12話 暗がりの楽園.4
2026/06/28 改稿
「どっこいせ……ふぅ……疲れた」
影さんに案内された部屋で、硬めのソファに座り、ミルンを膝の上に座らせてすぐ、疲れが一気に押し寄せて来た。
「『空間収納』から、茶葉と水を出してっと……ミルンも飲むか? ヌルいお茶だけど」
「頂きますっ」
「はいよ、ちょっと待ってねぇ」
ティーポットに茶葉を入れ、水を注いだら、軽く掻き回して、少しだけ放置する。
「魔石で火が点くのなら、コンロ的な物は、売ってるのかねぇ。あったら便利なんだけど」
「こんろ?」
「そうそう。ボタン一つで、簡単着火出来る、便利な物なんだけど」
木製のカップにお茶を淹れ、試しに飲んでみると、思った通りだ。熱湯じゃないからか、茶葉が水に染み込んでおらず、微妙なお味。
「飲めなくはないけどな。ほい、ミルンの分」
「ずずっ……薄いけど、美味しいよ?」
「そうなんだけどなぁ」
一口二口と茶を啜り、ボーッと考える。
異世界に来て、てんやわんやとあったけど、ここまで気を抜いたのは、久しぶりだ。
いや……時折りだらけてはいたけど、何と言えば良いのか……門での一件が濃過ぎて、感覚がバグってたのかねぇ。
「お父さん、大丈夫?」
「大丈夫だぞーっ。ずずっ、お茶が旨いねぇ」
「お爺ちゃんになってるのっ」
まったり時間は、大事だからなぁ……お爺ちゃんの様な感じになるのも、仕方がない。それに今、このまったり脳状態だからこそ、考えれる事がある。
「異世界に来て、まだ一月も経ってないとか……濃い毎日を、送ってるなぁ、俺」
食料品店を出て、気が付いたら森の中。
巨大オークに追いかけられて、崖こら落っこち、ミルンに拾われて、何やかんやと過ごしていたら、あっという間にここに居ると。
「生活……どうしようかなぁ」
「生活って、何かお仕事するの?」
「そうだぞ。職探しをして……異世界にハロワとかって、あるんだろうか。冒険者?」
「お父さんが……お仕事。すぐ解雇されない?」
やっぱり、ラクレル村にいた時に、感じていた視線は、ミルンで間違いなさそうだ。俺が働こうとして、すぐ解雇されていたのを見てないと、そんな言葉は出てこない。
「……お金かぁ」
日本だと、あと数年はニートが出来る程。お金が有ったのに、ここは異世界無一文。かと言って、ミルンと魔龍の川で暮らすのも、魔物が出そうで勘弁したい。
「あぁ……働きたくない」
「あーっ、働きたくないのっ」
ミルンが俺に被せてきた。
流石ミルンさん。俺の言いたい事を、よく理解しているじゃないか。
「それじゃあ……働いたら?」
「負けなのっ!」
「ミルンさんや、何でこのネタ知ってるの?」
「なんとなくっ!」
そんなやりとりをしていたら、コンコンッ──と扉がノックされ、影さんが入って来た。
「お待たせして、申し訳ございません」
「そんなに待ってないぞ。影さんもお茶飲む?」
「何処でそのお茶を……有り難く頂戴します」
影さんはゆっくりと歩き、反対側のソファに座って、俺が差し出したお茶を一口。そして徐ろに、黒外套のフードを外し──見えなかった、隠していた顔を、露わにした。
「改めまして……初めまして、小々波流さん。そしてミルン様。私は"影"と申します」
「めっちゃ美人っ……マジか」
「お耳が尖ってるのっ。獣族?」
腰まで伸びた、黄金色の髪。凛とした眼差しには、どこか神々しさをも感じ、均整の取れた顔立ちとも相まって、一言で表すならば──人外の美貌。そして、ミルンが言った通り、特徴的な、ピコピコと動く尖った耳。
それは正に、異世界あるあるのど定番。ケモ耳に続いて、二回目となる、異世界との遭遇。
「エルフ……っ、絶世の美女じゃん。ミルンさんや、尻尾をお借りするぞっ」
「良いよ?」
膝の上に座るミルンの尻尾を、モフモフと撫でて、バクバクとなる心臓を、落ち着かせる。そうしなければ、目の前の美女を直視出来ない程、俺は緊張しています。
「モフモフ……良しっ、もう大丈夫だ」
やっぱり、ミルンの尻尾をモフると、落ち着いてくると言うか、気持ち良い。
「ふふっ、その反応を見るのは、とても懐かしく思いますね。"ユカリ"にそっくりです」
俺は──影さんが発した、その一言で、ミルンの尻尾をモフる、その手を止めた。
聞いた事のある名前。
発音からしても、ニュアンスからしても、どう考えても、日本人のような名前。
「……っ、影さん。今、"由香里"って言ったか」
俺の知る、ユカリ、由香里と名を持つ人が、この世界に、この異世界に、いる訳がない。
同名ならば、納得は出来るが。
「"小々波由香里"。流さんと縁のある、御名前だと思うのですが……違いますか?」
「待ってくれ……確かに、確かにっ……俺の良く知る人の名前だ。でもっ、なぜ影さんが、その人の名前を知っているんだ」
小々波由香里──その名前は、その人は、暴漢に襲われ、亡くなった、俺の家族──俺の母さんの名前だ。
「影さん……どういう事か、説明してくれ。あんたは何故、その名を知っている」
亡くなった母さんが、この異世界に居た? 俺はこの目で、父さんと母さんの亡骸を見たし、この手で埋葬したんだぞ。
「っ……」
体が──震える。
あの時の、二人の亡骸を思い出すだけで、沸々と、怒り、悲しみ、絶望──何も出来なかった、あの時の記憶が、呼び起こされる。
「お父さん?」
「大丈夫っ……大丈夫だぞ、ミルン」
ミルンが、心配そうな顔を向けてくる。
落ち着け──俺。子供に、この子に、俺のこの感情を、見せる訳にはいかない。
「ふぅ……。影さん、教えてくれ」
「それも含めて、私が知り得る限りの情報を、お伝え致します。代わりにどうか、私共にお力添えを、お願いしたく……」
「俺に……力添えをしろと?」
駄目だっ、頭が混乱してきた。急に母さんの名前が出たと思ったら、力添え? 自慢じゃないが、俺には何も出来ないぞ。
「ええっと、その、何だ……言っちゃあなんだが、俺は何も出来ないぞ? 無一文の根差し草で、金なんて持ってないし……」
「お父さんは、貧乏なのっ」
「貧……間違いじゃないのが……辛いっ」
ミルンが尻尾をピンッとしながら、的確に心を抉ってくるよ。貧乏なのは、間違いじゃないけどさ、ストレートに言わないでっ。
「金銭の援助を、求めている訳では、御座いません。私が求めるのは、この王都で噂となっている、貴方の悪名──魔王として、力添えを頂きたいのです」
「その噂……過大評価だからな?」
「北門での騒動の情報は、既に得ております。兵を殺気で抑えるなど、常人には不可能。魔王の名に偽り無しと、判断出来ます」
「……過大評価だからなっ!」
あの一件から、さして時間も経ってないのに、情報を得ているって、どこから情報を得たんだよ……意味が分からん。
「噂の魔王が、この孤児院の子供達を、守っていると知られれば、手を出そうとする愚か者共も、減るかと思いますので」
「それだと、俺の悪名が定着して、確実に魔王呼ばわりされるよな。ガチ魔王になれと?」
「御安心を。北門の件は、既に王都中に知れ渡っておりますので、魔王"かも"ではなく、確実に魔王で"ある"と、認識されております」
嫌な事を、聞いてしまった。
この王都は広いのに、情報なんてそう簡単に、出回る訳が──っ、情報を拡散したのは、この影さんしか、考えられない。
どうやったのかは、分からん。しかし、この状況を見るに、それ以外に考えられない。
「そして願わくば、神の御使・"リシュエル"を滅せ──とまでは言いません。が、もしも発見したのなら、全力でその顔面を、一発でも良いので、殴り付けて欲しいのです」
「えっと──んんっ?」
頭がいっぱい胸いっぱい。頭上でミルンが尻尾を振り振り、走り回ってひよこと戯れ、そのまま育てて鶏に。そして胃袋にさようなら。
「俺の脳内キャパが、オーバーフローするぞっ」
簡潔に言うと、俺をガチ魔王にして、この孤児院の防波堤にしたい。という事なのだろう。
もう一つは──本気で意味が分からない。
影さんの目を見るに、沸々と、煮えたぎる怒りとでも言うのか、私怨感が半端ない。
「リシュエルねぇ……顔面を全力でって……?」
リシュエルって奴を、知らない筈なのに、何だか妙に、聞き慣れた感がある。
「何処で聞いた……違う、何処かで見たんだ……何処で見た────あっ、ステータスっ!」
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・楽しい経験値
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「お前かこの糞アナウンスっ!!」
ピンポンパンポーン(上がり調)
レベルが上がりませんでした(殴らないで)
ピンポンパンポーン(下がり調)
「はいはいっ、タイミングバッチリだね。絶対見てるよな。おーい、せめてレベルを上げろよなあああああああああ──っ!!」
正に、意味のない、唯のアナウンス。
人の頭の中で煽り文句垂れ流し、苛々させてくる元凶こそが、この影さんの怨みを買っている、リシュエルという御使。
「ふぅぅぅっ……なあ、影さん。リシュエルを殴るのを、お願いしてくるって事はだ……由香里って人と、何か関係があるのか」
孤児院の話は、まだ分かる。しかし、リシュエルを殴るというお願いだけは、話の流れ的にも、関係がない訳がない。
「それをお話する前に……流さん。貴方は御使から、呪……いえ、"祝福"を受けてますね」
「呪いって言おうとした? いや、ある意味呪いみたいなモノだろうけど……分かるのか?」
「私には、見えておりますので。視認した者の、名前、スキル、称号の表側を見る、『魔眼』の一種に御座います」
美人エルフに魔眼持ちで、俺の情報拡散させたりと、この影さん……本当に何者なんだ。




