21話 魔王の所業
2026/06/28 改稿
それは、ほんの少しの違和感。教徒共が城下へと赴き、新鮮な肉、野菜、酒などを、格安で買い付け、朝の祈りの前に、腹を満たす筈であった。
「リイド君……これは何かなぁ?」
「でっ、ディムニ大司教様のっ、ほっ、本日の朝食に御座いますっ!」
目の前のテーブルには、今まで食べていた量の、凡そ半分の量しか見当たらず、食事係の教徒を見ながら、静かに聞いてみた。
「これだと、祈りに支障をきたすよねぇ?」
「もっ、申し訳御座いませんっ! いつも通り店に買いに向かったのですがっ、店主が値引きに応じず……っ」
「むふぅ……それなら、次からは店を変えて、買い付けなさい。値引きに応じなかったその店は、後々、神の裁きが下るであろうて」
アルテラ教に逆らうなど、あってはならぬ事であり、店一つを潰すなど、容易な事。そう思いながら、朝食を済ませ、アルテラ神に祈り、獣を使って発散をし、違和感を感じながらも、問題ないとそれを無視した。
次の日の朝──違和感が確信に変わった。
食事係のリイドが、いつまで経っても食事を持って来る事がなく、声を出して兵士を呼び、リイドはどこだと問い詰めた。
「リイドで御座いますか……そう言えば、早朝に買い出しに向かってから、帰って来ておりませんね。何かあったのでしょうか」
朝食の時刻は、とうに過ぎている。獣で発散する為にも、祈る為にも、食事を欠かす事は出来ず、仕方なく厨房まで足を運んだ。
「……なんだ、これは?」
そして、厨房に入り、何かないかと探していると、ふと調理台の上に──リイドの法衣が、無造作に置かれているのを見付けた。
「どういう事かな……リイドっ」
それの意味するところは、一つしかない。
法衣はとても神聖な物。たとえそれが、教徒の着る物であったとしても、このような扱いをするなど、許される事ではない。
「見付け出してっ、処刑して────」
「大司教様っ! ここにおられましたかっ!」
「なんだね急にっ」
神官の一人が、汗だくで現れた。私の駒の一人で、大聖堂と私の住まう砦を行き来する、伝達係のような者だ。
「おっ、オルス通りにてっ、このようなモノが配られておりますっ! これを放置すればっ、非常に不味い事となりますぞっ!」
神官が見せてきた、二枚の紙。その二枚の紙に書かれた内容を読み──鼻で笑った。何の危機感も、感じなかった。
「これのどこを見て、不味い事になるんだい?」
「えっ……しっ、しかしこれではっ、魔王を糾弾する我らの立場が、危うくなりますぞっ」
「君はアレだ、小心者だね」
この紙が、一体何枚用意されたのかは知らないけど、一枚当たり千ストールもする、高級品だ。そんなもの、用意出来ても百や二百が限界であろう。この広い王都で、そんなモノをばら撒いても、たかがしれている。
「ふむ……でも、そうだね。念の為少しばかり、手を打つとしようか」
「どっ、どうされるのでっ」
「私の叔父にでも、手紙を送るよ。何が起きたとしても、侯爵である叔父ならば、私を助けてくれるからねぇ」
この紙に書かれている事が、王都中に広まるとしても、それは今直ぐという訳ではない。それほどに王都は広いのだ。
「金の無駄だねぇ、魔王……」
そうして直ぐに、叔父への手紙をしたためて、冒険者ギルドに行き、「叔父の領地へ送ってもらうように、依頼を出しなさい」と、その手紙を伝達係に渡した。
「これで、問題はないね。ふぅ……祈りまで時はあるし、獣で発散しておこうかなぁ」
ここ最近、次々に獣が死んでしまうから、ゆっくり楽しまいとねぇ。さてぇ、今日はどの獣で、発散しようかなぁ。
そんな事を考えながらゆっくりと、砦の地下へ行き、鋼鉄製の扉を開けて、獣を飼っている檻へと進み──その光景に、目を疑った。
「……あれっ? けっ、獣がっ、居ないっ!?」
あと五人程、残していた筈の獣が、逃げられぬように、手足を潰していた筈の獣が──檻から忽然と、その姿を消していた。
「何がっ、どこにいったんだあっ! 衛兵っ! えいっ、へえええええええええいっ!!」
私が直接雇っている、この砦の衛兵全てを招集して、砦内外をくまなく探させたが、結局その日は、見つける事が出来なかった。
予想外の出来事は、まだ続いた。
次の日の朝──女王の使者と名乗る者が、大聖堂に現れ、『アルテラ教、オーグド・ディムニ大司教に、城への出頭を命ずっ! これは陛下よりの勅令であるっ!』と、その言葉だけを伝えて、去って行った。
私は直ぐに教徒へ命じ、城下の状況を調べさせ、今の現状を理解するに至った。
「なぜ女王がっ、魔王に呼応するかのように動くのだっ! 意味が分からないっ……城に行くなんて、論外だろうねっ」
しくじってしまった。もっと早くに、手を打っていれば、少なくとも城への出頭命令は、回避出来たかも知れないのに。
どうするべきかと考えていると、コンコンッ──と扉がノックされ、何やら青い顔をした伝達係が、部屋へと入って来た。
「だっ……大司教様」
「なんだいっ、私は今忙しい──君、その手に持っているのは、昨日の手紙じゃあ……」
「今朝……冒険者ギルドの者が現れ、『先日承ったこの依頼を、"誰も受けない"との事で、手紙をお返し致します』と……渡されました」
この状況は、いくらなんでも可笑しい。冒険者ギルドは、各国に点在する、いわば中立の存在であり、いくらアルテラ教の悪評が流れようとも、依頼を断るなんて事はない筈だ。
「これは……動きが、早過ぎるよね」
僅か数日で、ここまでの事態になるだなんて、いくら何でもあり得ない事だ。まるで誰かが、先んじて動いてるかのような……。
「君。今直ぐ誰か、教徒を一人選んで、今から伝える内容を、一般街で言わせるんだ。決して私の指示だと、悟られぬようにね」
「かっ、畏まりましたっ!?」
一、聖女は魔王に拐かされたと広める。
二、女王への牽制の言葉。
三、あくまで個人として、演説をさせる。
これをする事によって、その演説をした教徒へと意識を向けさせ、その間打開策を講じる。
「叔父に手紙が行かぬとなれば、トネリオス大臣に頼むしかあるまいっ……問題は、今この状況で、どうやって来させるかだがっ」
ここでも、何も知らぬ教徒を使う。法衣を脱がせ、トネリオス大臣お抱えの行商として、城へと潜り込ませる。
「面倒だが、やるしかあるまいなっ」
急がねばならない。そう思い直ぐに、敬虔な教徒を捕まえ、大司教として命を下し、裏門から隠れるようにして、城へと向かわせた。
これがもし失敗すれば、遠からず城の兵が押し寄せ、強制的に城へと連行されてしまう。
私に残された手は、限られている。
最悪私兵を盾にして、この王都から脱出し、叔父の領土まで逃げねばならない。そうなれば、大司教としての地位を失う事になる。
「っ……あの魔王を、舐めていたね」
その次の日──発散も出来ず、眠れぬ夜を過ごし、砦の中に籠って、トネリオス大臣を待っていると、大聖堂の建つ方角から、騒がしい声が聞こえて来た。砦の中に居るにも関わらず、声が聞こえて来たのである。
「ディムニ大司教様っ! 大司教さまあっ!!」
何事だろうかと、思っていると、血相を変えた伝達係が、部屋へと飛び込んで来た。
私は聞いた、何があったのだと。
「きっ、傷を負われた聖女様とっ、魔王と思しき者がっ、おおっ、大勢の民衆を従えてっ! 大聖堂へと迫って来ておりますっ!!」
それを聞いて私は、納得してしまった。
聖女の名を利用し、魔王としての噂をも利用し、それら全ては、民を焚き付ける為の前準備であったのだと、理解してしまった。
聖女が傷を負った? あり得ない。治癒の奇跡を有する聖女が、傷など負う訳がない。それすらも、民を扇動する為のモノ。
「あり得ぬっ……僅か数日、たった三日四日なのにっ。何故私は、追い詰められておるのだ」
最初は、ラクレル村から避難して来た者達が、あの男は魔王のようだと言った。その中には、冒険者もいたのだ。
噂はあっと言う間に広がった。
私は、その噂を利用したに過ぎない。魔王なんてのは誇張で、ただ力の強い男が、暴れただけだと、思っていたのだ。
だからこそ、魔王と断定した。ザルブを送り、私のスキルが籠った魔石まで渡して、始末しようとしたのだ。
「これではまるで……本物の魔王ではないかっ」
私は一体何に、手を出してしまったのか。




