18話 破滅への序章(ニアノール視点).3
2026/06/28 改稿
今日は朝から、流さんとミルンさんは、この王都アストールを観光すると言って、二人してソワソワしながら出て行った。
王都の孤児院へと、帰って来てからの二日間──弟や妹達の世話を、ヘラクレス様と共にして下さり、私とリティナ様は、とても楽が出来て、ちょっとした休息日ですねぇ。
「ふわあぁぁぁふ……暇やなぁ、ニア」
「そうですねぇ。子供達も、ヘラクレス様が見て下さっておりますしぃ、暇ですよねぇ」
「この楽な暮らしも、あとちょっとやねんなぁ」
院長先生からの指示で、ラクレル村に現れたとされる魔王──流さんを、孤児院へと連れて来る事には成功した。
その理由までは、聞かされていませんけど、用件も済んだように見えますし、流さんやミルンさん、ヘラクレス様が居なくなれば、また子供達の世話を、しなければならない。
「ラカスがぁ、悪戯をしなければ、楽なんですけどねぇ……猫人族は、躾が難しいですよぅ」
「何いうてんの、ニアも猫人やん」
「私は悪戯なんてぇ、しないですよぅ」
「そりゃそうやな。猫人やのに悪戯せえへんのって、ニアだけやないか?」
「どうでしょうねぇ」
孤児院の一室、リティナ様と私の部屋で、こうしてのんびりと、過ごす事が出来る。とても貴重な時間ですよぅ。
「にしても、いつもやったら今頃、院長先生も恐れへん貧民街の馬鹿共が、餓鬼共狙ろうて来る筈やのに、全然来えへんなぁ」
「そうですねぇ……リスタやアジュが居ない日は、襲って来る筈なんですがぁ。ヘラクレス様がぁ、居るからでしょうかぁ?」
「あーっ、その可能性はあるか。あんヘラクレス……見た目からして強そうやからなぁ」
リスタやアジュは冒険者だけあって、見た目だけなら強そうに見える。実際は、私より遥かに弱いのですけど……猫人である私は、パッと見ただの、か弱い女の子ですからねぇ。
「ヘラクレス様の見た目がぁ、羨ましいですぅ」
「ニアっ……筋肉達磨になったら、流石のウチでもドン引きすんで? ほんま止めや?」
「冗談ですよぅ」
耳を澄ませれば、孤児院の裏庭から、子供達の元気な声が聞こえてきて、その声を聞きながら、ゆっくりと日が落ちていくのを、窓からボーッと眺める。
「夕焼けが、眩しいですねぇ」
そろそろ子供達を、孤児院に入れないと──そう思ったその時、招かざる大勢の足音が、孤児院の前に集まっている音が聞こえた。
「この音──剣を持ってますねぇ。どうやってぇ、手に入れたのでしょうかぁ?」
「なんやニア、馬鹿共が来たんか?」
「どうにもぉ、いつもの人達じゃあ、なさそうですよぅ。念の為ぇ、リティナ様は逃げるご準備を、お願いしますぅ」
「……分かった、ニアがそこまで言うんや。餓鬼共と合流して、動けるようにしとくわ」
リティナ様のその言葉を聞いて、直ぐに窓に手をかけ、そのまま外へと飛び出して行く。それと同時に、正面の鉄の扉が、ガギンッ──と音を発し、そのまま内側に倒れてきた。
「あらあらぁ……あの扉を壊すなんてぇ、やっぱりいつもの集団じゃあ、ないですねぇ」
土煙りが舞うその奥から、剣や槍をぶつけ合う、鈍い音と共に姿を現したのは──予想通りと言うのだろうか、貧民街の奥地に住まう、何処にも居場所のないお馬鹿さん達。
「その扉は、高いんですよぉ」
ぐにゃりと曲がった鉄の扉を、これ見よがしに踏み越えて、お馬鹿さん達は入って来る。
「なんだぁ? おい皆んなっ、見てみろよ! 獣風情が、メイド服なんか着てやがるぞ!」
「ぶっひゃっひゃっひゃ! 何だよそれっ、獣には似合わないっての」
「獣が服着てるって、変じゃねえか? 裸にひん剥いて、にゃんにゃん言わせようぜっ!」
「耳と尻尾切り取って、人種様にしてやるよ。あぁそれだと、耳がなくなるか?」
雑音を無視して、人数を確認する。
正面にはざっと十人。さっき聞いた足音と、数が合わない。ジッと耳に集中して、他のお馬鹿の居場所を探す。
「無視してんじゃねぇよっ! この獣があっ!」
一人が無造作に、前へと出て来たので、「ふぅ……」と溜息を吐きながら、相手の喉目掛けてナイフを抜き──喉を斬り裂く。
「えっ……あごっ、おぉぉぉっ」
喉を裂かれた男は、血が吹き出す首を押さえながら、前のめりに倒れ──動かなくなった。
「先ずぅ、一人ですねぇ」
私は静かに、男達の顔を見る。何が起きたのか、理解出来ないと言わんばかりの、呆けた顔をしたまま、立ちすくんでいる。
「早くぅ、片付けませんとねぇ?」
私が一歩を踏み出すと、お馬鹿達か我に返ったのか、今度は一斉に襲いかかって来た。
「やってくれたなぁ──っ!」
「玩具にしてやろうと思ったがっ、もう死ねやああああああ──っ!」
「その耳切り落として泣けやゴラァっ!」
「「「ああああああああああああっ!!」」」
本当に、動きが遅いですよぅ。このお馬鹿達は、獣族を舐め過ぎですねぇ……面倒ですぅ。
「院長先生にぃ、指導を受けたこの私にぃ、傷の一つでも付けられたらぁ、良いですねぇ」
前から右から左からと、迫る凶器を冷静に観察して、右の突きを勢いを殺さず、そのまま脚を払い、左から耳を狙っていた男の腹部に、突き刺さる様に誘導。其れを見届ける事もせず、突き出した姿勢のままの男の背後に回り、ナイフで首を突き刺す。
「連携がぁ、お粗末ですよぅ」
これでぇ、四人目も片付きましたねぇ。
「っ、糞がああああああ────っ!!」
「だからぁ、動きが遅いんですよぅ」
右斜めから振り下ろされた剣を、姿勢を低く捻り避けて、男の左足首を斬り、回り込む勢いを利用して──後頭部にナイフを突き刺す。
「ぎっ──もがごっ!?」
しっかりと口を塞ぎ、断末魔すら許さない。子供達がそれを聞けば、聞き慣れない声に、怯えてしまうだろうから。
「残るは、五人程度でしょうかぁ……早く片付けて、他の侵入者を探さないとですよぅ」
「うひっ!?」
「きっ、聞いていた話と違うぞっ!」
「こんなっ、化物がいるなんてっ、獣族の餓鬼だけじゃあなかったのかっ!」
ポロポロと勝手に、喋ってくれてますねぇ。この感じですと、指示した者が居そうですが、誰なんでしょうかぁ。
「……片付けてからぁ、考えましょう」
そう思って、残る馬鹿達を片付けようと、腰を低くした瞬間──ドゴオオオオンッ──と鼓膜を震わす音と共に、背後から衝撃が襲いかかってきた。
「──っ、何がっ!?」
直ぐに振り向き、パラパラと外壁が剥がれ落ちてくるのを、手で払い除け、孤児院を見上げると──右側から真っ赤な火の手が上がり、それの意味する所は、一つしかない。
「この孤児院に、貧民街にっ、火を放った……」
孤児院を燃やす火の粉が、貧民街のゴミや木材に燃え移って仕舞えば、瞬く間にそれは拡大し、大勢の人が──死んでしまう。
「くっ、リティナ様っ!!」
残る馬鹿達は、火を見た瞬間に逃げてしまった。今はあの人達を追うよりも先に、リティナ様と子供達を逃がさないと。私はそう思い、火の中へと飛び込んで行った。




