17話 動き出す者.1
神域から地上に降りて、三年と少し。あの異世界から来た流という男に、一度は壊滅寸前にまで追い込まれたアルテラ教も、このファンガーデンという地で、信徒を増やしつつある。
「ルトリアちゃーん、こっちに一杯頼むわ」
「おおっ、こっちも注文待ってるぜーっ」
「はいはいっ、少し待って下さいって……アルテラ様! そんな所で飲まないで下さい!」
このルトリアも、強くなったものねぇ。
「女神に向かって、失礼ではなくて?」
「お慕いしてはおりますが……っ、それはそれ! これはこれです! 二階で飲んで下さい!」
「はいはい、分かったわよ」
この神官服を着た女は、ルトリアという私の信徒の一人で、過去に色々と揉めはしたけど、こうして私の為に、信徒を募る為の酒場を経営している。
「これ、一本貰って行くわよ?」
「お小遣いから引いておきますね!」
「……ケチねぇ」
こそっと高い酒を服の中に忍ばせて、そのまま二階へと上がり、お気に入りの工房から買い付けた椅子に座って、ゆっくりと栓を開ける。
「平和だわぁ」
ほんの少し前まで、リシュエルを押さえ込んだり、神軍の者と話をしたり、戦で出兵する兵達を眺めたりと、この流が治めるファンガーデンは、とても賑やかだった。
「まさか、当時の兵器が現存していて、あの魔神に仕えているだなんて、目を疑ったわね」
神の眼を持ってしても、見通せぬ存在。
その二体ともが、神軍の雑兵如きでは束になっても敵わない、恐るべき性能を誇る。下手をすれば、下級神ですら倒されるだろう。
「まっ、その二体も今は出かけてるし、私はのんびり出来るから、気が楽だわぁ……」
桃色の髪を右手の指で弄りながら、左手で酒瓶を持ち、そのまま一気に飲み干す。
神は酒に酔わない。
酔う事は出来るが、朝から顔を真っ赤にさせれば、ルトリアに小言を言われてしまうので、酔うのは夜になってからだ。
「今日は何処に出かけようかしら? ミルン工房の新作でも見に行くか……いつもの喫茶店で、甘い物を食べようか……迷うわね」
「暇であるならば、少し頼みたい事があるのじゃが、良いかのぅ、女神アルテラよ」
突然目の前に、白髪のジジイが現れた。なーんて、勿論気付いていたわよ。
「地上に来るだなんて珍しいわね、転生神」
「地上に入り浸るお主も、相当珍しいがのぅ」
真っ白い長髪に真っ白い顎髭、真っ白いローブを羽織った、筋骨隆々な糞ジジイ──名も無き神の一柱である、転生神。
「相変わらず、趣味の悪い見た目ね」
「全身桃色一色のお主にだけは、言われとうないわ。目がチカチカして、酷いモノじゃぞ」
「目が腐ったのかしら? 笑えるわぁ」
「「……」」
転生神が睨んで来たけれど、下級神じゃああるまいし、怖くもなんともないわね。私からすれば、ただの老ぼれだもの。
「それで、忙しい筈の貴方が、どうして地上に降りて来たのかしら? もしかして暇なの?」
「暇な訳があるか! 地上でぬくぬくと過ごしておるお主にっ、頼みがあって来たのじゃ!」
「あら、本当に珍しいわね」
この転生神が頼み事だなんて、何千年ぶりかしら。前回は確か──"大陸を分断したい"とか言って、無茶な頼みをして来たのよねぇ。
「貴方の頼みだから、聞いても良いとは思うのだけれど……見返りは何かしら?」
何の見返りもなく、無料でだなんて言われたら、即座に神域へ送り返してやるわ。
「儂の力の一端を、くれてやっても良い」
「……はっ?」
聞き間違いかしら? 今この目の前の糞ジジイが、恐ろしい事を口走った様な気がしたわ。
「見返りは……何かしら?」
「儂の力の一端を、くれてやると申したのじゃ」
この全身白色ジジイっ、自分が何を言っているのか、理解出来ているのかしら。創造神に産み出された、二番目の神である転生神の力の一端を、見返りとして寄越すだなんて。
「それ程に、厄介な事が起きていると?」
「そうじゃのぅ。分かり易く言うと、彼の地の魔王が死に、空が開かれたのじゃ」
「んなっ、それって一大事じゃないの!?」
「そうじゃのぅ。幸いにして、そこへ到達する術は失われておるのじゃが……魔王が死んで直ぐ、世界に歪みが生じてのぅ」
それはそうでしょうね。あの根暗魔王は、平穏な暮らしを条件に、神から直接力を授かっていたのだし、普通なら死なないもの。それが死んだとなれば、歪みの一つや二つが起きたとしても、不思議じゃないわ。
「……私に歪みの調査をしろと?」
「そうではない。既に歪みは閉じておるしのぅ」
歪みが閉じているなら、わざわざ私が出張る必要もないじゃないの。このジジイ、一体何を考えているのかしら。
「それじゃあ、頼み事ってなによ?」
「歪みが閉じ切る前に、こちらの世界に迷い込んだ者が居る。その者の調査じゃ」
「はぁ……そんな事を、どうして私に頼むのかしら? 貴方自身が動けば良いじゃない」
サクッと殺して転生させれば、何の問題もないでしょうに、本当にボケたのかしら。
「その者のステータスが、神の眼を持ってしても見えぬのじゃよ」
「珍しくはあるけど、ない話ではないでしょう」
「そうなのじゃが……リシュエルの件も解決してはおらぬし、力の解放を許可するので、頼まれてはくれんか」
「解放って、この世界に影響が出るわよ?」
女神たるこの私が、地上で力を解放すれば、どんな影響が出るかも分からない。だからこそこうして、力を抑えているのに。
「儂が干渉すれば、問題あるまいて」
「……」
この糞ジジイが、何かを企んでいる? いえ、この糞ジジイは脳筋だから、企むなんて脳は持ってないわね。
「良いわ。転生神、貴方の"魂の回廊"。その力の一部を寄越すなら、調べて来てあげる」
ヴォイド大陸には、あの魔神も居る様だし、美味しい食事には困らないでしょう。
「感謝する、アルテラ神よ」




