17話 愚かな男の歩む道
2026/06/28 改稿
大司教様に、命じられた。貧民街に居るであろう、魔王、聖女共々、"燃やしてしまえ"という、身の毛がよだつあの言葉。
人を蹴落とし罠に嵌め、部下を見殺しにした、私であろうとも、火を放つ行為だけは、殺戮者にだけは、なりたくなかった。
考えた。悩んだ。どうすれば良いのか。どうすれば、火を放たずに済むのかと、疲れた体に鞭打って、夜通し策を練ったのだ。
思い至った結論は──高位冒険者を雇い、直接魔王に差し向けて、その首をとれば良い。簡単な事ではないかと、そう思った。
日が昇り、直ぐに冒険者ギルドへと出向き、「魔王を誅する為に、高位冒険者を雇いたい」と説明したにも関わらず、断られた。
「その様な妄言で、御依頼を受ける訳には参りません。しかもこの御依頼、我々ギルドに犯罪の片棒を担げと? 丁重にお断り致します」
巫山戯るなと思った。
アルテラ教の神官である、このザルブ・ポワードの命令を、冒険者ギルドのギルド嬢如きが、断りおったのだ。
「貴様っ……教会に逆らうとどうなるか、分かっておるのだろうな。こんなギルドなど、いつでも潰せるのだぞ……」
私の慈悲の心を持って、忠告してやった。にも関わらず、ギルド嬢は聞く耳を持たずに、逆に私を脅してきおったのだ。
「今のお言葉は、当ギルドへの干渉と判断致します。教会へ、異議申し立てを行いますので、予めお伝えいたします。では、お帰り下さい」
冒険者ギルドから、出るしかなかった。魔王を消し去る、一番確実な方法であったのに、どうする事も、出来なかった。
「くそぉっ! 冒険者ギルドのあの女……っ、事が終わったら覚えておれよっ!」
だからと言って、ここで立ち止まる訳にはいかない。冒険者ギルドが駄目ならば、裏稼業を生業とする、闇ギルドへ依頼するしかない。
「なぜこの私がっ、……貧民街などに、足を踏み入れねばならぬのだっ」
このジアストール王国、王都アストールの、三分の二を占めるとされる、貧民街の最奥に、その闇ギルドは存在するらしい。あくまでも、貧民街出の教徒に、聞いただけなので、実際にあるかまでは知らぬ。
「確か、案内人を付けなければ、行けぬとの話であったな。貧民街の近くにある、酒場……あそこか。汚らしい場所だ」
酒場に入ると、店主のもとまで行き、何も言わずに銀貨を四枚、銅貨を四枚握らせて、そのまま席に座りジッと待つ。
「ヒヒッ、あんたが依頼人だなぁ。案内してやるからぁ、さっさと行きやすぜぇ……」
顔を布で隠した、得体の知れない者。しかし間違っても、この案内人に名前を尋ねてはならず、それを違えれば、死よりも恐ろしい事が待っていると、教徒は言っていた。
そのまま案内人も共に酒場を出て、ゆっくりとした足取りで、貧民街の中へと入って行く。
「っ……酷い臭いだ」
「こんなのはまだまだ、序の口ですぜぇ。奥に行けば行くほど、腐敗臭がしやすからねぇ」
「チッ……さっさと案内しろっ!」
貧民街は場所によって、その危険度が変わり、闇ギルドがあるとされる場所は、危険度で表すと、中程度らしい。
恐ろしいのは──貧民街で比較的、安全と言われている場所でさえ、道に迷ってしまえは、生きては帰って来れぬ事。貧民街の者共は、自らの縄張りを侵す者に対して、容赦がないからと、案内人は笑いなら言ってきた。生きたまま生皮を剥がれ、臓腑を抜かれ、骨すらも残らない──らしい。
「だからぁ、旦那。生きて帰りたきゃぁ、あっしの後ろからぁ、離れないで下さいねぇ」
「わっ、分かっておるわっ」
そうして、貧民街の奥へ奥へと歩き続けて、一体どれ程の時が、経ったのであろうか。緊張で喉が渇き、足が震えている。
「まっ、まだ着かぬのか──おいっ! どこだ案内人っ……彼奴っ、逃げおったのかあっ!!」
気付いた時には、忽然と案内人が消えていた。周囲を見渡すが、姿が見えず、謀られたのかと思ったその時──巨大な門を発見した。
どうやら、到着していたらしい。
「あの案内人めっ……」
幸いにも、巨大な門の前に、護衛なのか女の姿が見えるので、私が教会の者だと伝えれば、闇ギルドのボスに会うのは、容易いだろう。
そう思い、腰に下げた剣を握り締め、周囲を警戒しながら、門へと歩いて行った。
「そこの者、そこで止まれ。ここより先は、我らの縄張りだ。その場で用件を述べろ」
門の前に立つ女が、この私に命令してきた。教会の者だとも知らずに、なんと愚かなモノだと思うが、今は我慢だ。
「まて女っ……私は、"アルテラ教の神官"、ザルブ・ポワードである。貴様らのボスに、依頼したい事があるのだ」
「アルテラ教だと? ふんっ、今直ぐその場から失せろ、ゴミが。貴様のようなゴミに、ボスが会う訳がないだろう」
「なっ……私がっ、ゴミだと……アルテラ教の神官であるこの私がっ……」
教会の者だと伝えたにも関わらず、門の女は太々しい態度をとり、あまつさえ私を、この神官である私を、愚弄してきた。
「一つ尋ねよう……紹介状は持っているのか?」
「しょっ、そんな物が必要などとは、聞いておらぬぞっ! 良いからボスに合わせろっ!」
「……そうか、本当にただのゴミか」
女は、小馬鹿にした様な目をザルブに向け、腰にぶら下げているナイフの柄に、スッ──と手を添えながら、私を睨んできた。
「紹介状も持たず、礼を欠くゴミに、ボスと会う資格なぞない。この場で死にたくなければ、今直ぐ立ち去れ……」
「またゴミと────」
私は、腰の剣を抜き放ち、女へと向けた。こう何度も侮辱され、我慢の限界を超えたのだ。
「ふっふふっ、巫山戯るなっ! わざわざこの私が出向いたのだぞっ! さっさとボスの所まで案内しろっ! 貧民街の"家畜"がぁっ!」
「ここで剣を抜いて、五体満足で帰れるとは、思わぬ事だ。殺しはしないが、手足の一、二本は、覚悟してもらおう」
「どっ、どこまでも馬鹿にしおってえっ!!」
私は、剣を持つ手を震えさせながら、女を斬り殺そうと、前へ出ようとするが──恐怖を感じているのだろうか、足が動かない。
門の前に立つ女の──殺気。
私はなぜ、気付くことが出来なかったのか。闇ギルドの門を守る者も、闇ギルドの一人であり、敵対してはならぬ存在で、ある事に。
「先ずは、右腕だ」
女の姿が──消えた。そう思った瞬間、『なにしちょるんじゃぁ、入口でぇ。邪魔じゃのぅ』と誰かの声が聞こえ、気付いた時には──女の持つナイフが、私の肩ギリギリの位置で、止まっていたのだ。
「っ──ひっ!?」
「ボス、お帰りなさいませ。少しだけ、お待ち下さい。このゴミを直ぐ、処分致しますので」
ボスと呼ばれた──その男。
私と同じく髪はなく、深い皺に鋭い目付き。ジアストールではあまり見ない、独特な衣装に身を包み、腰には東の地にあるという、刀という武器を携え、ゆっくりと、歩いて来る。
「儂は止めいと、言うとるんじゃ。レネアおめぇ……儂の言う事がぁ、聞けんのか?」
「っ────」
「もっ、申し訳御座いませんっ、ボスっ!!」
先程の、この女の殺気よりも、遥かに濃厚な、息すらも出来なくなる程の、圧。今一歩でも動けば、私は間違いなく──死ぬ。
「まあ、なんじゃぁ。儂は今、とても気分が良いけんのぉ。そこの神官さんやぁ。話だけでもぉ、聞いちゃるけん、中に入れやぁ」
忽然と──殺気が消えた。私は深く、深く息を吸って、なんとか肺に空気を送る。
「かひゅっ、ふぅぅぅっ、かはっ……」
「ボス。このような者に、宜しいのですか」
「構わんわぁ。依頼を受けるかどうかは、内容を聞いてからのぉ、話じゃけんのぉ」
息を整え、ボスと呼ばれた者の後を追う。巨大な門が、ギギギッ──と錆びた音発しながら開き、ゆっくりとその先へ、足を踏み入れた。
「ここが……っ、闇ギルドか」
ゴクリッと唾を飲み込み、ボスと呼ばれた者の後に付き、そのまま石造りの屋敷へと、入って行くと──突然の圧に、喉の奥から「カヒュッ」と、変な声が出てしまった。
「お前らのぅ、こん男は儂の客じゃけぇ、要らん"殺気"を飛ばすなやぁ」
至る所から、感じる視線。圧は消えが、それとはまた別の──魔物が獲物を観察するかのような、そんな視線を感じる。
息が上手く吸えない。
心臓の鼓動だけが、煩く耳に響いてくる。
「まったく。馬鹿共がぁ、すまんのぅ……えっとぉ、ザルブさんじゃったかぁ」
「いやっ……うむっ……」
このような所で、声が出せる訳がない。
そのまま、奥へ奥へと進んで行くと、東の地のみで流通している、"畳"といわれるモノが、敷かれている部屋へと通され、「ほれぇ、座布団じゃけぇ、これに座りんしゃい」と、よく分からない物に座らされた。
「カカッ、言うのを忘れとったなぁ。すまんがぁ、靴を脱いでくれんかのぅ。畳が汚れるけぇ、面倒じゃろうとは思うがぁ……のぉ」
「っ、分かった……」
急ぎ靴を脱ぎ、畳に靴底が付かないよう、横にして置く。でなければ、目の前に座った男に何をされるか、分かったものではない。
「そんじゃあ改めて……儂がここの、長をやっちょる、"ヤナギ"と言うもんじゃぁ。外におる若いモンが、失礼したのぉ」
口元は笑っているが、目は笑っていない。下手な事を言えば、私はどうなるのかなぞ、想像出来ない訳がない。
「かっ、構わぬ。私は、アルテラ教の神官であるっ、ザルブ・ポワードである」
「でぇ、ザルブさん。今日は一体、何の用かのぉ。神官さんがぁ、わざわざこん所まで来てぇ……儂らぁ、金さえ積めばぁ、なんでもするけぇのぅ。話聞いちゃるでぇ」
「っ、話が早くて助かる。闇ギルドに、依頼したい事があるのだ。それは────」
出来うる限りの事を話した。
大司教様の事を、口に出してはならないが、ラクレル村での出来事や、そこから避難して来た者達の話を、嘘を混ぜ、より残酷な出来事だったかの様に、説明した。
「以上だ……貴様達に依頼したいのは、魔王と称される者の抹殺。邪魔する者、擁護する者がおれば、その者らも殺して欲しいっ」
あの魔王の側には、獣族の子供、聖女リティナに、その護衛の者。そして私を捕まえた、あの大男がおる。出来るならば、その全てを秘密裏に抹殺し、邪魔な者を一掃したい。
「これがその、魔王の似顔絵だ。ラクレル村から避難した者からの証言で、冒険者ギルドで描かれたモノだが……」
似顔絵を、ヤナギの前に置くと、ヤナギはそれをジッと見つめて、「なるほどのぅ」と、なにかを納得したかのように、頷いた。
「こん男が……魔王のぉ。ザルブさん。そん魔王と、獣族の子供がぁ、一緒に居たんは、間違いないんじゃなぁ?」
「間違いない。あの獣族の小娘っ、私の大切なネックレスと腕輪をっ、盗みおったのだっ!」
「そうかぁ……獣族の小娘のぅ」
ヤナギは似顔絵を手に取り、ヒラヒラとさせて、何かを考えているようだ。
「のぉ、ザルブさん」
「何だ……」
「すまんがぁこん依頼は、受けられへんなぁ。儂の矜持にぃ、反するけぇのぉ」
「……はっ?」
目の前にいるこの男は、今、何を言ったのだろうかと、頭の中が真っ白になり、開いた口が塞がらない。
裏稼業を生業とする、組織の長が、金さえ積めば何でもするとされる、闇ギルドのボスが、私の依頼を断っただと?
「なっ、なぜ断るのだっ!」
意味が分からない、理解できない。
「報酬なら言い値で支払う! 欲しい物が有ればっ、何でも差し出そう!」
ヤナギはジッと、私をみている。
「頼むっ! 私には後がないのだっ!」
このままでは、私は魔王を、聖女を殺す為に、貧民街に火を──放たねばならなくなる。
神官の立場も、危うくなってしまうのだ。
「儂の"矜持"にぃ、反する言うたやろぅ」
「きょっ矜持がなんだと言うのだっ!」
「ザルブさん。このぉスラムにもなぁ、決まり事っちゅーもんがあってなぁ」
「なっ、スラムに……っ、決まり事だと」
そんな話は、聞いた事がない。
闇ギルドの情報を聞いた、あの教徒からは、そんな話なぞ、一つも出てこなかった。
「一つ、孤児院の院長センセには逆らうな。二つ、"子供"にゃあ手ぇ出すな。まぁコレは、犯罪者を覗きってぇ注釈がつくけぇのぉ」
「っ、馬鹿なっ、貴様等は無法者だろっ……」
「そして最後の三つ目……自分の直感を信じろ。是等を守れんかったら、このスラムじゃぁ、生きて行く事は、出来へんからのぅ」
このヤナギが、私の依頼を断る理由。
魔王を狙うという事は、その側にくっ付いている、獣族の子供も含めて、相手をするという事になり、二つ目の決まり事に反する。が、最後の理由があまりにも、ふざけている。
「直感だと……まさか貴様っ、この王都で魔王を見たのかっ! 闇ギルドの長とあろう者がっ、魔王に恐れをなしたのかっ!」
「カカッ……話は以上じゃのぉ。おお誰か。客人のお帰りじゃけぇ、正面まで案内しちゃれ」
「待てっ! まだ話が終わっておらんっ!」
「なぁ、ザルブさん。爺からの忠告じゃぁ。そん魔王に手ぇ出したらぁ、間違いなく、あんたら皆んなぁ、終わるでぇのぉ」
ヤナギのその言葉を最後に、知らぬ間に背後に居た者に首を掴まれ、そのまま闇ギルドから──追い出された。
「ふっ、巫山戯るなぁっ! 何が闇ギルドだ! 獣の餓鬼を殺すのにっ、何を躊躇うっ! 魔王がそんなに恐ろしいかっ!」
門に向かい喚き散らし、崩れかけの家屋に剣を振り、石を蹴り飛ばし、地に膝を付け──拳を握り締める。
「ぐぅぅぅっ、こうなればっ」
冒険者ギルド、闇ギルドと、自らが手を汚さずに済む手段は、絶たれてしまった。
残る手段は、ただ一つ。魔王が居るとされる、孤児院に火を放ち、魔王、聖女諸共、貧民街を焼き払う。
「くそぉっ!! くそくそくそくそがああああああああああ──っ!! もうどでも良いわっ! 魔王なぞこの手でっ、始末してやるっ!!」
幸いにも、今居る場所は貧民街。闇ギルドに頼らずとも、無法者達は山ほど居るのだ。
質は多少落ちてしまうが、数は居る。それに──ラクレル村から避難して来た、魔王を恨んでいる者達も、少なからず居る筈だ。
「こんな所でっ、終わってたまるかっ!」
私は直ぐに、貧民街の奥へと進んだ。闇ギルドにすら所属出来ない、ただの使い捨ての駒を、集める為に。そしてその夜──金で集めた者共を使い、孤児院を襲撃した。
『そん魔王に手ぇ出したらぁ、間違いなく、あんたら皆んなぁ、終わるでぇのぉ』
ヤナギの忠告が──頭から離れない。それでも私は、やるしかなかったのだ。




