18話 破滅への序章(ザルブ視点).5
2026/06/28 改稿
私の計画は、完璧であった。
貧民街の屑共を集め、大金を積み、孤児院正面から突撃をさせ、護衛の目を欺く。
聖女の側には、忌々しい獣族の護衛がおり、その一番厄介な存在を、正面に釘付けにする。
裏からは、別の者達を侵入させる。
貧民街の奥で、飢えに震えていた、ラクレル村から避難して来た者達に、異端共に使用する、特製の薬を混ぜた食事を与えて、判断力を奪い、洗脳し、突撃させた。
正面と裏手で、戦闘の音が聞こえて直ぐ、私は側面の壁を越え、窓を破り、孤児院内へと侵入に成功した。
あとは仕掛けを施し、火を放つだけ。
このような孤児院ならば、あっという間に火は拡がり、上手くいけば、魔王、聖女諸共、焼け死んでくれるであろう。
問題があるとするならば、この孤児院が無駄に広いという事だ。仕掛けを施す位置が悪ければ、火は消し止められ、大金を叩いたこの計画が、無駄に終わってしまう。
「くそっ……たかが孤児院が、なせこんなにも大きいのだ。どこに仕掛けるべきか……くっ、時間がないと言うのにっ」
火を放って逃げて直ぐ、アルテラ教神官としての地位を使い、この王都中に、『火を放った者は魔王である』と喧伝すれば、国や冒険者ギルドも、動かざるを得まい。
「そうなればっ、私の地位も守られる……やるしかないっ、やるしかないのだっ」
ふと──窓の外での戦闘が見えた。聖女の護衛が次々に、武器を持つ者達を屠っている。
「チッ、矢張り彼奴らでは、聖女の護衛の相手は無理か。しかしこの場所……」
どうやら今居るこの場所が、この孤児院の中央にあたるらしい。ここにコレを設置し、発動させれば、丁度良いのではないだろうか。
「さっさと終わらせて、逃げねばな……」
「どこへお逃げに、なられるので?」
突然の声と共に──心臓が鷲掴みにされたかのような殺気に体が震え、通路の奥を見た。そこにいつから、居たのだろうか。黒外套を羽織った、顔も見えぬ者が立っている。
「きっ、貴様……何処から現れた……っ、この孤児院の者なのかっ……」
さっきから、震えが止まらない。理由なら分かっている。感じている。こちらが剣を抜いたその瞬間、私の首が──飛ぶ。
大量の冷や汗が、背中を濡らし、息が上手く吸えない。呼吸が出来ない。
「その顔……教会の者ですか。愚かな……」
「なっ、何故っ!?」
「教会の者の顔は、一通り覚えておりますので」
夕焼けが沈み、闇に覆われる中、その黒外套を見て思った感想が──影。暗がりに潜むと噂されてきた、ジアストール王国の、闇。
ジアストール王国、五百年の歴史において、いつの時代にも噂されてきた、国に危機が訪れた際に、姿を現すとされる化物。
その殺意が──私を包み込む。
「ひっ、ひひっ、死ぬっ死ぬっ死ぬっ、どうやって逃げるっ。どうやってどうやってっ!?」
頭の中が、上手く整理出来ない。ここからどうやったら逃げ切れるかの、その答えを──導き出す事が出来なかった。
「死になさい」
「死ぬうううううう────っ!?」
体が、勝手に動いた。
孤児院に火を放つ為の魔石に、魔力を込めて、そのまま床に落とした。
床には、油の入った瓶と、大量の魔石。その上に魔石が落ち、魔石と魔石が反応した瞬間────爆発と共に、私は吹き飛ばされた。
神官の纏う法衣は、耐熱、耐衝撃に優れ、鎧の内側に着込んでいたからこそ、通路の端へと吹き飛ばされるも、私は生きていた。
「ぐふっ!? ぐぅぅぅっ、逃げねばっ、死にたく無いっ、逃げねばあああ──っ!!」
痛む体を必死に起こし、本能のまま走り出す。何故なら、あの様な殺気を放つ存在が、そう易々と、死ぬとは思えないからだ。
「裏口はどっちだっ、こっちか! ぐぅ、早く逃げねばっ、あの化物にっ!」
正直言って、魔王どころの話ではない。
あのラクレル村で見た魔王よりも、遥かに恐ろしい存在であると、本能が告げていた。
「はぁっ、はぁっ、ぐっ、何故獣が!?」
通路を塞ぐ様に、前方の獣共が真っ直ぐこちらへと、走って来る。今この場で足を止めると、あの化物に追い付かれてしまう。
「どけえええ──っ! 獣共おおお──っ!!」
そう言いながら、剣を抜き放ち、一番先頭を走っていた大柄な者に、その刃を振り下ろした──パリィンッ──筈なのに、剣が砕けた。
「……はっ?」
呆然と、砕けた剣を見つめていると、突然腹に衝撃が走り、メリィッ──という音と共に、床に膝を付き嘔吐した。
「うぼぇっ!? うぇっ! なっ、何がっ……」
「あいが……っ、たりなあああああ──いっ!」
「ぎざまっ、えふっ、貴様がやったのかっ!」
先程の黒外套といい、目の前の大柄な人か獣か分からぬ者にっ、なぜこの私がっ! この様な屈辱を受けねばならぬのだっ!
「神官たる私にっ、このようなぁっ!」
目の前の大柄な者を見る。獣の耳や尻尾はなく、人種に見えるが、先程の拳の威力は常軌を逸している。戦えば、無駄に時間を取られ、あの化物に追い付かれるだろう。
「こうなればっ」
どれかを捕まえて、盾として使い、何が何でも逃げねば。どれが一番弱い……獣共は、例え子供であっても、その力は油断出来ぬ。
「──あの獣かっ!」
腰を低く保ち、そのまま駆け出す。
先頭の大柄な者に剣の柄を投げ、『あいいいっ!』と叫びながら迫る拳を避け、他の獣共が慌てている間に、"小さい獣"の首を掴み、そのまま駆け抜けた。
「メオちゃんっ!?」
「ぐっ、貴様っ!!」
駆け抜けたと思ったのに、どうやってか、同じ大きさの獣が、無理矢理しがみ付いてきた。
「メオちゃんをはなして!」
「ミウちゃんだめよ! にげて!」
「くっ、嗚呼煩いっ! このまま二匹共っ、盾代わりにしてやるわっ!」
そう言って、意識を前に向けたその時、前方から、炎の中を掻き分けるようにして、全裸の筋肉が、オーガの如き形相で迫って来た。
「ひぃっ!?」
最早なりふり構っていられずに、窓に体当たりをかまして、外へと飛び出す。その手に握る、獣二匹を放さぬように。
「私は死なないっ! 死んでたまるかあああああああああああ────っ!!」
開いたままの正面を抜け、ただ必死に、追い付かれるまいと、貧民街を駆け抜けた。私が助かる手段など、一つしか残っていない。
立場を捨て、国を出る。
だからこそ、死なぬ為に、生きる為にと、目的の場所まで、真っ直ぐ進んだのだ。




