16話 ミリタリーフロア.6
「にゃっ、にゃっ、にゃっ、にゃーぅ」
「グルゥ、グルゥ、グルゥ、ニァーウ」
「揺れっ、るっ、のぢゃっ、止めい!」
楽しそうに揺れながら、虎の背に跨るもちと黒姫の後に続いて、ペットコーナーを抜けて階段を上がり、三階へと到着した。
「……流石に、喉が渇きますわね」
懐中時計を見ると──午後五時。砂に呑み込まれてから、十時間以上は飲まず食わずな訳であり、一度建物の外に放置したままのミニカーの所まで、戻るべきかどうかに迷う。
「にゃっ、にゃっ……お腹が空いたのにゃ!」
「グルアッ? グルゥ」
「唐突ぢゃのぅお主は。凛宮司や、どうするのぢゃ? もちが腹を空かせておるのぢゃ」
「そうですわね……」
三階を見渡してみると、美味しそうなステーキの絵や、パスタ、バーガー、アイスと言った、目に優しくない看板が、そこかしこに散らばっている。
「見ているだけで、空腹に効きますわぁ」
「うにゃ? ステーキは知ってるけど、他のは見た事ないのにゃ。何が描いてあるのにゃ?」
「っ……ただの絵ですわ」
もちは知らない。ここに描かれているモノが、どれ程の美味しさなのかを、知っている訳がないのです。
「ふむぅ、流が偶に作っておる、パンと肉を挟んだ物に似ておるのぅ。美味そうなのぢゃぁ」
「黒姫さんは、ご存知なのですか?」
「白いのは知らぬが、他の物は知っとるぞ。『"丼物"は正義だ!』とか抜かして、流の奴が張り切っておるからのぅ」
「……えっ? どっ、どどっ、丼物ですって!? まさかっ、米を作っているのですか!」
虎の上から黒姫を引き摺り下ろし、抱えた状態で、しっかりと黒姫の目を見て聞いてみる。
「そっ、その目は怖いのぢゃ!」
「良いからお答え下さい」
「わっ、和土国という国から稲を貰って、流ともう一人の者の領地で、沢山作っておるのぢゃ。本当なのぢゃあっ!」
ここに来ての朗報。南の国々の食料支援をしている、流という方が、稲作をしているだなんて──お米が食べられますわ。
「食料支援の中に、米はあるのかしら?」
「なっ……ないのぢゃ」
「何故ですかっ!」
「顔を近付けるでないわ! 輸出するには量が足りぬと、言っておったのぢゃ!」
とすれば、自領内で消費する量しかない。又は、実験段階といったところでしょうか。どちらにしても、お米が食べたいです。
「んっ? あの魔物ともちは……どこに行ったのぢゃ? 姿が消えおったかや!」
「っ、米の話に夢中になり過ぎましたわ」
急ぎ周囲を確認して──「もち! どこに居ますの!」と声を出してみるが、返答がない。
「くっ、一体どこにっ」
「待つのぢゃ凛宮司! あの虎の気配は読めぬが、もちの気配ならば感じるのぢゃ」
「でしたら早く追いかけますわよ!」
黒姫は腕から飛び出すと、翼を使っての低空飛行で飛んで行き、私は置いて行かれまいと、全力で黒姫を追い駆ける。
「ふっ、ふっ、この三階はっ、一階と似た様な作りですのねっ。分かり易いですわっ」
上がって来た階段から、阿弥陀籤のように通路を走って行くと、「居たのぢゃ!」と黒姫が指差す先に、虎ともちの姿が見えた。
もちと虎は、一体何をしているのか。
自販機の様な物に手を突っ込み、そこから何かを取り出して、口に入れている様にも見えるのですが、何を食べているのでしょうか。
「ふぅ、ふぅ、ふぅぅぅっ……」
息を整えて、もちの近くへと歩いて行く。
「うにゃ? どうしたのにゃメイちゃ?」
「グルゥア?」
もちと虎は口元にべったりと、オレンジ色の液体を付けたまま、不思議そうに私を見てくるのですが、ここは怒るところでしょう。
「もち。勝手に先へ進むだなんて、何を考えているのかしら? 一人での行動は駄目だと言った事を、忘れたのかしら?」
ニコォっとした笑顔で問いかける。
「にゃっ!? もっ、もちは違うのにゃ! この子が勝手に歩いて行ったのにゃーよ!」
「グルァッ!?」
「何で"えっ"て顔するのにゃ! もちは背中に乗ってただけなのにゃ! 不可抗力にゃ!」
「グルゥ、グルゥアゥ、ガゥ」
もちと虎が、言い合ってますわね。言葉が分からないのに、こうして意思疎通出来るだなんて、本当に不思議ですわ。
「二人共、お黙りなさい」
「「っ……」」
「黒姫さん。その液体の事をご存知でしたら、是非教えて頂きたいのですが」
ぷるぷると震える二人を横目に、黒姫にオレンジ色の液体の事を尋ねてみるが、首を横に振るだけで、何も知らない様だ。
「ふむぅ、この箱はどうやら、動いている様ぢゃ。もちや、その液体は美味しいのかや?」
「おっ、美味しいのにゃ……この子が取り方を、教えてくれたのにゃーよ」
「どれ、我も……柑橘系の味ぢゃのぅ。どこでどうやって、作っておるのぢゃろうな」
黒姫のその言葉で、自販機の様な物を見てみると、自動調理器に見えなくもない。そして恐らくは、これがあるからこそ、この虎はここで生き残る事が出来た。
「そう考えると、辻褄は合いますが……材料は何かしら。この自販機は壁に付いてますし、何処かにプラントでもあるのかしら」
でもそれだけだと、この虎の異常な知力の高さには、納得がいきませんわね。肉食である筈の存在が、この怪しい物だけで満足するだなんて、到底思えませんもの。
「めっ、メイちゃも食べてみるにゃ?」
私の機嫌を直そうとしてますわね。
「……頂きますわ」
「もちが取ってあげるのにゃぁ」
もちの頭の高さにある自販機の凹みに、小さな両手を突っ込むと、ボトッ──とオレンジ色のゼリーの様な物が落ちて来た。
「ぷるぷるしてるのにゃ」
もちの手からそれを掬い上げ、匂いを確かめてから、そっと口に入れると──蜜柑と梨を混ぜ込んだ様な、さっぱりとした酸味と甘味が、口の中いっぱいに広がり、そのままツルンっと喉を通って行った。
「いやっ、美味し過ぎますわね!?」
「うまうまなのにゃあ」
「グルゥアッ。グニャア、ニャムニャム」
一気に喉が潤いましたわね。お腹を壊すか心配ですけれど、もちがこうして食べているのなら、少しは安心できますわ。
「本当に、この建物は何なのでしょうね……」




