16話 ミリタリーフロア.5
一階は家電や衣類、雑貨や武器といった、商業施設的な雰囲気だった。ではこの二階はというと──奥の壁まで見渡せる背の低い柵と、小さな檻が幾つもあり、何とも奇妙な場所だ。
「メイちゃ、この入れ物は何にゃ?」
「……小さな動物の、お家ですわね」
「これがお家っ、狭過ぎるのにゃ!」
上手い例えが思い付きませんわ。牢屋だと語弊がありますし、動物を拘束する為の物と言うのも、重た過ぎる気がしますしね。
「ふむぅ、奴隷市場かや?」
「黒姫さん。もちの前であまり、物騒な話をしないで下さい。教育に悪いですわ」
「ぬっ……すまぬのぢゃ」
小さな檻や柵を見る限り、ここは奴隷市場というよりも、二階全てを使用しての、大型のペットショップだったのでしょう。
「にゃっ、にゃっ、紙が落ちてるにゃ。うにゃ? 変な魔物が描かれているのにゃ」
「もち、それを見せて下さい」
「メイちゃ、これ何の魔物にゃ?」
「魔物には詳しくないのですが……なっ!?」
もちから紙を受け取り、そこに描かれている物を見てみると──可愛らしいにゃんこの写真が、びっしりとプリントされていた。
「ほっ、本物のにゃんこがっ、この世界に居たのですか……かっ、飼いたいですわぁ」
もちは猫耳猫尻尾を生やした、可愛い子供にコスプレをさせた様な感じであり、本物のにゃんこではない。しかしこのチラシには、全身をふわ毛で覆われた可愛らしいにゃんこが、しっかりと載っている。
「メイちゃ?」
「どうしたのぢゃ、凛宮司?」
「野生化していないかしら……この建物に食料はなさそうですし、古代の遺跡だというのなら、流石に生き残ってはいませんか」
「メイちゃのお顔が、過去一怖いにゃーよ」
いや、下の階の物やこの紙が、風化せずに残っている事を考えれば、リアルにゃんこが生き残っている確率も、ゼロではない筈。
「二人共っ!」
「うにゃっ!?」
「なっ、なんぢゃ急に声を上げよって」
「奥に階段は見えますが……ぐるっと回って確認しながら、先へ進みますわよ」
もしもにゃんこが野生化していたなら、気配を消す事に長けている筈。それでもこちらには、にゃんこと同じ猫耳のもちが居ます。
「メイちゃはどうしたのにゃ?」
「分からぬのぢゃ」
もちを先頭に、黒姫、私と続いて歩き、なるべく背を低く保ちながら、周囲を観察する。
「にゃっ、にゃっ、何もないのにゃ」
もしもにゃんこが生き残っているのなら、自分達の縄張りに入って来た私達を、必ずどこかで見ている筈ですわ。
「檻ばっかりなのぢゃ」
獲物と認識されたら厄介ですが、檻の大きさから見ても、にゃんこのサイズは小さい筈。
「にゃっ、にゃっ、にゃっ」
「グルゥッ、グルゥッ、ニャゴッ」
興味本意で出て来たならば、素早く両手で掴み取り、服で丸めてお持ち帰りですわ。
「うにゃ?」
「ニャゴッ?」
「のぢゃ?」
突然黒姫が足を止めたのを見て、何をしているのかと前を見ると──もちと黒姫、そして巨大なにゃんこが、お互いを見詰め合っていた。
正確に言うとしたら、虎。
まごう事なき、虎。
顔はにゃんこですのに、虎。
「うにゃ? お前誰にゃ?」
「グルゥ? ゴルルッ、グルゥ」
「こやつ、我でも気配を感じぬとはのぅ」
いや二人共冷静過ぎですわよ。
「もち、黒姫さん……ゆっくり刺激しないように、後退しますわよ」
虎と言っても、二人には通じませんわ。だってこの世界の魔物ではなくて、地球に住まう猫科の肉食獣ですもの。
「もち、ゆっくりとこっちに来なさい」
「何でにゃ?」
「フンッ、フンッ、ゴルルゥ」
もちの匂いを嗅いでますわ……同じ猫耳だからか、何か通じるモノでもあるのでしょうか。
「ゴルルルッ、グルゥグルゥ、ニャア」
「うにゃぁ、急に舐めるのは反則にゃぁ」
「ゴロゴロッ、グルゥ」
「もちの奴、懐かれておるのぢゃ」
側から見れば、虎に抱き付かれたもちが、捕食される寸前に見えますわ。あの虎の口ならば、もちは丸呑み出来そうですもの。
「……懐いているのなら、触れるのかしら?」
恐る恐る近付いて、虎のお尻を触ろうとしたら──「ゴアアアアアアウッ!」と牙を向けられて、即黒姫の後ろへ退避。
「お主、我を盾にするつもりかや?」
「猫科のにゃんこに触れないだなんてっ、チャンスだと思いましたのにっ。どうしてもちは、無事なのかしら……」
ジッと虎を観察していると、分かった事がある。まずこの虎は、黒姫と目を合わさない。というよりも、黒姫を見ようとしない。
黒姫は竜を瞬殺できる、魔龍という存在。
虎が敵う相手ではない。
「お前は誰にゃ?」
「グルゥゥゥ、ニャウ」
「分からないのにゃ!」
そして、この虎がもちを見る目は、とても穏やかで、まるで子猫をあやす母猫の様な、優しい雰囲気を感じる。
「私だけには、威嚇する……不公平ですわね」
「爪が大っきいのにゃ」
「グルゥ、ニャウ、ニャォウ」
この虎はこの場所で、一体どうやって生きて来たのかしら。この階には、食料なんて見当たりませんし、不思議ですわね。それに、何の前触れもなく現れましたし、こんな大きさの虎が隠れる場所なんて、見当たりませんわ。
「んしょっ、んしょっ、乗れたのにゃ!」
「ゴルルルッ、ガウッ!」
「我も乗るのぢゃぁ……これ、我から逃げるでないのぢゃ。乗せぬと喰らうてしまうかや」
「フニャァァァッ、グルルルッ」
と、考えている間に、一体何をしているのかしら。とても羨ましい光景ですわ。
「このまま階段に行くのにゃ!」
「ほれ、走らぬかや!」
「……グァウ」
そして私だけ、徒歩なのですね。どうしてこの虎は、私にだけ冷たいのかしら。
「私も乗せてくれませんか?」
「グルルルルルルッ、ガウッ!」
ほらっ、私にだけ威嚇しますのよ。猫好きな私からすれば、最高のシチュエーションですのに、とても悔しいです。




