




