12話 化物と化物と化物と.4
村から北に十キロ程走り、荷物を置いていた場所まで戻ると、地面に迷彩布を敷き、その上にゆっくりと兎留美を寝かせる。
「兎留美、私が分かるか?」
「ぁ……」
「少し待っていろ」
鞄から干し肉を全て取り出し、水袋の封を切り、その中に干し肉を入れて、硬い干し肉を少しでも柔くする。
しかし、これだけでは足りない。
直ぐに手脚を再生するのならば、より新鮮な血が必要となるのだが、周囲に魔物は居ない。
「兎留美は嫌がっていたが、やむを得ん」
一切の躊躇なく鏃で腕を刺し、流れ出る血をそのまま水袋に落としながら、血を止めるタイミングを見計らう。
「っ……感覚頼りとはな」
意識が朦朧とする前に、この血を止めないと、私まで動けなくなってしまえば、魔物が来た時点で、兎留美共々死んでしまう。
「──限界かっ」
素早く左腕を縛り付け、血を止める。ほんの一瞬眩暈がしたが、問題なく動けそうだ。
「次は……これか」
四肢が再生しないようにと、切断面に張り付けられた鉄製の板。熱した鉄をそのまま付けたのだろうが、これを取った所で火傷が邪魔をして、手脚は再生しないだろう。
「すまないが、堪えてくれ」
兎留美に布を無理矢理噛ませ、弓を構えてジッと兎留美の二の腕、太腿に狙いを定める。
使うのは、普通の矢ではない。
一本一本手脚を斬り落とすには、兎留美への負担が大きく、私の正気も保てない。だからこそこのスキルで──纏めて斬り落とす。
「済まんっ、兎留美! "魔弓"っ!」
魔弓──各属性の魔法の矢を放てる、私固有のスキルであり、今回発動させたのは風の矢。もし生身でそれに触れたなら、鎌鼬の如き鋭利な風の刃にて、細かく斬り刻まれる。
「ああああああああああああっ!?」
「動くな兎留美!」
直ぐに縄モドキで止血を施し、兎留美を抱えたまま水袋を手に取って、そのまま中身を無理矢理飲ませる。
「あごっ、んがああぶっ!」
兎留美は血を、栄養を摂っている限り、例え溺れて意識がなくとも、再生スキルは勝手に発動する。その光景を幾度も見た。
「あぶっ、かあっ! げほっ、ごぼっ────」
ミチミチッと異様な音を立てて、斬り落としたその傷口から血が止まり、ゆっくりと骨、神経、筋肉が形を成していく。
「……ふぅぅぅっ、これなら大丈夫か」
意識を失ってはいるが、最悪の状態からは脱したと、地面に寝転がり星空を見上げる。
安堵と共に湧き上がるのは──憤怒。
同郷の親友に、命の恩人に、大切な仲間に対してこの様な事をさせた、女帝エルララルラに対しての激しい怒り。
「この状態では、どうせ逃げられん」
疾走スキルを使い過ぎた所為だろうが、足の震えが止まらず、最早走れる状態ではない。なればこそどうするか。
「あのエルフ……」
体を起こして、"遠視"で村を確認すると、まだ戦いは続いている。あのアレスというエルフと、マロンという幼子が、暴力の化身と恐れられるエルララルラと、互角に戦っているのだ。
「エルララルラめ、こっちへ来る気か」
村の東側で戦っていた筈が、北側の出入口付近で戦っている。その理由はただ一つ。エルララルラが、兎留美を狙っているからだ。
「どこまで私の力が通じるか」
弓を握り締め、ゆっくりと立ち上がる。
近接戦では敵わない。中距離戦でも無理だろう。それならば、この長距離ならどうか。
村までの距離、凡そ十キロ。
「"遠視"で相手の位置を捕捉。"能力向上"と"魔弓"を併せて使えば、十二分に届く距離だが……戦っているあの二人に、どう知らせるか」
私の意図を察してくれるかどうか、賭けにはなってしまうが、ここでグズグズ悩んでいるよりかは、遥かにマシだろう。
「魔弓──火の矢っ!」
村目掛けてヒュゴッ──と、青白い火矢が弧を描くように飛んで行き、エルララルラとアレスの間に割り込む様に、地面へと突き刺さる。
「……どうでるか」
あのアレスは、火の魔法を使っていた。だからこそこちらも、火矢の魔弓を射って、敵ではないと知らせたいのだがな。
エルララルラとアレスは動かない。
マロンという幼子は、首を傾げて周囲を警戒しているが、私もまさか、あんな良い位置に刺さるとは思わなかった。
「っ、動いた!」
エルララルラから距離を取るようにして、アレスとマロンは後退し、空に向けて火の魔法を放ってくれた。
恐らくは明かり代わり。
暗闇よりも、遥かに狙い易い。
「受け取れ化物──魔弓っ!!」
魔弓を射るまでの時間は、凡そ二秒。一度に放てる魔弓の数は、六本が限界。毎分百八十本の魔法の矢を射れると言えば、聞こえは良いのだが、デメリットも存在する。
「ぐうううっ! まだだっ!」
火の矢を射る為には、摘んで引っ張る動作が必要であり、その際私は何を摘んでいるのか。それは勿論、自ら発動した火の矢だろう。
「痛っ──ああああああああああああっ!!」
私の"守のステータス"では、この連続で発動する魔弓には耐えられない。弓は引かなければ射る事が出来ず、それは魔法の矢も同じ。火の矢を摘んで引けば、その分私の指にも負荷がかかり、徐々に焼け焦げていくのが分かる。それでも手を緩めない、緩めてはいけない。
一体どれ程の時間、発動し続けたのか。
指は赤黒く腫れ上がり、力が入らない。
村は形を成しておらず、地面には幾つものクレーターが存在し、火の矢の影響なのかそのクレーターからは、煙が立ち昇っている。
「はぁっ、はぁっ、どうだ……」
全てを出し切った。持てる力の全てを、あの化物にぶち込んでやった。もう指だけでなく、腕も上がらなくなっている。
「エルララルラは、どうなった」
ここまでやっても、あの化物を倒せるとは到底思えない。しかし、無事だとも思えない。そう願っていたのだが──あのエルララルラが、まさかここまでの化物だとは。
「っ……無傷か」
暗がりの中、動かずに魔弓を使い続けたのだ。位置が特定されたのか、エルララルラの瞳が、ジッとこちらを捉えていた。




