8話 お前の事は忘れない.1
2026/06/12 改稿!
遮る物が何も無い、何処迄も続く青い空。
遠くから聞こえてくる、魔物の囀り声。
お腹の上で寝そべる、ミルン。
只今、移動式の馬鹿デカい馬車の上部で、のんびりと仰向けに寛ぎながら、王都を目指し旅をしております。懐かしの赤ジャージ姿でね。
「暇だなぁ……」
「仕方無いのぉ……」
結局、聖女の用件とやらは、「ウチらと一緒に、王都まで来てくれへんか」などという、何とも曖昧なお誘いだった。
行こうかどうか悩んだけども、暇だった事と、ミルンと異世界旅行も有りかと思ってしまい、断る理由が見当たらなかった。
それに、費用は全部聖女負担。
お土産代も、聖女負担。
交通費、宿代が不要。
無料で旅行をしながら、異世界を堪能出来るこの機会、逃してしまっては勿体ないだろ。
「無料より安いモノはないってな」
「楽々ぅ……」
あの聖女、何がしたくて、俺を王都に連れて行くのか知らんけど、今はただただ、馬車の旅を楽しみます。
王都に着いたら、用件を話してくれるみたいだし、用件済んだら、自由に買物を楽しむも良し。名所巡りも、制限は無いっていう事だから、少しだけ楽しみだ。
「にしてもこの馬車……走るの速いなぁ」
「お馬さん……お肉っ」
「ミルンさんや。お馬さんを怖がらせたら、駄目だからな。爆走して、危なかっただろ?」
最初は、こんな馬鹿デカいコンテナなんて、重た過ぎて、お馬さん二頭では動かせないだろうと、そう思っていた。
流石異世界馬。たった二頭で、脚取り軽く、パッカラパッカラと苦もなく進んでいる。
マッスルホースって言う、魔物の一種らしいけど、直訳したら筋肉馬。筋肉馬って何?
それにこのマッスルホース、地頭が良過ぎて御者が不要で、一度行った場所であれば、迷う事なく進んでくれるらしい。
俺より知力、高くないよね?
「暖かい日差しだわぁ」
「お馬さんの、お肉っ……じゅるっ」
こうして時折ミルンが、『お肉っ…』と、お馬さん達を見つめる所為で、マジで怖いけどね。
ミルンに喰われまいとする本能なのか、マッスルホースが気合いを入れて走り、体感速度時速六十キロ以上で、砂利道を爆走。
路面なんて、補装されてませんから。
右揺れ左揺れ上下上下と、揺れに揺れまくって、中に居るニアノールさんに怒られます。
「平和だねぇ……」
「んしょっ、お肉を観察……じゅるっ」
「ミルーン。お馬さんが暴れたら、馬車の上から落ちちゃうだろ。それに、またニアノールさんに、怒られちゃうぞーい」
起き上がったミルンは、涎を垂らし、二頭のマッスルホース達から、ジッと目を離さない。
「ブルゥッ! ヒヒィィィィィンッ!」
「ブルゥッブルゥッ!」
お陰で何度も、この巨大な馬車が右に左に上下上下と、揺れに揺れまくって、ニアノールさんから「斬りますよぅ」と脅される始末。
「ミルンはめげないねぇ……落ちないように、しがみ付いておくか」
そして直ぐきた爆走馬車の振動に、「揺れるのおおおおおおっ」とこんな感じで、ミルンは楽しそうにはしゃぐ訳だ。
「っ……ケモ耳のバランス感覚が、羨ましいな」
◇ ◇ ◇
「むぅっ、ようやく収まったのである……」
マッスルホースが暴れる度に、馬車の中に置いてある家財道具が、まるで生きているかの様に飛んでくるので、非常に危険なのである。
足の踏み場もないとは、この事であろう。
「まったくぅ、困った方達ですねぇ」
「ニア、もうええやん。諦めーや」
「せめてぇ、足下は綺麗にしませんとぉ」
こうしてニアノール殿が、忙しなく片付けをしておるが、こう何度も馬車が揺れては、終わる事などないであろう。
この惨状の元凶である、流君とミルン君に、何度も注意をしても、全く改善しないのだ。
「お気に入りのカップもぉ、割れちゃってますねぇ。結構高かったんですけどぉ」
「もうええて。そんなんやるより、ポットは無事やねんから、ウチにお茶淹れてーな」
「うーん……分かりましたぁ」
渋々ニアノール殿は諦め、散乱した棚の上に座し、椅子に胡座をかいて座っている、聖女リティナ様に、お茶を淹れ始めた。
「なんやヘラクレス。偉い静かにしとるな」
「……」
「筋肉が三角座りて、結構おもろいで?」
足の踏み場がないので、仕方なく小さな椅子に脚を折り曲げ、丸まって座るしかないのだ。
正直、付いて来るのではなかった。
少し後悔しているのである。
「なーっ、筋肉のおっさん?」
私は筋肉という名前ではない。
目を閉じて、聞いてないフリだ。
「なーなーっ、マッチョムキムキマン」
私はマッチョムキムキマンではない。
大胸筋をピクピク動かす。
「なーなーなーっ、脳筋変態もっこりマン」
私は脳筋変態もっこりマンではない。
うむ、何も言うまい。
「なーなーなーっ、ヘラクレスのおっさん」
私はヘラクレスのおっさんではない。
いや違う、私はヘラクレスだ。
「何でしょうか……聖女様」
普段の、白い歯を見せる笑顔ではなく、恭しく、失礼のない様に聞き返す。そうせねば、命が危ないのだ。聖女の傍で世話をしている、ニアノール殿の目が、『大声を出したら、斬りますよぅ』と、言っておるのだ。
その様な幻聴が聞こえる程、ニアノール殿の目は、瞳孔が開いており、実際にメイド服から、ナイフが見え隠れしておる。
相当苛々しているのだな。
「なんでアンタまで、付いて来たん?」
「ぬっ……」
「ウチが一緒に来て欲しかったんは、あん魔王のにーちゃんだけやねんで。筋肉達磨は呼んでへんよ? 今からでも帰らへん?」
眉間に手を当て、もみもみと。
この聖女は、子供であるか?
ああ違う、まだ子供であったな。
「申し訳ないのですが、私は帰りませんぞ」
「なんでーや?」
「なぜ流君を、王都に連れ出すのか。その理由を聞かずして、帰る訳にはまいりませぬ」
「ヘラクレスに関係ないやろ?」
「私はラクレル村の、村長なのです。流君に話をするのならば、私も同席致します。何も知らぬままでは、対処が出来ぬのですから」
目に力を込めて、聖女リティナを睨む。が、ニアノール殿が、ナイフをスッと出して来たので、すぐに目を逸らす。
「腕治したったやろ? その御返しにと思って、今からでも帰ってくれてええんよ?」
「対価として、相当な額を納めましたぞ」
「……貰うたかな? あーっ、忘れてたわ」
この聖女……腕一つとはいえ、あの様な大金を受け取っておきながら、『忘れてたわ』の一言で、済ませようとしてくる。
これが聖女か……何故聖女なのだ?
そんな事を考えていたら、馬車が跳ねるかと思う程の揺れが起き、椅子から転げ落ちた。
「ぬぐっ!?」
「うぉっ! またかいなっ!」
「あの方達は……」
ナイフを取り出すニアノール殿。
流君を殺る気満々ではあるが、今までと違い、この揺れと速さは、異常なのであるが。
「違う、これはっ────」
私は散らばる物を押し除けて、前方に取り付けられた物見窓を開け、馬車の前方を見た。
「あの数っ、魔物の群れであるぞっ!!」
「あー魔物? 大丈夫ちゃうん?」
聖女はひっくり返ったまま、その口元にはなぜなのか、自身満々に笑みを浮かべてる。
「聖女様っ、何が大丈夫なのであるかっ!」
「ウチんとこのマッスルホースは、そこいらのマッスルホースと、一味も二味もちゃうわ」
「そうですねぇ」
私はその言葉を聞いて、不味いと思い、出来るだけ転けない様に、壁側にピッタリと体を押し付ける。その数秒後──馬車が飛ばん勢いで、魔物の群れへと突っ込んで行った。




