16話 ミリタリーフロア.1
砂漠のど真ん中で砂に呑み込まれ、下へ下へと流された先にあった、明かりの点いた巨大な建造物。そこに足を踏み入れて先ず目に入ったのは、通路の中央にある、円形状のテーブルが置かれた場所。
「何かの受付かしら……埃は酷いですが、そこまで荒れてはいないのですね」
「メイちゃ、あっちにゃーよ」
異様と言うのか、不気味と言うのか。明るく照らされた建物内に、人が居ないというのは、それだけで気持ちが悪い。
埃を被ったショーケース。
薄汚れた長椅子。
所々亀裂が見える、赤黒く染まった壁。
床には薬莢の様な物が、至る所に散乱しており、足に当たってカラカラと転がって行く。
「……何かと争った、跡なのかしら」
「変なのがいっぱい、落ちてるのにゃ」
「拾ったら駄目ですわよ」
魔法やスキルなんていう、不思議な力がある世界ですのに、どうしてこんな物騒な物が大量に、落ちているのでしょう。
「にゃっ、にゃっ、あそこにゃーよ」
もちが指を差した先。この建物のテナントの様ですが、家電売り場なのでしょうか。異世界文字で、『圧力鍋が安い!』と書かれた板が、床に倒れていますわ。
「剣の一つでも、持って来るべきでしたわ」
「メイちゃはもちが守るのにゃ。魔物が来ても、もちがバリバリしてやるにゃ!」
「心強いですね」
それにしても、この明るさは何なのでしょうね。どこにも蛍光灯らしき物はないですし、レッツァマーダの地下の壁と同じ、不思議鉱物なのかしら。
「それに……誰かに見られています」
「視線は感じるのにゃ。でも、どこから見られているのかが、もちには分からないのにゃ」
「そうでしょうね」
この建物に入って直ぐ、見付けた物。
レッツァマーダの文明レベルでは知り得ない、現代人だからこそ、知り得る物の一つ。
「(防犯カメラですか……)」
御丁寧に、『防犯カメラ作動中』と書かれた板が、天井からぶら下がっている。
「これでは防犯というより、監視でしょうね」
私を指名で呼び付けた、ミニカーから聞こえて来た声の方なのか、それとも別の何者か。探すしかないとは、面倒ですわ。
「にゃっ、にゃっ、黒姫はあそこにゃ」
「このテナントの一番奥ですわ……ね?」
もちの指差す所には、黒姫は居ない。どういう事だろうかと近付いて、その方を確認する。
「のじゃぁぁぁ、そこっ、そこなのじゃぁぁぁ」
確かに、黒一色のドレスは着ている。
「ほぉぉぉぉぉふっ、良いのじゃぁぁぁ」
しかしどう見ても、この方が黒姫だとは、到底思えない。黒姫はもち並に小さくて、もっとぷにぷにした方ですわ。
「のほぉぉぉっ、効くのじゃぁぁぁぁぁぉ」
目の前に居るこの方は、日本でも見た事のある革張りのマッサージ機に座り、涎を垂らしながら悶えているのですが、それさえ除けば絶世の美女なのです。
「もち、この方は誰ですか?」
「黒姫にゃーよ? 大っきくなったのにゃ」
「この方が……」
一度だけ見た事がありますわね。あの時は、ほんの少しの間だけでしたので、実際にこうしてじっくり見るのは、初めての事ですわ。
「……黒姫さん?」
「ほぁぁぁっ、尻尾が解されるかやぁ」
「黒姫さん」
「翼の筋も、良い感じなのじゃぁ」
何でしょう、無性に苛々しますわね。
「もち、バリバリなさい」
「バリバリにゃ?」
「ええ。黒姫さんを、バリバリなさい」
もちの魔法は簡単に言うと、電撃。このマッサージ機が、どうやって動いているかは知りませんが、機械製品ならば効果がある筈。
「のじゃ? おぉ、もちでは──『うぅぅぅ、にゃああああああああっ!』──ないかやぼぼぼぼぼぼぼっ、やめっ、ほああああああっ!?」
マッサージ機が、元気になりましたわ。さっきまでトトトッ──とした音でしたのに、今ではズドドドドドッ──と工事の音ですわね。
「バリバリにゃっ! バリバリにゃっ!」
「止めるのじゃもちいいいいいっ! これっ、これ以上はらめなのじゃあああああああっ!」
「気持ち悪いから、もっとバリバリするにゃ!」
懐中時計を確認して──凡そ十分後。
「のぢゃぁぁぁっ、死ぬかと思うたわぁぁぁ」
体の大きさを変え、上手くマッサージ機から転げ落ちた黒姫が、息を切らせて震えている。
「本当に体の大きさを、変えられるのですね」
「ふひぃぃぃ……凛宮司ではないかや?」
「今気付いたのですか? もち一人を単独行動させて、貴女はマッサージだなんて……良いご身分ですわねぇ」
「めっ、目がドゥシャ並みに怖いのぢゃっ」
もちにも言われましたけれど、そんなに私の今の眼光は、怖いものなのでしょうか。鏡が手元にないので、確認出来ませんわ。
「兎に角、合流出来たのですから、この建物の調査を致しますわよ。早く立って下さい」
「探検にゃ! 黒姫立つのにゃ!」
「こっ、腰が抜けとるのぢゃが……腰を痛めておる流の気持ちが、今ようやっと分かったのぢゃぁ」
また流という人の話をしてますわね。腰を痛めているだなんて、若くない方なのかしら。
「黒姫さん、行きますわよ」
「お主っ、本当に容赦がない娘ぢゃのぅ」




