18話 破滅への序章(ヘラクレス視点).4
2026/06/28 改稿
獣族と人種の子供達が、笑顔で駆け回り、力を合わせて薪割りをしている、目の前の光景を、地べたに座りながら眺めている。
昔のラクレル村で、見た光景。
懐かしく思う、あの頃の記憶。
あの惨劇の後、私自身が手放し、打ち砕いてきた、獣族と人種の繋がりが、何の因果か、今目の前に存在する。
「ふんふんっ、そんちょっ、どうしの?」
肩の上に乗っておるのは、犬人のミウ。
「うむっ……何でもないのである」
獣族は鼻が効く。特にこの、ミウのような犬人などは、何年経とうとも、同族を手にかけた者の臭いを判別し、牙を向ける──筈なのだ。
「おかおが、ふんってなってるよ?」
それなのに何故かこうして、私の肩に乗り、この王都に来てからの二日間、寝る時以外はこうして、くっ付いて来るのだ。
「何だね……その顔は?」
「そんちょのまねっ」
まるで私を、慰めるかのように。私を怖くないよと、言ってくれているかのように。
「眉間に皺が出来ておるぞ?」
「そんちょといっしょ」
「むぅっ……ならばっ、こうであるなっ!」
全力で──笑顔を作る。
作り笑いであろうと、こうして私を慕ってくれておる、この子供達の前で、暗い顔をしておれぬからな。
「ヘラクレスさーん、薪割り手伝って下さーい」
狐人のノーインが、呼んでいるのである。
「分かったのである。ミウよ、落ちるでないぞ」
「つかんでいるから、だいじょぶっ」
「……頭が潰れそうなのだが」
流君曰く、この姿勢は──肩車というらしいが、獣族の子供の力で、頭を掴まれるなど、常人ならば頭蓋が砕けておるぞ。
そうして、子供達が斧を振るい、薪を割る姿を観察していると、どうやら上手く割れないようだ。力任せに斧を、振るうだけに見える。
「ノーイン。腕に力を込め過ぎであるぞ」
「えっ? でも、こうしないと割れないですよ」
「見本を見せるのである」
口で伝えるよりも、見せた方が早い。
片手で斧を持ち、軽く丸太に刃を食い込ませ、そのままの状態で軽く振ると、パッコーンッ──と音を鳴らして、丸太が割れた。
「えっ……」
「力を込めずとも、斧の重さを利用すれば、このように簡単に、割れるのであるぞ」
「いや、ヘラクレスさん……僕には無理です」
狐人のノーインならば、簡単に出来ると思うのであるが……自身がないのであろうか。
「そんちょうが、きんにくしてるっ」
「本当だっ! 俺達もやるーっ!」
「ぼくはすででわれますよおおおおおおっ!」
駆け回っていた子供達が、次々と集まり、私を囲んでわいわいと──何とも楽しいものだ。一人だけ、規格外の子供が居るのだが……うむ、将来が楽しみな子供である。
そうして子供達一人一人に、薪割り方法を教えつつ、再度手本として、力を込めずに斧を振り、薪を割る。
「身体に負担をかけぬように、重心、斧の重さを意識して、軽く振るだけで──ふんっ!!」
丸太を重ねたモノを、一刀両断。若かりし頃はよくこれで、剣の修行をしたものである。
「むりっ!」
「きんにくがほしいのっ!」
「そんなの可笑しいですよね?」
「ふんっ! ふんっ!」
「さすがわたしのそんちょっ」
どうやら子供達には、まだ早いようで──「ぼくはできましたああああああ──っ」あるなと思ったが、本当に素手で割っておるっ!?
「モンゴリこわぃぃぃっ」
「怖っ! モンゴリ素手って……怖っ!」
「モンゴリさんっ、おのをつかいましょ?」
そんな楽しい時間を過ごして居た時、ふと何処からか──荒々しい声が聞こえてきた。
「何だ……正面からであるか──っ、そこに隠れておる者っ! 姿を現わせっ!」
ねっとりとした殺気が、孤児院の裏手にある暗がりの奥から、ゆっくりと近付いて来る。そして、夕焼けが──その殺気を放つ者の姿を、ハッキリと私に見せた。
「なぜっ、お主がここに居る……っ、ジストン」
剣を片手に歩いて来るのは、ラクレル村から王都へと避難した、村民の一人、ジストン。
流君の怒りを買った者の一人で、右腕の肘から先はなく、左片目も潰れている。
「ヘラクレス様こそ……こんな所で一体何を、なさっているのですか?」
ジストンは何故、ここにいるのか。そんな事よりもこの状況は、非常に不味い。ジストンの背後からも、数多くの殺気を感じる。
「なぜ、こんな獣風情と……仲良く?」
ジストンの背後から、一人、また一人と、姿を現すその者達全員が、ラクレル村から避難して来た、怪我を負った村民達。その全員が──武器を携え、この私を、子供達を見ている。
「その物騒な物を、仕舞うのだ。ここは王都の孤児院であるぞ……ラクレル村ではないのだ」
何とか抑えようとするが、ジリジリとにじり寄る様に、村民達は近付いて来る。
「獣はっ、狩らなきゃですよね? ヘラクレスさまぁあああああ──っ!!」
「俺達を裏切ってっ、魔王に付いたのかっ!」
「このっ、裏切り者おおおおおっ!」
彼らの目は、狂っていた。
「あの時、アンタが負けなきゃ……俺達はこんな苦労する事はっ、無かったんだっ!」
「獣を殺せっ! 皮を剥げっ! 一匹たりとも逃すなああああああっ!!」
「娘はなあっ、目を焼かれたんだっ!」
以前の私の様に──いや、それ以上の狂気に身を委ね、まるで何かに、操られでもしているかのように──狂っていた。
「まさか……"幻覚薬"っ、不味いのである!?」
「アルテラ教に栄光あれえええええええっ!!」
唯一、村民でない顔も知らぬ者が、声を上げたと同時に──躊躇いもなく一斉に、襲いかかって来た。
「子供達よ! 早く建物の中へ行くのだっ!!」
子供達を急ぎ、建物の中へ誘導するも、肩から降りていたミウが──「まずは一匹いいいいいいいいい!」──動けずにいた。
剣を振り下ろしているのは、ジストン。
その瞳には、最早狂気しか、感じない。
その握る剣が、振り下ろされ、「ぬぐぅっ」ミウを庇った私の背中を、切り裂いた。
「そんちょっ!?」
「ぐぅぅぅっ、馬鹿者があああああああっ!!」
痛みを堪え──あらん限りの力でもって、その場で腕を振り、刃を振り下ろした姿勢のままのジストンを、「ごげぇっ!?」と吹き飛ばす。
今の感触だと、肋骨は折れ、内臓は潰れ、もう二度と、まともには動けぬであろう一撃。
「そんちょっ、だいじょうぶ?」
ミウを泣かせてしまった。私が村民だからと躊躇した所為で、危うくこの子を、死なせてしまうところであった。
「大丈夫である。こんなもの、擦り傷にもならぬ……ミウは、怪我をしておらぬな?」
「してないっ」
「ならば良しっ」
実際、スキルを使う余裕がなかった為、致命傷ではないが、それなりにダメージは負った。だがそれだけだ。この程度の傷なぞ、戦を駆けていた時ならば、当たり前に負っていた。
「ミウ。皆んなと一緒に建物に入って、院長の所へ、避難するのである」
今の私の力を見た所為か、他の村民は剣を構えるも、震えたまま固まっている。
「いやぁっ」
首を横に振るミウ。そんなミウの頭に手をのせ、優しく撫でて、笑顔で伝える。
「私は大丈夫だから、他の子達と待っていて欲しいのである。大丈夫であるぞ……私はこの見た目通り、強いのであるっ」
白い歯を見せ、力コブを作り、足早に近付いて来たノーインへ、ミウを託す。
「そんちょっ! まわしてーっ、えがお!」
唐突にミウが──マッスルポーズをした。だからこそ全力で、犯した過去の罪と、向き合わねばならない。逃げる事は、許されない。
「ふんっ、笑顔っ!!」
ミウが孤児院へ避難するのを、しっかりと見届けて、ゆっくりと村民へ向き直る。過去の私を見るような、狂気に満ちた顔。
そうさせたのは──この私だ。
獣族を率先して、殺してきたのは、このヘラクレスであり、村民達は、従っていただけ。だからこそこれは、私の罪でもあるのだ。
それでも私は──守りたい。
ここの子供達を、守らねばならぬ。
「っ……そうであるか。あの時の流君は、この様な気持ちだったのだな」
私はもう、迷わぬ。
「例え、ラクレル村の村民達だったとしてもっ」
二度と、同じ過ちを繰り返さぬ。
「私の愚かな行いの、結果だとしても……」
この者達にも、罪を重ねさせぬ。
「子供達にっ、危害を加える事は許さん!」
自らの無力を嘆き、二度と使わぬと誓った、この力でもって、子供達を守るのだ。
「限界突破ああああああ────っ!!」
着ていた服が弾け飛び、全身の筋肉が血管を浮かせながら、盛り上がる。それはさながら、オーガの如し──異形。
「村民達よ……死にたくなければ逃げよっ!!」
あの時──流君と殺し合った時ですら、このスキルを使う事をしなかった。
「ひっ、ひあああああああああっ!!」
南の戦城で、悪鬼のヘラクレスと呼ばれるに至った由縁であり、ステータスを二倍にさせ、肉体の限界を取り払うスキル。
「にっ、逃げろおおおおおおっ! 化物だあああああああ────ぎゅぷっ!?」
向かって来る者は、腕を握り潰し、脚を砕き、振り回して投げ捨てる。
殺しはしない。が、ジストンと同じく、二度と動けぬ程度には、壊し尽くす。その刃が、子供達に行かぬように、徹底的にと。
その蹂躙は──瞬く間に終わった。
「ふぅぅぅ、ぐふっ……はぁ、はぁっ、矢張り、反動がデカいであるなっ……」
周囲からは呻き声が聞こえるが、誰一人として死んではおらず、そしてその者達は、誰一人殺してはいない。
「聖女様に治して貰うよう、頼まねば。この者達に薬を盛ったのは……っ、服を着ねばな」
背中の痛みを堪えながら、孤児院へと入ろうとしたその時──「がっ!?」突然の突風に体が浮き上がり、そのまま地面を転がった。
「ぬぅっ……痛っ、何が」
直ぐに腰を上げ、何が起きたのかを確認しようと顔を上げて──ソレを見た。真っ赤な炎が、孤児院を包み込んでく、その光景を。
「なっ……何だこれはっ! いかぬっ、子供達よおおおおおおおおお──っ!!」
傷の痛みも忘れて、ただ私は全力で、孤児院へと──炎の中へと飛び込んで行った。




