13話 古奈月ささらとエルララルラ.3
関節を折る方法は、幾つかある。
肘関節なら、腕ひしぎ十字固めをキメて、テコの原理でえいやっとするだけで、逆に伸びた関節をペキッと外せる。
膝関節も同じ方法だ。
問題は、化物級の馬鹿力を持つ相手には、その持ち前の力で防がれてしまい、そもそも関節技をキメれない事だろう。
それなら、どうするのか。
相手に意識がない場合、そのまま仰向けに転がして、手首を捻り、そのまま相手の肘に全体重をかけて──無理矢理圧し折る。
アンジィに習った、人体破壊方法だ。
意識のないエルララルラに試す事、百二回。そこまでやってようやく、四肢の関節を外す事に成功した僕は今、ノブストンの首都・オーバリアヌへと向かっている。
「という事ですお師様。いくらやっても首だけは、折れませんでした。本物の化物ですよ」
『殺せないか……それで、その助けて貰ったエルフは、本当に"影"と言ってたんだよね?』
「気にするところはそこですか。ええ、確かに影って言ってましたよ。エルフでしたし、お師様の知り合いですか?」
『どうだろうね。この大陸に居るエルフは、僕だけだし、考えられるとしたら、魔龍や流と一緒に、他大陸から来たんじゃないかな』
それは、考えられる。二年もの間、この異世界で過ごして来たけど、お師様の言う通り、エルフなんてお師様以外に、見た事がない。
「アンジィからの連絡は?」
『有ったよ。円堂君、アンジィともに無事だ。古奈月ちゃんが帰って来たら、甘味をご馳走するって言ってたよ』
「それは楽しみです。さっさとこの荷物をノブストンに渡して、全力で帰りますよ」
エルララルラの服を使って、腕や脚を逆二つ折りにした状態で固定し、ズリズリと引き摺っているこの状況。側から見たら、どう思われるのだろうか。とても心配だ。
それと、気になる事が一つだけ。
「お師様……」
『どうしたんだい?』
「何と言うか……ノブストンに近付くにつれて、緑生い茂る草原になっていくんです。砂漠地帯より南って、荒地でしたよね?」
レッツァマーダ魔導国の、直ぐ北にある砂漠を越えてた先にある、商業連合国ならば、緑豊かな地が広がっており、逆に南側は、不毛の大地が広がっている──筈なんです。それなのにどういう訳か、辺り一面草だらけ。
『送りの儀の時に、魔龍が言ってただろ。流と地の精霊が、大地を作り変えてるのさ』
「いやいやいやっ、サラッと言ってますけど、どれだけの広さだと思ってるんですかっ」
『精霊なら簡単だろうね。と言っても彼らは、人の怠惰を良しとしないから、生えているのって雑草だけじゃないかな?』
「雑草だけ?」
足を止めて生えている草を見ると、どこからどう見ても、ただの雑草。その雑草が大地を埋め尽くさんと言わんばかりに、遥か先まで続いている。
「食べられない草だらけって……」
『それでも大地は潤うからねっと、そろそろ通信を切るよ。何かあれば、また連絡してくれ』
「分かりました。帰る時にでも連絡しますんで、ちゃんと起きてて下さいよ」
通信を切って、一息吐く。
エルララルラを確認してみると、毒に侵されながらも、「うるぢゃぁん、うるぢゃぁん」と子供の様に呟いており、物凄く怖い。
「円堂さんへの執着が、半端ないなぁ」
「ゔるぢゃんどこぉぉぉっ、ひぐっ、わだじのゔるぢゃんがぇじでぇぇぇっ」
両手脚ひん曲げて、毒まで盛っているのに、この女はただ円堂さんを、独占したい訳か。冷静になって考えてみたら、円堂さんの任務は成功してるっぽいんだよなぁ。
「執着させて暴走させて、自滅させる。筈だったのに、暴走している風には見えないとか」
何かイレギュラーが起きたのか。
「……考えても分かんないや」
「とても痛そうなの。ここで何してる?」
「っ──」
突然の声に驚き──声が出なかった。
辺り一面雑草だらけで、魔物の姿すら見えなかったのに、歩こうとした瞬間に突然、背後から誰かに声をかけられた。
「つんつん、うるちゃんってだあれ?」
刺激しない様に、ゆっくりと振り返る。
「貴女はここで、なにしてるの?」
おかしい。確かに目の前に居る筈なのに、見ているのにも関わらず、気配を全く感じない。この存在は不味い。非常に不味い。
「えっと、オーバリアヌまで、その女を返しに行く途中なんです。少し、事情がありまして」
「ふーん、畑泥棒さんじゃない?」
「違いますよ……泥棒なんて真似、した事もないですし、今後する予定もありません」
緑色の髪に、緑色の瞳を持つ幼女。その可愛らしい見た目とは裏腹に、発する言葉に乗って襲い来る、得体の知れない圧のようなモノ。この子は、エルララルラ以上の化物だ。
返答をしくじれば、死ぬ。
敵対しようとすれば、死ぬ。
下手な動きを見せれば、死ぬ。
息はして良いのか、返答を続けても良いのか、笑ってても良いのか、真面目な顔をしても良いのか、一つでも間違えば──死ぬ。
「凄い胆力の人なの。普通なら、今のミユンの圧を受ければ、即逃げるか襲って来るかの二択なのに、驚きです!」
「はっ、ははっ……それって褒めてる?」
「勿論ベタ褒め!」
本音を言えば、エルララルラを放置してでも、今直ぐこの場から離脱したい。しかしこの幼女が、それを許すだろうか。
「ぐずっ、ゔるぢゃぁぁぁん」
「ふむふむ。この女の人に使ってる毒って、貴女が作ったの? 見覚えがあるんだけど」
アレスとマロンの事を言うべきか、誤魔化して説明すべきかだけど、どうにもこの幼女、もち様と似た雰囲気を感じるんだよなぁ。嘘を見破りそうな雰囲気ってやつ。
「……知り合いに、貰いました」
嘘は吐いていない。知り合ってはいるし、毒薬を貰った事も事実だから、問題ない筈だ。
「ふーん、知り合いなの」
その顔は一体、何を考えている。
「まあ良いの。パパはアッジスノード王国に居るし、黒姫は飛んでっちゃったから、丁度暇してたの。オーバリアヌまで同行してあげます」
「──んっ? 黒姫?」
今この幼女、黒姫って言いましたか? 確かお師様の知り合いの魔龍が、黒姫って名乗っていましたよね?
「黒姫を知っているの?」
まさかこの緑髪の幼女って、別大陸から来たっていう人達の、仲間? いやいや、それでも何で、こんな所に居るのさ。
「知っているというか、僕の国の代表と、昔馴染みらしくてさ……今はこっちの国で、仲間と行動してるよ」
「あの黒姫と昔馴染み?」
「そうそう、昔馴染み」
駄目だっ、この子の顔をいくら見ても、可愛い以外に表情を読めない。魔龍の仲間だとすれば、敵にはならない筈だけど……胃が痛いっ。
「まあ良いの。それじゃあ、動かないでね」
「えっ?」
緑髪の幼女は、僕の背後へ回り込むと、「んしょっ、んしょっ」と突然背中をよじ登り、有無を言わさず肩車をさせられました。
「……何これ?」
「それじゃあ行くの!」
状況がっ、僕の脳内キャパを超えるんですけど……本当にこの幼女、何者なんですか。




