12話 化物と化物と化物と.5
エルララルラは動かない。
アレスとマロン。あの二人の姿は見えず、どうやら遠視の範囲外まで下がったようだ。
「ぐっ……ははっ、こうも私が無力だとはな」
ポケットから通信機を取り出し、耳に嵌め込み、側面のボタンを押して口を開く。
「こちらトリアヌ。お師匠様、古奈月、応答を求む。繰り返す、こちらトリアヌ」
『──こちらシアード、無事かいアンジィ』
「お師匠様か。逃げろと言われていたが、残念ながら、足が限界で無理そうだ」
エルララルラはその場でしゃがみ、何かを探しているようだが、アレは何をしている。遺跡の瓦礫を、持っているようにも見えるが。
『まったく君は、無茶をし過ぎだ。それで、連絡をして来たという事は、無事に円堂君を見付けたのかな』
「私の後ろで寝ているさ。目も当てられない程に、酷い有様ではあったが……お師匠様」
『なんだい』
「エルララルラという者は、殺しを何とも思わない、リシュエルに惑わされた者だったな」
それは、ちょっとした違和感。
本来の予定では、兎留美がエルララルラを惑わし、暴走させた上で、ノブスノンという国を使って押し潰す。その予定だった。
『そうだね。だからこそ、円堂君を送ったんだ』
兎留美がエルララルラに捕まったと知ったあの時、暴走状態のエルララルラに捕まったのだと、勝手に思っていた。
実際にこの目で見て、違和感を覚えた。
暴走状態の者が、アレスとマロンのあの猛攻を受け流し、避け、応戦するなど可能なのだろうかと、違和感を覚えたのだ。
「エルララルラは、あの化物は……暴走していない。自らの意思で考え、戦っていた」
『──なんだって?』
「兎留美に執着はしているが、どう見ても、自らの意思で行動する化物だ。暴走状態の方が、幾分マシに思えるぞ」
遠くに見えるエルララルラは、瓦礫を足下に大量に集めて、何か準備をしているようにも見えるが、暴走状態でない事は確かだ。
『リシュエルの称号に打ち勝った? いや、精神が幼いエルララルラには、無理な筈なんだけどね……一体何が起きている』
「お師匠様。考える前に先ずは、兎留美と私を助けてはくれないか。エルララルラの様子が────っ!?」
エルララルラから目を離し、右耳に付けた通信機側へと首を傾けたその時──何かが私の左耳を掠め、通り過ぎて行った。
左耳を触ると、肉が若干抉れており、そこから血がゆっくりと、垂れているのが分かる。
「なにが……っ」
得体の知れない危険を感じ、素早く地面に張り付くように伏せると、チュンッ──という音と共に、頭上を何かが飛んで行く。
「くっ、突然どこからっ」
その何かは見えないが、まともに当たったならば、無事では済まないであろう事は、背後の地面を見れば分かる。絨毯爆撃を受けているかのように、地面が捲れ上がっているのだ。
『どうしたんだいアンジィ』
正直言って、答えている余裕がない。
私の火の矢で作ったクレーターなぞ、ただの凹みと言わんばかりに、次々と何かが頭上を通り抜け、遥か後方の地面を破壊している。
「まさかっ、この攻撃は──あの化物本気か!」
遠視のクールタイムが終わり、エルララルラの方へと顔を向けると、身の丈程もある巨大な瓦礫を軽々と持ち上げ、こっちに向かって投げている姿が見えた。
「チッ! 体力も限界だと言うのにっ」
位置は把握されているが、見えてはいないようだ。でなければ今頃、投げ方を調整されて地面の染みになっている。
『アンジィ、どうしたんだ。おいアンジィっ、アルジェリーヌ! 応答しなさい!』
「煩いぞお師匠様! こっちは今っ、エルララルラの投擲に襲われているんだ! 兎留美だけでも良いから、さっさと助けろ!」
『っ……分かった。今直ぐそっちに、古奈月ちゃんを送るから、機を見て逃げなさい』
古奈月を送る? このお師匠様は何を言ってるんだ。足の速い私ですらここまで来るのに、相当な無茶をしたのだぞ。
『あの空を守る魔王が居ないのなら、この大陸に障害はないさ。ほら古奈月ちゃん、準備してって……そんな嫌な顔しなくても』
どうやらお師匠様の側に、古奈月も居る様だ。私から連絡が来るのを、待っていてくれたのだろうか。だとしたら有り難い。
『未だ、世界の壁を突破する事は叶わないけれど、アンジィを起点にすれば、この程度の距離なら送れるのさ』
「お師匠様……何をする気だ」
『円堂君を元の世界に送り返す為に、研究してるんだけどね。行くよ──"送還転移"!』
転移という言葉は、日の本に住んでいた現代人ならば、大半の人間が知っている。その名の通り、空間を移動する架空のナニカ。それをこのお師匠様は、使えると言うのか。
「……っ、古奈月はどこだ」
瓦礫が徐々に下がって来ており、風圧に体が持って行かれそうになるが、匍匐前進でなんとか、兎留美の近くまで移動した。
辺りを確認するが、古奈月の姿はない。
転移とやらが、失敗したのだろうか。
『どうだい、古奈月ちゃんは行けたかな?』
「どこにも居ないぞ!」
『えっ? 姿が消えたから、ちゃんと発動したんだけど……場所の指定しくじったかなぁ』
この緊急時に、それは不味いだろう。
「どこに送ったんだお師匠さっ……」
どこからか──古奈月の声が聞こえた。顔を動かして確認するが、『お師様の馬鹿ああああああああああああっ!』としか聞こえず、その姿はどこにもない。
「──っ、上から!」
遠視を使い星空を見渡すと、馬鹿みたいな声量で叫ぶ古奈月の姿が見えた。その真下には、瓦礫を掴むエルララルラが居り──爆音を響かせての激突。
「……お師匠様」
『なんだい?』
「古奈月を殺す気なのか!?」
『彼女なら大丈夫さ。足は遅いけど、頑丈さと近接戦だけなら、国一番なんだからさ』
それは知っている。だが、知ってはいても今のアレは、私であれば即死確定だぞ。
『ほら、古奈月ちゃんが戦っている間に、さっさとその場から離れなさい』
「くっ、分かっている!」
鉛の様に重い体を動かして、ゆっくりと兎留美を背負い上げ、足を引き摺りながらも、その場から移動を開始する。
「古奈月……頼んだぞ」




