12話 化物と化物と化物と.3
一軒一軒家屋を調べていると、どこからか嫌な臭いが漂って来る。恐る恐るその臭いの元を辿って行くと、開けた所に出た。
そして私は──それを見た。
吐き気を催す程の腐敗臭が、辺り一面に広がり、その臭いの元であろうモノを見て、私の人生で初めて──その場に嘔吐した。
大量の人の腕、人の脚、骨、骨、骨の山が、まるでただのゴミの様に放置され、キャルピーがそれに群がり、貪り食っている。
地面に膝を付きながら、胃の中の物を全て吐き出し、歯を食い縛りながらも、それらをよく観察してみると、違和感を感じた。
そこにあるのは──人の手脚のみ。
もう一つの疑問が、腐敗がそこまで進んでいない、血で真っ赤に染まってた手脚が、全て同じ"大きさ"、同じ"太さ"に見える。
普通ならば、あり得ない事だろう。
その考えに至る事はないだろう。
しかし私は知っている。円堂・兎留美という存在が持つ、特異なスキルを知っている。だからこそ──分かってしまった。あの手脚が誰の物なのかを、理解してしまった。
膝を折っている場合じゃない。
足が竦み動かない。
呆けている場合じゃない。
体に力が入らない。
兎留美を探さなければならない。
見たくない、知りたくない。
見たら私は、怒りを抑える事が出来ない。
お師匠様は私に、エルララルラと遭遇したら逃げろ、絶対に戦うなと命令された。逆を言うのならば、逃げる事は可能なのだろう。
私は背中から矢を取り出し、強く握り締め、力の入らない、動こうとしない足目掛けて──その鏃を突き刺した。
痛みで自らに喝を入れ、無理矢理体を動かして、この周辺の家屋を捜索した。ここに手脚があるのなら、近くに体もある筈だ。兎留美が居る筈だと、探し続けた。
ふと、宿の看板が目に留まった。その宿屋の看板の下の地面に、周囲の火に照らされて、ハッキリと見えるモノがある。
赤黒く変色した、血の跡。
慎重に宿へと近付き、その扉を開けて中を覗くと──宿の受付らしき所に人影が見えた。宿の店主か、それともエルララルラの仲間なのか。弓を持ち、息を整え、突入する。
制圧の基本は、相手に行動させない事。相手より一歩先に動き、無力化させる事にある。
「動くな。動けば即座に射殺っ……」
受付に居た男は、既に死んでいた。
男の腹には包丁が刺さっており、刃の向きを考えれば、恐らくは自死の可能性が高い。
「これは、何だ?」
受付カウンターの上に、この男が書いたのだろうか、血で何かが書かれている。
「『薬を盛った愚かな俺を、赦してくれ。二階、一番奥』……まさかっ、兎留美!」
左手に階段を見付けて直ぐ、一足跳びに駆け上がると、一番奥の部屋だろうか。少しだけ開いた扉から、明かりが漏れ出ている。
「っ……ふぅぅぅ」
焦る気持ちを抑え、弓を構えたまま慎重に進んで行き、そっと部屋の中を覗き込む。そして──扉を開けてそれを目にした。
人の所業ではない。
「おと…さ…おか……さ。かえ…りた……」
これは、人がやって良い事ではない。
「──っ、兎留美!!」
兎留美は再生持ちだ。
例え四肢を失ったとしても、血さえあれば元に戻り、そのスキルで長き時を生き抜いて来た、特異な異世界人だ。
「糞っ、ここでは不味いか」
四肢を再生するには、血が必要。そして、四肢を生やす為の傷口が有る事が、大前提としてある訳だが──傷口を鉄で防がれては、治るモノも治らない。
「兎留美っ、私の目を見ろ! 兎留美!」
「かえ…りた……かぞ…く」
「分かっているっ、皆の所に帰るぞ。お師匠様も、守も、ナイーニャもっ……もち様だって、兎留美の帰りを待ってるんだ」
部屋の中を観察し、先ずはシーツを使う。
鏃で長細く切り裂いて、同じ物を幾つか用意出来たら、それを捻り、三つ編みを作るかのように編み込んで、簡易の縄を作る。
「落ち着け……落ち着けっ、まだ戦闘音は聞こえるんだ。エルララルラはここに来れない」
他の部屋のシーツも取り、兎留美を包む様に被せて、簡易の縄で兎留美と私自身を固定して、両手を使える状態にする。
「良しっ!」
村の外、北側の先。荷物を置いている場所まで行けば、干し肉や水がある。先ずはそれを食べさせないと、この鉄を引き剥がせない。
今の兎留美には、血が足りないのだ。
「多少揺れるが、我慢してくれ」
「……ぅあ……」
兎留美に負担をかけないよう、小走りで宿を出て、東側の崩れた石壁へと向かう。この最中にもまだ、北側での戦闘は続いており、時折り火の魔法が、流れ弾の如く襲って来る。
「あのエルフっ、もっと考えて魔法を使えっ」
もう少しで東の壁だ。そう思い、ほんの一瞬だけ、緊張の糸か緩んでしまった。兎留美を救出出来た事で、緩めてしまった。戦闘音が聞こえない事に気付くのが──遅れた。
「うるちゃんを、どこに連れて行くんですかぁ」
「なっ!?」
突然襲い来る殺気。その殺気に体が自然と動き、姿を確認する事なく──殺気を感じた空へと全力で矢を射る。
射抜いたのかは分からない。
ただ、今ここで足を止めては、間違いなく詰むであろう事だけは、本能が理解している。だから私は──「能力向上っ! 疾走!」とスキルを発動して、この場からの離脱を選択した。
「ぐっ、保ってくれよっ!」
薬で誤魔化していたが、脚は既に限界だ。
「ふふっ、待ってぇ──うるちゃぁん」
今あの化物に追い付かれれば、兎留美を背負った状態での戦闘となり、動きが制限される。
「せめて、兎留美だけでも逃さねばっ」
背後から徐々に、殺気の塊が近付いて来る。そして──「うふふっ、追い付いたぁ」とエルララルラの手が、兎留美に触れようとしたその瞬間、「アレス様の指示です!」と横からさっき見た幼子が飛び出して来て、エルララルラの横っ面を殴り飛ばした。
「ふんっ、ようやくまともに殴れました」
「マロン! そのまま畳み掛けるぞ!」
「分かりましたアレス様!」
兎留美を背負う私と、アレスと呼ばれたエルフの視線が交差したその時、『負傷者が居るのならば、さっさと行け』と声が聞こえた。
「っ、感謝する!」
直ぐに石壁を飛び越え、引き摺るようにして脚を動かし、北へ北へと出来うる限り、村から離れて行った。




