9話 真紅の瞳の享楽の女王.5
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コカトリスが、コケェコッコーッと鳴く、暖かな朝日が立ち昇る時間。
「オラァっ! 早朝から聖女が来てんのやぞ! 茶ぁぐらいだせやオラァっ!」
聖女とは一体、何なのであろうか。
そう考えさせられる程に威圧的な、野盗風聖女、リティナ・オルカス。
「またつぶす! たまつぶす! おとうさんにあわせなきゃっ、たまたまつぶす!!」
昨日、まだ若く、将来を夢見る門兵の漢を殺した、肉食系犬人族である、ミルン。
この二人が再度、筋肉ヘラクレスと、猫耳ニアノールを引き連れ、嘆願と言う名の脅しに、門兵詰所にカチコミを駆けていた。
『昨日君達の所為で、一人の若者が治療院送りになった。にも関わらず、悪びれる様子も無くまた来るとは……っ、馬鹿なのか!?』
今日当番は、門兵の中年。
その下半身には、ミルン対策であろう。鉄のプレートを上手く曲げて、履いている。
白く塗れば、ただのオムツと言っても過言では無い姿で、堂々と仁王立ち。
側から見れば、ただの変態である。
「知るかいそんな事! さっさと茶ぁ出してっ、流に合わせんかい!!」
『昨日も言ってたであろう! 上からの返答待ちは変わらぬ!』
その言葉を聞いたミルンが、ニアノールに声をかけ、『はい、どうぞぉ』と渡されたモノを片手に、門兵の中年に迫る。
ニアノールが、ミルンに渡したモノ。
魔物解体用の、鋭利なナイフである。
「あわせなきゃそぐ! あわせなきゃそぐ! あわせなきゃそぎおとす!!」
門兵の中年の股間を見詰める目は、正に獲物を狩る、肉食獣が如き眼差し。
尻尾を逆立て、ナイフをヒュンッと振り、門兵の中年を威嚇する。
「……ミルン君は、殺し屋かね」
ヘラクレスは、ただ見守る事しか出来無い。
何故なら、今のリティナやミルンに近付くと、矛先がこちらに向くからだ。
『っ、次我等に何かしたらっ、あの犯罪者と同じく、貴様達も捕まえるぞ!』
「あんっ? 何やておっさん!!」
「そぐの! いますぐそぎおとすの!!」
『そもそもっ、そんな穢れた獣なぞ連れて来おって! 何かすれば極刑っ、全員死罪にしてやるからな!!』
それを聞いた聖女が、声を止めた。
ミルンは姿勢を低くして、ナイフを構える。
ニアノールはナイフを握り、殺意を放つ。
ヘラクレスの筋肉が、盛り上がった。
門兵の中年、享年三十八歳。
そうなるかと思われた時、馬鹿の声が、どこからともなく響いて来た。
『待てと言われりゃ、全力疾走だ馬鹿共がああああ──っ! はっはっはっ! この桃尻を、捕まえてごらんなさぁいっ!!』
ミルンは即座に、詰所を出て耳を澄まし、城壁の上を走る全裸を見つけて、声を上げた。
「おと──さああああああ──ん!!」
城壁の上を走る全裸へ、届くように。
◇ ◇ ◇
キングマッスルホースに引かれた、豪奢な馬車の中で、ルルシアヌ・ジィル・ジアストールは、『早よっ、早よっ』と、キングマッスルホースを急かしていた。
「陛下……やはり御自ら向かわずとも、詰所へ連絡をし、此方へ来させるようにと、命令すれば宜しかったのでは……」
大臣は、この女王が一切聞いてくれないだろうと、諦めながらも進言する。
「ふむ、大臣の言うことも一理あるのぅ」
「それではっ、今直ぐ城に戻りましょうぞ!」
「じゃが断るっ!!」
「何故で御座いますか!?」
「謁見の間じゃと、堅苦しかろう?」
大臣は頭を押さえ、溜息を吐いた。
「じゃからこそ、この儂自らが出向き、魔王とやらの度肝を抜きたいと、儂は思うのじゃが……良い案とは思わぬか!!」
揺れる馬車の中で、拳を固め意気揚々としている女王の姿を見て、こんなんだから、謁見の間の方が良いのにと思う、大臣であった。
「はぁ……詰所には、私が行きます。ですので陛下は、何卒、何卒、何卒! 馬車の中でお待ち頂くようっ、お願い申し上げます!!」
女王が凄い顔で、大臣を睨み付ける。
大蛇に睨まれたゴブリンとは、こう言う事なのだろうと、大臣は納得した。
それ程に、この女王は怖いのである。
その時、朝日が昇って間も無い、静かな筈のこの時間に、どこからとも無く聞こえて来た、馬鹿の声。
『待てと言われりゃ、全力疾走だ馬鹿共がああああ──っ! はっはっはっ! この桃尻を、捕まえてごらんなさぁいっ!!』
女王は直ぐに、馬車から身を乗り出し、声のした方へ眼を凝らす。
城壁の上で、誰かが走っている?
あれは……変態か!?
「ふっ……ぷふっ。ぷっ、ふは──っはっはっはは──っ! あれは駄目じゃっ、腹がっ、堪えられんわっ!!」
馬車の中で、大臣が女王の笑い声に驚く。
「アレを見よ大臣っ、くくっ。馬鹿が居るのじゃ馬鹿がっっっ! いやっ、アレは変態なのじゃっっっ!!」
「何がで御座いますか陛下!?」
馬車を一旦止めて、女王が見ている先を、目を凝らして見てみる。
「あれは……見てはいけませぬ陛下!!」
其処には、城壁の上で、朝日に照らされた全裸の変態が、門兵達に追われているという……意味の分からない光景が、存在した。




