14話 オーバリアヌの異変.4
目を覚ましたエルララルラは、ダブレス大臣を見て、僕を見て、そしてミユンを見て──突如その動きを止めた。
「えっ、エルララルラお嬢様?」
「……」
「……」
ダブレス大臣を無視しながら、エルララルラとミユン、暴力の化身と地の精霊が、お互いをジッと見詰め合っている。
「成程。初めて目を見て、ハッキリしたの」
何がどうハッキリしたのか。
「うわぁ、怖いモノが居ますよぉーっ」
怖いお前がそれを言うのか。
「何なのこの状況……」
お互いが化物どうしだから、何か通じ合うモノでもあったのだろうか。正直に言うと、直ぐにでもこの場から離れたい。
「"パパの称号"が、リシュエルの称号の邪魔をしてるの。良かったね、自由になれて」
「パパって誰ですかぁーっ? あの変な場所でお会いした、男の人ですかぁーっ?」
パパの──称号?
「えっと、ミユン……さん? 突然何? パパの称号が、リシュエルの称号の邪魔って……」
「ミユンで良いよ? 言葉の通り、この女の人には、パパの称号……加護が付いてるの」
「んんんっ? パパって、流って人ですよね? 人が称号を与える? んんんっ?」
ただでさえ脳内キャパをオーバーしてるのに、更に疑問に難問にと、続け様に押し寄せて来るのは、勘弁なんですけーど。
「パパは人だけど、魔神なの。この女の人は、ミユンと似た様な存在だから、上位の存在であるパパの影響を、受けたんだと思うの」
「はぁ……はっ? このエルララルラが、地の精霊のミユンさんと、似た様な存在?」
「ミユンで良いのに」
エルララルラは両親共に、人間だ。この国の人の大半は知らないけど、円堂さんの子供の一人を祖に持つ国が、この大国ノブストンだ。
「人外の血なんて、混ざり様がないのに」
「混ざる時は混ざるの。ミルンお姉ちゃんだって、人種と犬人との間に産まれたんだよ?」
「っ……もち様もそうでしたね」
ミユンの言葉で納得した。ようは、長きに渡る血筋の中のどこかに、人外を祖に持つ者が居て、その血を色濃く受け継いだのが、ここに居るエルララルラという事ですか。
「うぅぅぅんっ、うん! 頭が痛い!」
「そんな時には、このお薬なの」
「ですから要りませんって」
さっきからこのミユンという精霊、兎柄の肩掛け鞄に手を突っ込んで、薬と称した物を出して来るんだけど、どういう事? 何で鞄の中から、中身入りの湯呑みが出て来るの? 僕の目の錯覚かなぁ。
「……目薬が欲しい」
「目薬もあるよ? はいどうぞ」
「いやそれ湯呑みっ!」
「中身は違うの。紫色の液体が目薬で、泥のような見た目をした液体が、下剤なの」
目薬が紫色って……それに、最初に渡そうとして来た物が、どうして下剤なんだろう。アレか、僕の腹を壊す気だろうか。
「なんかもう、考えるの面倒になってきた」
「疲れた時にはこれ一杯! 沢山の肥料を尻から出して、気分スッキリリフレッシュなの!」
駄目だっ、完全に向こうのペースに持って行かれている。言葉のキャッチボールどころか、ボールすら見当たらない。こんな時は──話の矛先を変えるしかない。
「ダブレス大臣……」
「うむぅ、見事に関節が折れておりますな。痛みは御座いませぬか?」
「痛いですよぉ。そんな事よりも、うるちゃんはどこですかぁ。折角捕まえてぇ、離れないようにしたのにぃーっ」
「諦めるのです。とは申しませぬが、お願いですからこれ以上、レッツァマーダとの関係を悪くしないで下されっ」
ダブレス大臣の奴、しれっとエルララルラの関節を嵌めようとしているけど、僕じゃないと無理だと思うし、嵌めないで欲しい。
「ダブレス大臣。そのエルララルラは、円堂さんに危害を加えた重罪人。その重罪人に対しての罰は、どうお考えか」
「何でミユンから、目を逸らすの?」
精霊さん。お願いだから、黙ってて?
「罰とはっ……どうせよと仰るのですかな」
「気持ち的には、斬首にして欲しいけれど、円堂さんは生きていたからね。妥協して、水責めの刑にすべきだろう」
「元とは言え、女帝を水責めにせよと申すかっ」
ダブレス大臣の顔が、一気に険しくなった。
ぶっちゃけこの世界──いや、この大陸の水責めの刑は、死罪に等しい内容だからね。水に沈めてから、一日放置するんだもん。
「その女は、それ程の事をしたんだ」
「いやっ、しかしそれでは、あまりにもっ……」
エルララルラには、斬撃が効かない。僕が本気で殴っても傷一つ付かず、致死毒ですら意識を失わせる程度。関節は外せたけれど、首は折れなかった化物だ。
それでも、息はしている。
水責めにすれば、殺せるかも知れない。
「罰を受けなければ、戦しかなくなるぞ」
「ねえ、一つ言って良い?」
また精霊さんが、邪魔をしてくるぅ。
「今大事な話をしてるのでっ、後にして下さいませんか! お願いですから!」
「水に沈めても、その女の人は死なないよ?」
「……えっ?」
この精霊ミユンは、突然何を言い出すんだ。エルララルラに水責めをしても、死なないだって? 僕の聞き間違いだろうか。
「さっき言ったでしょ、ミユンと似た様な存在だって。水に沈めた程度じゃあ、死なないよ」
「……」
「ミユンなら、百年は潜れるの。水の精霊のピュアなら、水が枯れるまで潜れるの」
ばっ、化物過ぎるんですけどぉ。斬撃、殴打、絞め、水責め、これで死なないとか、打つ手がないんです。いや、待てよ……よくよく考えたら、手がない訳じゃあない。
「──っ、ミユンさんなら、殺せますか?」
この地の精霊ミユンならば、エルララルラを簡単に、殺せるのではなかろうか。
「方法はあるの。ミユンがやるとなれば、地中奥深くまで引き摺り込んで、時間をかけてゆっくりと、干涸びるまで、栄養を吸い取るの」
「それだっ!」
「でもやらないよ?」
「なんでっ!?」
水責めが罰にならないのなら、それこそ今言った内容を実行して、罰を与えるべきだ。それなのに、どうして断るのか。
「ミユンはこの国に、食料支援に来たの。それ以外手伝う気もないし、必要もないの」
「なっ、うっ……」
至極真っ当な答えだ。わざわざ他大陸から、食料支援と農業を教えに来ただけであり、この国の司法にまで関与する必要はないし、その権限もない。
「エルララルラお嬢様への罰は、水責めであったな。直ぐに準備をする故、しばし待たれよ」
この大臣っ、エルララルラが死なないと分かった途端に、即実行する気満々じゃん。
「これはっ……しくじったかなぁ」
「さっきから、何の話をしてるんですかぁ? うるちゃんを返して下さいよぉーっ」
「お前の話をしてるんだけどっ!」
お師様、アンジィ、円堂さん……どうやらこの僕では、どう足掻いてもこのエルララルラを、殺せそうにありません。
「(って、報告しなきゃなぁ……)」




