13話 守り抜いた者.1
2026/06/28 改稿
リシュエルという御使の話と、小々波由香里という、亡くなった俺の母さんと同名同性の人が、一体どう関係しているのか。
「魔王としての噂を使って、孤児院のケモ耳っ子達を、保護するって言うのは理解した。でも、もう一つの頼み事である、"リシュエルを殴れ"っていうのは、何故なんだ……」
「そうですね。それをお話する前に……ミルン様。貴女様の、お父様とお母様の名前を、お教え願いませんでしょうか」
「パパとママのお名前?」
どうしてなのか、影さんは唐突に、ミルンの父親と母親の名前を、聞いてきた。何故今、それをこの場で聞いてくるのか。
「おい、影さん……どういう事だ」
「ミルンのパパは、ゼスって言うの。ママはね、"ユカリ"って言うんだよ。さっきから、ママのお話してるの?」
「……はっ?」
膝の上に座るミルンが、不思議そうな顔で、俺を見上げてくるのだが、ミルンが今口にした名前──ユカリという名前を聞いて、俺は影さんの顔を見た。
「ゼスとは、以前私が支えていた、このジアストール王国の元王太子、ゼイルノース・ゲイ・ジアストール殿下の、冒険者名に御座います」
「おい……どういう事だ……」
「ユカリとは、十年前に出逢った、"獣族の奴隷"であり、殿下が惚れ込んだ、異世界からの"転生者"である、小々波由香里」
異世界からの転生者──俺の父さんと母さんが死んだのは、俺がこの異世界に来る、ほんの数年前の話だ。どう考えても、歳が合わないし、そんな事はあり得ない。
「由香里のステータスには、称号が付いておりました。"リシュエルの悪戯"という、貴方と似ても似つかぬ称号が……」
「おいっ、それじゃあ……いやいや、まさかっ」
俺は──ミルンの顔を見た。
ふわっとした茶髪に、可愛らしいくりくりとした、金色の目は、俺の知る母さんの面影など、微塵も感じない。
でも、ミルンと初めて出逢った時に、疑問に感じた事、思った事があった。初対面なのに、何故か話し易く、楽しかった。
「私もまさか、あのお二方の子が、貴方と共に行動されているとは……正直驚きました」
「っ……俺は頭が混乱するわっ!」
「お耳がキーンってするのっ、おっきな声はやめて下さいなっ!」
「っと、すまんミルン……」
冷静になって、考えろ。
死んだ母さんが、転生したっていうのは、俺の居た地球と、この異世界とじゃあ、そもそも時間軸が違うと考えれば、辻褄は合う。
問題はそこじゃない。
「ミルン様。不躾な質問で、申し訳ないのですが、ゼイルノース殿下と、ユカリは……まだご存命で、おられますでしょうか」
そう、問題は──影さんが口にした、"リシュエルの悪戯"という、どこからどう聞いても悪意しか感じない、糞みたいな称号。
「パパと、ママは……亡くなってるのっ」
「おい影さんっ、それ以上は聞くな」
「お父さん、良いの。パパとママは居ないけど、今はお父さんが居るから、大丈夫っ」
ミルンがたった一人で、魔物蔓延る魔龍の川で暮らしていた、元凶かも知れない称号。
「矢張り……お二方は、亡くなられていたのですね。二年程前まで、ラクレル村に居た所までは、追えたのですが……」
その二年という期間は、ミルンが一人で過ごしていた年月と被る。という事は、この影さんは、二人を探していたのか。
「なあ影さん。魔龍の川って、知ってるか?」
「はい、存じております。魔龍が眠る地であり、大量の魔物の巣っ……まさかミルン様は、そこにおられたのですかっ!?」
「ああ。俺はそこで、ミルンに助けられたんだけど、二年も一人で、暮らしてたそうだぞ」
「なっ……くっ、魔龍の川付近までは、調べておりませんでしたね……私とした事がっ」
さっきまで冷静な顔だった影さんが、歯を食い縛り、握る手から血が出る程に、動揺を隠せていない。それ程までに、危険な場所。
「取り乱してしまい……申し訳御座いません。由香里とは一年程、同じ場所で暮らしておりましたので……」
「そういやさっき、ゆか……ミルンのママの事を、獣族の奴隷って言ってたな」
「はい。彼女、由香里は、奴隷として産まれ、鉱山で働いておりました。その鉱山に、殿下が視察として訪れた際に、一目惚れ致しまして」
ケモ耳に一目惚れするとか、その殿下、ミルンのパパさんが生きていたら、間違いなく俺と、気が合っただろうに。
「んっ? 殿下って事は、この国の王候補だった訳だよな? 奴隷身分の人と、結婚なんて出来ないだろ。一体どうやって……」
「前王を誅し、当時のルルシアヌ第三王女に、全てを託して、殿下は由香里と共に、行方をくらませたのです」
「誅しって……殺したのかよっ! 怖ぇ……」
第三王女って、門に居たあの女王だよな。十年前から女王って、何歳の頃の話だよ。それに前王って事は……父親殺しとかっ。
「話が重過ぎる……ミルン、ワンモア尻尾」
「ふりふりしてあげますっ」
このミルンが居なければ、今頃、俺の心は疲弊して、発狂するぐらいには、疲れている。
「話を戻しますが……私は、由香里に会えて、楽しかった。幸せを感じた。だからこそ、彼女の運命に干渉した者……御使であるリシュエルを、許せないのです」
恐らくは、母さんが転生した事に、リシュエルとやらが、絡んでいるのだろう。そして、俺が異世界に来た事にも、絡んでいる。
母さんの称号、リシュエルの悪戯。
悪戯で済むレベルを超えた、悪意。
「……リシュエルねぇ」
あの時、ミルンが死にそうな目に遭った時に、助けてくれたのには、恐らくだが、リシュエルに違いない。俺をストーキングするかのように、アナウンスで煽ってきているから、間違いはないだろう。
「人で……遊んでやがるのか」
「可能性はあるかと。私も長生きをしておりますが……一度しか、その存在を、見た事がありませんので」
「一度はあるのかよ。影さんって何歳なの?」
「ご想像に、お任せ致します」
普通に睨まれました。少しばかり、この重たい空気を変えようと思ったのに、危うく地雷を踏み抜くところだった。
「コホンッ……ミルン様」
「なあに?」
「その……殿下と、由香里は……どのような最後を、迎えられたのでしょうか」
「おいっ、影さんあんた……聞いて良い事と悪い事の、区別も付かねえのかっ。潰すぞっ……」
一瞬にして怒りが湧き起こり、北門で発した以上の圧を、目の前のエルフに向ける。
子供に聞いて良い事じゃない。
俺は以前、ミルンに聞いた。
パパとママは、ミルンを守って死んだと。
それ以外は聞いていない。
「っ……矢張り、魔王に御座いますねっ。久々に、ここまでの圧を受けました」
「さっきの言葉を、訂正しろ……」
「いえ、訂正致しません。殿下……ゼスと、由香里の最後を知るのは、ミルン様しか居ないのです。酷な話なのは、承知しております。が、何卒、二人の最後をっ……教えて下さいませ」
影さんは、深々と頭を下げ、懇願する。
影さんは、ミルンのママと、友達だった。
王子様の、側近だった。
理由は知らないが、影さんだけが残り、こうしてここで、孤児院の院長をしている。
「良いよ? パパとママの、お友達だもん」
ミルンな笑顔で、そう答えた。
「良いのかミルン……辛くないか?」
「さっきも言ったでしょっ。今はお父さんが居るから、寂しくないのっ」
本当に、心が強い娘だ。
俺なんて、父さんと母さんが死んだ後、ずっと引き籠って、自堕落に過ごしていたのに。
「有り難う、御座います……ミルン様」
「良いのっ。お話長くなるけど、大丈夫?」
「構いません。是非、お話を聞きたく……」
「ふぅ……俺も大丈夫だ。辛くなったら、いつでも撫でてやるから、安心しろ」
ミルンの尻尾がふりふりと、俺のお腹をくすぐり、そしてゆっくりと、話始めた。
ミルンの過去。
二人の最後のお話を。




