18話 破滅への序章(ルルシアヌ視点).2
2026/06/28 改稿
ジアストール王国暗部──影とは、ジアストールが建国された時から、存在するとされている、女王の私ですら、その全容を把握出来ない者達。その影が──泣いている。
「……びじょうでっ、ごぼうごぐをぼわりますっ、ズズッ……ゴフンッ。失礼致しました」
「急に素に戻るでないわっ」
「泣き足りないのですが……今この場で号泣致しますと、他の影も集まりますので」
北門で、この私を無視し続けたあの失礼な魔王に、この影を付けていたのですが、まさかお兄様の子供が……あの獣族の幼子だったんて。愛おしく思えた訳ですわ。
「それにしても、報告に来るのが、遅くないかのう? 北門の一件から、既に二日は経っておるのじゃが……お主は何をしておったのじゃ?」
そう、私が今聞いたこの話は、恐らくではあるが、院長の彼奴が魔王と会い、直ぐにしたのであろうと推測出来る。院長の元影は、無駄を嫌い、即断即決の者であった事を、私は知っているのだ。
「影……お主まさか、ミルンを観察しておったなどとは、申すまいな? 儂の目を見て答えい」
「その通りですが、何か?」
「ひっ、開き直りおったっ!?」
ここが私の私室でなければ、今頃剣を手に取り、目の前の黒外套を、斬り伏せているでしょうね。私の姪を観察だなんて、羨ましいっ。
「ふぅっ……して、一つ聞いても良いかのう」
「なんなりと」
「ミルンの父母が、兄様と獣族の女なのは、理解した。十年前の事を考えれば、納得は出来るからのう。じゃが……」
この影の話ですと、ミルンの母は由香里と言い、魔王と称されるあの男と、何某ら接点があるとの事ですが、どうにも腑に落ちない。
「小々波流……あの魔王とミルンの母は、どんな繋がりがあるのじゃ? よく分からぬぞ」
「それに関して、流様は黙しておりましたので。しかし、院長は確かに、ミルン様のお母様の事を、"小々波由香里"と申しておりました」
「余計に分からぬな。魔王の名は小々波流で、ミルンの母の名は、小々波由香里。流は人であろうに、何故同じ名を持つのじゃ?」
あの魔王は、どこからどう見ても、中年の叔父様でしたし、人種である事には違いない。獣族の奴隷との、接点が見当たらない。
「ミルン様は流様の事を、"お父さん"と慕っており、あのお姿は養父ではなく……実父に御座いましたね。仲の良い親子に御座います」
「チッ、儂の姪なのにっ……まさか、魔龍の川なんぞに二年も居たとはのぅ」
「王室に、迎え入れますか?」
「それは……っ」
本音を言えば、直ぐにでもミルンに会いに行き、そのまま城へと連れ帰り、王室へと迎え入れたい気持ちで、一杯ですわ。
お兄様と同じ、金色の瞳を持つ、犬人族。
北門で一目見た瞬間、ついつい後ろから抱き付いてしまう程の、私にはない愛らしさ。
「ミルンの気持ちを聞かず、連れ去ろうモノなら……お主ら影は、儂を見限るであろうな」
「ふふっ、ご推察の通りに御座います」
「元暗部の長であるあの院長が、恐ろしいか?」
「それも御座いますが、"影一同"が最も恐れている者は、流様に御座います」
その言い方ですと、ジアストールの暗部全員が、魔王であるあの男を恐れている。という事になりますわね。
「北門で、あの魔王から感じた、あの圧……影ですらも、耐えられぬと申すか?」
「あの殺気──圧ならば、耐えられましょう。が、そうではなく、直感と申しましょうか……我らが"勝てる想像"が、出来ないのです」
「ふむ……お主ら影でも、勝てぬと思わせる程の魔王か。西の彼奴より、厄介ではないかのぅ」
あの若造りババアよりも、厄介だなんて思いたくないのですが、影がここまで言うのならば、ミルンの保護者といえども、警戒はすべきかしらね。
「陛下。恐らくではありますが、西の魔王とでは、格が違うと感じます。言うなれば、御伽話に出てくる、"最古の魔王"のような……例え方が難しい存在に御座います」
「最古の魔王? すまんが儂は、そういった書物は読まぬのでな」
「陛下はもっと、教養を身に付けるべきかと。赤子に聞かせる、童話に御座いますよ」
この影は私を、一体何歳だと思っているのかしら……十八歳は、幼子ではなくてよ?
「そんな童話なぞ、儂は聞いた事がないぞ? 城下の者達は皆、知っておるのか?」
「さあ?」
「さあ? じゃあるまいっ! お主が童話だと申したであろうがっ! まさかお主っ……儂を揶揄っておるのでは、あるまいな」
この影共は、女王である私に対して、敬意を表さず、揶揄って楽しむという、悪癖が御座いますの。昔からっ……苛々しますわぁ。
「影の幼い頃に、前長である院長から、聞いた話に御座いますので……さあ? と申し上げた次第に御座います」
「ぬぅっ、ぐっ……お主の話を聞いておると、疲れが溜まるわぁ。胃が痛いっ……」
「暗部の胃痛薬でも、処方致しましょうか?」
「幼い頃に飲まされた薬かっ。直ぐに胃痛は治るがっ、三日三晩腹を下すヤツであろうがっ」
駄目だわ……この影と話をしていると、威厳を保つ為の口調が、昔に戻りそうになるっ。落ち着くのよ私。息を深く吸って、落ち着くの。
「ふぅぅぅっ……」
「へっいか──っ! ご報告っすよーっ!」
「ぶふぅっ!?」
突如として、新たな影が現れた。なんの脈絡も、気配もなく、唐突に現れた。本当にこの影共は、昔から意味が分からない存在だわ。
「影……陛下の御前ですよ」
「うげえっ! 何で長が居るんっすかあっ!」
「居ては不味い事でも?」
この影共……私室でぎゃあぎゃあと騒ぎおってからにっ、そろそろ怒りますわよ。
「ふぅぅぅっ……影、早う報告せい」
「あっ、分かりましたっす!」
こんな煩い影、以前から居たかしら。影の様子だと、昔からの知り合いというよりも、上役とその部下に見えるわね。
「えっと、トネリオス大臣と、ディムニ大司教なんすけど──殺して良いっすか?」
「……待て、詳しく話を申せっ」
「獣族の娘攫って、犯ってたっす!」
この影は、言い方というものを考えないのでしょうか。大臣と大司教が、獣族の娘を攫って──犯っていたですって?
「影。全てを話せ……今直ぐにじゃっ!」
「了解っす!」




