13話 古奈月ささらとエルララルラ.2
僕の体重は、四十五キログラム。落下した高さは雲の下辺りだったから、大体高度二千メートルと仮定しよう。
高度、速度、重量、頑丈な体。
この四つの要素が加わって、それをそのまま人に当てたなら、一体どれ程の衝撃になるか。そんなの落ちた側も、当たった側も、確実に即死レベルの衝撃になるだろう。
「あいたたっ、姿勢しくじって頭からとかっ、たん瘤出来たらどうするんだよ」
しかしここは異世界で、常識は通じない。
「頭がぐわんぐわんしますぅ。急に何ですかぁーっ、退いて下さいよぉーっ」
正直驚いた。空から自由落下して、下に居た人に激突した時、その人は僕と同じぐらい体が硬く、ペシャンコになるどころか、落下の衝撃がそのまま地面に逃げたのだ。
「いや、何で死んでないの」
「驚きはしましたよぉ? 退いて下さいよぉ、うるちゃんを追うんですからぁ」
「うる、ちゃん?」
その言葉を聞いて、理解した。以前円堂さんの通信機から、漏れ聞こえて来た言葉。円堂さんの悲鳴と、うるちゃんと言う不気味な声。
「えっと……貴女が暴力の化身の異名を持つ、女帝エルララルラで、間違いないですか?」
今現在、僕は倒れた女の背に跨る様にして、マウントを取っている状態だ。返答次第によってはこのまま、後頭部をぶん殴る。
「女帝は死にましたぁ。今はただのぉ、エルララルラなんですよぉ。貴女は誰ですかぁ?」
確定──こいつが、この女が、円堂さんを捕らえていたぶり、さっきまでアンジィを襲っていた、エルララルラに間違いない。
自然と拳に力が入る。
「僕は古奈月ささらって言います。円堂さんの仲間だと言えば、分かりますか?」
「うるちゃんは、私だけの物ですよぉ。だからぁ、仲間なんて居なくても良いんですぅ」
「はいはい、そうですかっ!!」
エルララルラの後頭部目掛けて、勢い良く拳を振り下ろすと、ゴズンッ──と地面から異様な音が鳴り響いた。
エルララルラは無傷のまま。
下の地面だけが、陥没している。
「うぅ、おでこがジンジンしますぅ。何でこんな事するんですかぁ? 私は貴女にぃ、何もしてないですよねぇ?」
このエルララルラという女、どこか変だ。いや、変なのは噂で聞いていたけど、その噂の女とこの女が一致しない。
「アンジィが、通信機で言っていた通りですか」
「退いて下さいよぉ。どうして貴女は、そんなに重たいんですかぁ? 動けませんよぉ」
「僕が退いたら、暴れるでしょうに」
これなら落下する時に、もっと勢いを付けるべきでしたね。まさか僕の力でも、エルララルラにダメージを与えられないなんて。
「打撃が駄目となると──これはどうです!」
「むぐぅっ!?」
背中に乗ったままからの、裸絞め。
「苦しいっ、ですよぅっ」
「アンジィの全力を防ぎ、僕の打撃が通じなくても、力と頑丈さは負けませんからねっ!」
「ぬむうううううっ」
エルララルラは、暴力の化身の二つ名を持ってはいるが、体術に関しては素人。首を絞めている僕の腕を掴む力は、確かに異常だけど、振り解かれる程ではない。
「このままっ! 落ちろおおおおおおおおっ!」
「放じでっでぇっ、言っでるでじょぉっ!」
「なっ、嘘でしょ!?」
僕のスキル、"過重"を受けているのに、絞められながらも立てるとかっ、本当に化物だよねこの女。アンジィが倒せない訳だよ。
「でもっ、立たせる訳ないだろ!」
背中はこっちが取っている。だからこそ即座に足を絡めて重心を崩し、「あぅっ!?」とエルララルラを地面に釘付けにする。
「ふっ、ふっ、苦じぃでずぅ」
「完璧に決まってるのにっ、まだ落ちないとかあっ! 首の筋肉まで化物なのかなあっ!」
「ばなじっ、でえええええええええっ!!」
「んなっ!? 子供過ぎるでしょ!」
それは、幼い子が駄々を捏ねる時に使う、両手足を振り回すだけの、なんて事のない動き。しかしそれを、この暴力の化身が行ったなら、どうなってしまうのか。
「ぐるじぃんでずよおおおおおおおおっ!!」
「ぐっ、この馬鹿力があっ! 暴れるなってのおおおおおおおおおおおおっ!」
僕が落ちた衝撃で作られたクレーターが、エルララルラの駄々っ子で更に広がっていき、地面に亀裂までもが作られていく。
このままだと不味い。
力で負けてないと思っていたのに、エルララルラのこの力ときたら、少しでも気を抜くと、絞めている腕が解かれてしまう。
「うるじゃあああああああああんっ!」
「このっ! どうすればっ!」
暴れ狂うエルララルラの首を絞め、どう落としたものかと思考を巡らせていたその時──「そのまま押さえていろ!」と誰かの声が聞こえ、クレーターの上に目を向けると、知らない女性が飛び込んで来た。
「んがあっ!?」
その女性が、エルララルラの口に何かを突っ込むと、徐々に暴れる力が弱くなり、「ぐっ、ゔるっ…ぢゃ……」と、そのまま動かなくなった。
「っ……死んだ?」
「即効性の致死毒なのだが……死んではいないようだな」
「致死毒なのに?」
ゆっくりとエルララルラの首から腕を放し、その顔を見ると──確かに。静かな呼吸と共に、胸もゆっくりと動いている。
「たっ、助かったぁぁぁ……」
あと少し暴れられていたら、絞めが解かれ、最悪殴り合いの消耗戦になっていた。こんな化物となんて、殴り合いたくない。
「この女、私が村に来て直ぐに、突然襲って来たのだが……何者なのだ?」
「アレス様! ご無事ですか!」
この二人は一体誰だろうか。一人は、お師様と似たエルフっぽい人で、もう一人は、どこからどう見ても子供に見える。
「うぅん……この女は、ここから南にある国の女帝で、エルララルラって言う化物です」
「女帝? この化物は女帝なのか?」
「一応ですけどね……っとそうだ、さっきは助かりました。お陰で命拾いしましたよ」
この人が居なければ、こうも簡単に意識を奪う事が出来なかったし、先ずは感謝しないと。
「構わん。降り掛かった火の粉に、対処したまでだ。場所の確認も出来たしな」
「アレス様。どうやら相当、北に来ていたようですね。このまま北上しますか?」
「このまま北に行くと、僕が住んでいるレッツァマーダに行けますよ。と言っても、一月ほど歩く必要がありますけどね」
アレスというエルフは、腕を組んで何かを考え込んでいるけど、この二人はどこから来たんだ? エルララルラを知らないから、ノブストンの者ではないし、その更に南にある、アッジスノード王国からだろうか。
「ふむ……一つ尋ねても良いか」
「良いですよ」
「サハロブ・アヒージャ・ノゾ・ルプマンティという男の名に、聞き覚えはないか?」
サハっ、長い名前だなぁ。そんなに長い名前の人なんて、実在するのか? アレスの目は本気みたいだし、ちゃんと答えておこうかな。
「これでも、国の幹部的な役職だから、色々と知ってるけどさ。そんなに名前が長い人なんて、聞いた事がないよ」
「そうか……情報感謝する。私達はもう行くが、そこの女をどうするつもりだ? 剣で斬っても傷一つ付かない奴だぞ」
「寝ている間に、色々と試しますよ」
首の筋肉が異常過ぎて、絞める事も折る事も出来なかった。それでもまだ、手脚の関節は試していないし、折れるなら折っておきたい。
「念の為、これを持っておけ。影のっ……私特製の毒薬だ。そこの女の顔色が、白っぽくなった時点で、再度飲ませると良い」
「助かります……レッツァマーダ魔導国に来て頂ければ、この御礼は必ずしますので」
「ああ。その時は、世話になろう」
「失礼致します」
そう言って二人は、東に向かって歩いて行ってしまった。出来れば北に進んで、国に来て欲しかったんだけど……仕方ないか。
「それじゃあ僕は、これの対処だね」
もしも関節すら折れなければ、毒を飲ませつつ、ノブストンへと連れて行くしかない。殺せる手段がないとか、意味が分からないや。




