23話 極限の怒りの中で
2026/06/28 改稿
俺はただの中年だ。
元社畜であり、仕事をクビになってからは、引き籠りニートと化していた、ただの中年だ。小心者、臆病者の一般人だ。
痛い思いはしたくないし、怖いモノは怖く、この異世界に来ても、楽をして生きたいと願う、ただの駄目人間。
だからこそ、人なんて殺せない。
ミルンを助けたあの時ですら、ラクレル村の奴らを半殺し程度まで抑え、誰一人てして、殺そうとはしなかった。
王都の北門での騒動の時も、追いかけられ、火傷を負いながらも、結果として誰も殺しておらず、俺の手は綺麗なままだ。
でも、もう限界だ。
孤児院を襲い、火を放ち、子供達を拐って痛め付けた、ザルブというアルテラ教の男。そして、それを指示したとされる大司教。
ただの悪人ならば、こうは思わなかった。
だが、あれは駄目だ。あそこまでの事をする者を、ただの悪人という言葉では、片付けられない。言うなれば──外道。良心の欠片すらないのであろう、人外の所業。
「許せるか……っ」
真っ直ぐに続く、薄暗い通路を駆けて行くと──錆び付いた扉の前に居る、四人組の法衣を着た者達の姿が見えた。
一人は他の三人に、命令をしているようだ。
リティナは言っていた。大司教は"オーク"のような見た目をしていると。
「お前がっ……」
法衣を着て、他の三人に命令をしている者の顔が、この薄暗い通路の中でもハッキリと見えた。オークの如き、その顔が見えた。
「お前がああああああああああああ──っ!!」
他の三人が、剣を抜いたのが見えた──が、そんな物、今の俺には意味がない。何故ならここには、障害となる物がないのだから。俺の良心すら、お前らが壊したのだから。
「大司教様お早くっ!」
「一人で来るなどとは、馬鹿者めが」
「我ら護衛騎士の、剣の錆としてくれるわっ!」
院長影さんから、聞いていた事。
神官の法衣は、耐久性に優れており、下手な斬撃、魔法では、傷一つ付かないらしい。
それならば、どうするか。
「死ねい愚か者がっ!」
とても簡単な事だ。
「──空間収納」
真正面から、戦わなければ良い。
「えっ」
「足場がっ!?」
「なっ、なにがああああああっ──」
初見殺しのスキル。
俺の位置から、高さ十メートル程の地面を収納して、そのまま落とせば良いだけだ。
しかし、まだ足りない。
もう俺は、加減をする気はない。
悲鳴をあげて落ちて行く三人を眺め、その上から"空間収納"で抉り取った土を、全てぶち撒け、地面を平らにする。
「土は熱で固まるんだっけか──"豪炎"っ!!」
門の兵士に撃ち込まれた、この魔法。実際に受け、火傷を負ったからこそ、簡単にイメージが出来て、暴発せずに使えると思った。
本来の炎は、灼熱の赤。
しかし、今俺が放った豪炎は、青白く燃え上がり、空間収納で落とした土を、まるでマグマ溜まりの如く、赤く変色させる。
「そろそろ良いか。"ウォーター"」
地面の真ん中に線を描くように、真っ直ぐ水の魔法で熱を冷まし、ジュジュウウウ──と蒸気が立ち込める中を、ゆっくりと進む。少しでも恐怖を与えるように、じっくりと時間をかけて、前へと進む。
「なっ、何が……起きたんだ……ひっ!?」
大司教と俺との目が合った。
必死になって扉に向かい、ガチャガチャと何かをしているが──逃す訳がないだろ。
「オーク顔なら、コレかな。"ウォーター"」
さっきの魔法とは、少し違う。
圧縮された小さな水を撃ち出す──ハイオークの頭蓋を撃ち抜いた、あの時の魔法。
「いがっ……何が──あっ、あああああああああああ足があああああああっ!?」
それを使い、膝裏から皿をぶち抜き、二度とまともには、歩けないようにする。
「ぴゃーびゃー煩いなぁ。お前だってあの子達に、沢山酷い事をしてきたんだろぉ」
「ぎいいいっ、わっ、私はオーグド家の者だよっ! こっ、この国の大貴族だっ! このような事をしてっ、無事で済むと思うなよっ!」
「はぁ……」
膝を抱え、扉を背にして、怒りを露わにする、この大司教が、この国の貴族の関係者。しかも、大貴族ときたか。
「……で?」
ゆっくりと、大司教の前でしゃがみ込む。そして、その目を見ながら、再度問いかける。
「どっこいせと……で?」
「きっ、貴様なぞ、直ぐに始末できるのだよ!」
俺は"圧"を──北門で放った時以上の"殺意"を放ち、大司教に再度、問いかけた。
「貴族が……何だって?」
「あっ、ひっ、がっ、ががっ!?」
鍛えられた兵士ですら、固まる圧。それを凝縮し、濃厚にして、溢れんばかりの殺意を混ぜて、噴出させればどうなるか。
「ラクレル村に居る時……ザルブを差し向けてきたのは、お前だって話だよなぁ」
「ごっ、ぐぅぅぅっ!?」
「ほら、何か言ってみろよ、なあ?」
泡を吹くだけで、何も言わないのを見て、圧を解き、その場でゆっくりと立ち上がり、大司教をそのまま見下ろす。
「かひゅっ、ぐふぅっ! えほっ……っ、ぎざまっ、げふっ、この私をっ、アルテラ教大司教であるこの私にっ、このようなっ」
「俺は魔王なんだろ?」
だからこそ、魔王らしくしよう。二度とお前らのような存在が、あの子達に手が出せないように、この国に恐怖を植え付けてやる。
「それじゃあ──死ね」
「ひぎっ、離せっ! 嫌だああああああっ!?」
大司教の頭を掴み、最大火力の豪炎を放とうとしたその時──ふわっとするナニカが、俺の視界を遮り、暖かく包み込んだ。
「っ……なあ、何でっ、止めるんだよ」
こんな事をするのは、一人しかいない。
「お父さん、殺しちゃ駄目なの。めっ」
俺の可愛いケモ耳幼女のミルンが、俺の背中に飛び乗るようにして、暖かい尻尾で、俺の顔を覆っていた。




