16話 王都アストール観光.2
2026/06/28 改稿
「ヤ◯ザ顔のおっちゃん……マジで怖かったぁ」
ミルンはアレだ、怖い物知らず過ぎる。
「すんすんっ、何か臭いのっ」
「今度は何を言い出してんの? 日雇い的な場所なんだから、仕方ないだろうに」
「お父さんの、左から臭う……」
ミルンの純粋な口撃に、左に座っていた人が、『えっ、僕臭い?』みたいな顔をして、そっと席を立ち、項垂れたまま離れて行った。
「……ミルンさんや。順番が来るまでは、お口にチャックをしていなさいっ」
「ちゃっくって、なあに?」
それは知らないのか。確かに、今着てる服とか、チャックじゃなくてボタン止めだし、知らないのも当然か。
「お口をこんな風に、んーって、する事だよ」
「お口を閉じる? んーっ!」
「何このミルン……可愛いっ」
お口をんーってしている、ミルンの可愛いさといったら、もうこれだけで、この待ち時間の疲れが吹き飛んでいくぞ。
「八十九番の方、どうぞーっ」
ギルド嬢が呼んだその時、ミルンがお口を「んーっ!」とさせながら、いそいそと動きだし、そのまま受付へと、向かって行った。
「ミルンさんや……置いて行かないで?」
どうやら番号が、呼ばれたようだ。ミルンがずっと、番号札を持っていたから、何番なのか知らなかったよ。
「ふぅ、行くか」
席から立ち上がり、ギルド嬢の居る受付へと向かって、ミルンの隣に腰を下ろす。さっきクレーマーを対処していた、物凄く格好良い、ギルド嬢の席だな。
「冒険者ギルド、アストール本部へようこそ。本日はどのような、御用件でしょうか」
ザッ、定型文。この最初の一言だけで、この人が仕事に忠実なのが、見てとれるな。元社畜からしたら、親近感が湧くぞ。
「魔石の買取りと、宝飾品の買取りを、お願いしたいんだけど……大丈夫かな?」
「御安心下さい。当ギルドでは、魔石だけでなく、宝飾品や、アイテム等の買取も、行っておりますよ」
「そりゃあ、有り難いわ」
皮袋から魔石を取り出し、テーブルの上にゴトッ──と置いて、ミルンは付けていた宝飾品を外し、魔石の隣に置いた。
「ハイオークの魔石一つに、ネックレスと腕輪。この三点を、買い取って欲しい」
「これは……はっ、拝見致します」
どうしてだろう。目の前にいるギルド嬢が、テーブルの上に並べた物を、まるで割れ物を扱うかのような手付きで、触り始めた。
更には、オラクルを付け、目を血走らせながら魔石、ネックレス、腕輪と、順番に見ており、ちょっと顔が怖いんです。
「呪詛返しのネックレスと、防護の腕輪っ……本当にこれらを、手放されるのですか?」
「呪詛返し? 防護の腕輪って……何?」
「何とはっ──効果付きの装具ですよっ! 持ち込んだ本人がっ、何故知らないのですかっ!」
恐らくだけど、空間収納に入れたのなら、その二つの宝飾品の名前が、分かったんだろうけど、ミルンがずっと付けてたしなぁ。
「その二つは、俺の物じゃなくて、このミルンの物だからな? 知らないのですかって、言われても……困るんだけど」
「お幾らになりますかっ」
「っ……失礼致しました」
正確には、俺を襲って来た、教会関係者の装備を、ミルンが剥ぎ取った物なんだけど──この感じだと、貴重品のようだな。となると、ここからが正念場か。
「なあミルン。このネックレスと腕輪って、お高い品らしいけど……本当に売る気なのか?」
「買取り額次第なのっ。しょうもない額だったら、"違うギルドで"売り払うの」
「くっ……わざと、私の目の前で……」
ミルンは本当に、頭が良い。俺の意図を理解して、上手く合わせてきたな。王都に来たばかりの俺達が、冒険者ギルド以外のギルドなんて、知っている訳がない。
「コホンッ……大変失礼ですが、冒険者登録はお済みでしょうか。登録をされておられない場合、買取価格が、下がってしまいますが」
「へぇ……どれくらい下がるんだ?」
「相場の一割減となります」
「一割ねぇ……」
一割と言われても、物の相場なんて知らないし、高いのか安いのかすら分からない。だからこそ、過剰な反応はしない。社畜時代に培った、ちょっとした特技だな。
「それと、ハイオークの魔石は、直ぐに買取りは出来ますが、この二点に関してだけは、ギルド長に許可を頂いての、査定となります」
「だってさ、ミルン。どうする?」
「"査定は"するのっ」
「という事だ。査定をお願いするよ」
「……承りました。少々、お待ち下さいませ」
そう言ってギルド嬢は席を立ち、そのまま奥にある部屋へと、入って行った。
「ふぅ……流石ミルン、言い方が上手いな」
「むふふっ、お父さんの考えてる事なんて、お見通しなのっ。焦らしに焦らして、出来るだけ高く売り付けるの」
「その通りだ。言われるがままに、買取りされるなんてのは、論外だからな」
ただ買取りをして貰うのは、楽な話なんだけど、そこはそれ、元社畜としての矜持というか、商談に手は抜けない性なんです。
「お父さんは、冒険者にならないの?」
唐突にミルンが、変な事を聞いてきた。
このギルドに足を踏み入れる前なら、冒険者になるのも、良いかもなぁって思ってたけど、あの俯く冒険者達を、見たからね。
「絶対にならないぞ」
「なんで?」
「なんでって……あの冒険者達を見なさいな。死んだ目をしながら、待合席に座ってるだろ」
「お父さんと、同じ目なの」
これでも少しは、マシになったんだ。ミルンと出逢って、もふもふに癒されてますから。
「……社畜には、戻りたくないからなぁ」
「遠い目をしてるっ。尻尾触る?」
「お言葉に甘えて……安らぐなぁ」
隣に座る、ミルンのもふ尻尾を撫でつつ、ボーッとしていると、奥の部屋から──さっきのギルド嬢と、知らないおっさんが歩いて来た。
「大変お待たせ致しました」
「ああ……えっと、その人誰?」
右眼に眼帯をした、白髪髭面のおっさんで、村長並みの身長に、服ごしでも分かる、引き締まった体──どこぞの傭兵にしか見えない。
「ほぅ……本当に、"似顔絵"そっくりな奴だな。俺はこの、冒険者ギルドのギルド長をしている、ゴッズ・ノバリだ」
「……似顔絵?」
「ああ。ラクレル村を蹂躙した魔王ってのは、お前さんの事だろ? 北門での騒動の時にも、似顔絵の奴が居たって話を、聞いたもんでな」
俺の似顔絵がっ、出回ってるとかあっ! 魔王云々の噂だけでなく、そんなモンまで出回ってたら、のんびり観光出来ないじゃんっ!
「人違いだろ……俺が魔王に見えるか?」
「お父さんは、魔王じゃないのっ」
隣に座るミルンも、擁護してくれている。
「お父さんは、ただの無職なのっ!」
「うん、ミルンさんや……フォローになってないよ? 俺の心を砕く気満々かな?」
こうして、ミルンとのやり取りを見せれば、上手く誤魔化せるとは、思うんだけど。
「安心しろ。冒険者ギルドとしては、指名手配にもなっておらん奴を、捕まえる気はないし、深く詮索する気もない」
「……」
「ただ、査定額を伝えるついでに、顔を見ておこうと思ってな。村一つを蹂躙し、北門で兵を怯えさせた、魔王の顔をな……」
おっさんに見詰められても、嬉しくもないけど、良い話を聞けたな。どうやら俺は、指名手配となっていないようだ。あの女王が、何か手を回したのだろうか。
「早く査定額をっ、教えて下さいな!」
流石ミルンさん。この変な空気感の中でも、平然としながら、ゴッズに詰め寄ってるよ。
「……そうだな。魔王の顔は見れたし、俺も暇じゃないから、さっさと終わらせるか。ネリアニス、額を伝えてやれ」
「畏まりました」
ネリアニスと呼ばれた、ギルド嬢の提示した金額は──魔石、ネックレス、腕輪の合計で言うと、金貨二百二十枚。
ハイオークの魔石、金貨二十枚。
呪詛返しのネックレス、金貨百枚。
防護の腕輪、金貨百枚。
「以上が、当ギルド長が査定をした、結果となります。いかがでしょうか?」
いかがでしょうか? と言われても、妥当な買取り額がどうかなんて、分かる訳がない。だからこそ──ここからが勝負だ。
「買取り額が、安過ぎるな。どう査定したのかは知らんけど、俺らを舐めすぎだろ? ミルン。違うギルドへ、売りに行こうか」
「がってんなのっ」
「おいっ、ちょっと待て!」
ゴッズの呼びかけに、椅子から立とうとした動きを止めて、ジッとゴッズの顔を見詰めると、その目が泳いでおり、これで確定した。
一、この王都には、違うギルドが存在する。
二、ハイオークの魔石以上に、呪詛返しのネックレス、防護の腕輪が、貴重な物である事。
三、ゴッズがぼったくろうとした事。
「チッ……ハイオークの魔石で、金貨二十一枚。ネックレスと腕輪を合わせて、金貨二百二十枚。合計、金貨二百四十一枚……っ、これでどうだ。これなら、文句はないだろ」
ネリアニスさんではなく、ギルド長のゴッズ自らが、買取り額を上乗せしてきた。が、ネリアニスさんの目を見ると、フッ──と視線を外されたので、そういう事なのだろう。
「ミルン。どうやら冒険者ギルドとは、縁がなかったようだな。もう行こうか?」
「ふざけた価格なのっ」
「なっ!? 待て待てっ……ちょっと待てっ!」
また引き留めてきやがった。正直こう何回も、ぼろうとされると、信用出来ないというか、売る気が失せてきた。
「……それで御座いましたら、ハイオークの魔石が、金貨二十五枚。ネックレスと腕輪で、金貨三百枚。合計、金貨三百二十五枚で、いかがでしょうか?」
「んっ?」
唐突にギルド嬢が口を開き、ギルド長のゴッズよりも遥かに高い額を、提示してきた。ただのギルド嬢では、ないのだろうか。
「ネリアニスっ、何を勝手に言ってるんだっ!」
「ギルド長が提示された額が、あまりにも低いかと思いましたので……副ギルド長の権限で、適正価格を提示させて頂きました」
「なっ!? ぐぅっ……裏切りおって」
副ギルド長が、普通にギルド嬢として受付をしてるって、何してんのこの人。
「それが妥当な、買取り価格なのか?」
「と言うよりも、多少色を付けております。それで、いかがでしょうか?」
「どうする、ミルン?」
「うんとねーっ……それで良いのっ!」
はい、商談成立致しました。三つの買取り価格の合計が、金貨三百二十五枚っ! うんうん、三百二十五枚になっちゃったよ。
「なあミルン……聞いて良いかな」
「なあに?」
「金貨三百二十五枚って、安いの? 高いの?」
「……えっ?」
隣に座るミルンの顔が、クワっとなり、テーブル越しに座るギルドの二人も、「はっ?」という顔をして、俺を見てくるんです。
異世界の貨幣価値なんて、知らんて。




