18話 破滅への序章.1
2026/06/28 改稿
ジアストール城の隣に位置する、アルテラ教大聖堂の裏側。その奥に建つ、小さな砦の一室で、巨体を揺らす男がいた。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふひ──っ、ふぅぅぅ。ふむぅ、コレはもう駄目だな」
動かぬ骸と化したモノを掴み、無造作に投げ捨てて、ギシィッ──と悲鳴をあげるベッドから、ゆっくりと腰を上げる。
「おいっ、誰かおらぬかっ」
そう声を上げると、直ぐに扉が開き、「お呼びで御座いますか、大司教様」と、待機していた砦の兵達が、部屋へと入って来た。
「このゴミを、片付けておきなさい」
「「ははあっ!」」
兵士達に運ばれて行く、骸を眺める事。大司教、オーグド・ディムニの楽しみである。
「また新しい獣を、狩らねばなぁ。あの女王の所為で、手に入り辛くなったからねぇ」
獣族奴隷解放宣言。あれ以降、数々の奴隷商達が姿を消し、以前は毎日のように、獣の雌を狩れていたのが、今では裏ルートを使わなければ、狩る事が出来なくなってしまった。
「私が枢機卿、教皇になった暁には……忌々しい女王を消して、獣を狩っていたあの頃のように、楽しい世にしてやれるねぇ」
あの光の柱が落ちたラクレル村を、神降りた地として教会が掌握し、村民を蹂躙したとされる男を、魔王として消し去る。
「その功績によって、私は更に、教会内での立場を、より強固なモノと、する事が出来る。そうなれば……ふひひっ」
「ディムニ大司教……獣で遊びすぎて、ボロを出さないでくれたまえよ」
夢に浸っていたら、扉の先から見知った顔が、ゆっくりと部屋に入って来た。
「君か……大丈夫だよ。教皇や枢機卿が、この王都に居ない今、私に楯突こうとする者なんて、居ないのだからね」
「あの小娘、女王に気取られぬなと、申しておるのだ。騎士団が動けば、教会の大司教とて、ただでは済まぬのだぞ」
「分かっているよ。だからこそ、私の私兵を使わずに、ザルブ君を使ったのだからね」
あの者は、権力に弱い。自分より下の者は蹴落として、上の者には媚びへつらう。とても使い勝手の良い、駒だと思う。
「ざるぶ? 何者かは知らぬが、その者に何をさせておるのだ? 魔王の暗殺かね?」
「似たような事だよ。邪魔な聖女共々、貧民街もついでに燃やすよう、命じただけさ」
「はっ? 待てっ、ディムニ大司教……貴様っ、この王都を燃やす気なのかっ!?」
この男は、何をそんなに驚いているのか。王都を燃やすなぞ、一言も言っておらぬのに。もしかして貴族街の事を、心配しているのか。
「孤児院のある貧民街ならば、貴族街から離れておるし、問題ないだろう?」
「そっ、そうではないわっ! 王国法でなぜ放火が、死罪となっておるのか……っ、大司教ならば知っておろうがっ!」
「安心したまえよ、"トネリオス大臣"。綺麗になった跡地には、各地から集める予定の、教徒達の家を、建てるからさ」
「ぐっ、ディムニ大司教……貴様まさか、この国を乗っ取るおつもりかっ」
大臣とあろう者が、取り乱すとはねぇ。そもそも、あの忌まわしき女王が居なければ、前王がご存命であったならば、こうも窮屈な思いをするなんて事は、なかったのだ。
「私はね、奴隷制度を、復活させたいんだ。獣は奴隷のまま、使われるだけの存在でなければ、楽しくないだろう?」
「それだけの事でっ、火を放つなど……」
「君も随分と、楽しんだではないか? 今更手を引くなどとは、申すまいなぁ……トネリオス・ドーズ大臣?」
このトネリオス大臣にも、今まで美味しい思いをさせたのだ。今になって手を引いても、女王にバレてしまえば、一巻の終わりであろう。
だからこそ、裏切れない。
だからこそ、逃げる事が出来ない。
「ディムニ大司教っ……万が一、国の危機となるような事態になれば、暗部が出てくるやも、知れぬのですぞっ……」
「暗部……噂の類であろう? もしその様な者達がおれば、前王が女王に殺される前に、止められておるであろう。所詮は噂よ」
「ただの噂ならば、ここまで言わぬわっ! 私が大臣となって五年っ……毎日毎日、誰かの視線を感じるのだっ!」
この大臣、出会った時は、野心に満ち溢れた男であったのに、今ではすっかり、小心者になってしまったね。
「気にし過ぎだね。あの女王に振り回されて、君は少しだけ、疲れているんだよ。別の部屋に、君好みの獣の雌を置いているから、遊んで行くと良いさ」
「っ……生娘であろうなっ」
「勿論だよ。手に入れるのに、苦労したんだ」
私がそう伝えると、トネリオス大臣は口から涎を垂らし、足早に部屋から出て行った。
欲望に忠実なのは、変わっていないね。
「さて……今頃ザルブ君は、ちゃんとやれているかな? しくじっていたら……その時は処分しないとねぇ」
ゆっくりと法衣を着て、夜の祈りの時間に向けての、準備を行う。美の女神である、美しきアルテラ神像に祈るのも、大司教の責務であり、全てを発散し、心穏やかな今だからこそ、真摯に祈る事が出来るのだ。
「祈りが済んだら、また発散しないとだねぇ」
重たい体を動かして、部屋を出──ようとしたとき、不気味な視線を背後に感じ、サッと振り向いて確認した。
「……」
赤いシミだらけの、鎖付きのベッド。錆び付いた金具に、変色した鉄杭。そして──飲み水が入った樽。それ以外には何もなく、誰かが居る訳がない。
「気の所為……だよね」
トネリオス大臣の言葉が、一瞬頭をよぎったが、そんな訳ないなと頭を振り、ゆっくりと大聖堂に向かって行った。




