間話 ルルシアヌ・ジィル・ジアストール.5
2026/06/12 改稿!
ジアストール城最奥に位置する、王の間。
華美な装飾品と、それに合わせる様に作られた、宝石が散りばめられた王座。
その王の間へと、足を踏み入れると──そこは王の間と言うよりも、血の池と言い表した方が、しっくりくるだろう。
「お兄様、お待たせ致しましたわ」
「やあ、待っていたよ、ルシィ……女王としての風格が、出てきたんじゃないか?」
「そうですわね、"覚悟"を決めましたの」
王の間を見渡す。
前国王の側近である、兵士達が、元居た数が分からない程に、細かくなり、あちらこちらに、臓腑が散らばっている。
その中で膝を着く男──前国王、バハス・ゲイ・ジアストールは、ただ静かに頭を垂れ、床をジッと見詰めていた。
「アシュノンお姉様は、行かれたのですか?」
「行ったよ。獣族の反乱を抑えるという名目で、第一騎士団、第二騎士団の長として、東の国境へとね。ラッパを聞いただろう?」
「勿論ですわ。こちらも、お母様達を始末致しましたので。残るはあの、愚王ですわね」
このジアストール王国において、武力を誇るのは、第一騎士団、第二騎士団、第三騎師団の三つであり、第二騎士団は、アシュノンお姉様の信者なので、問題はない。
邪魔だったのは、第一騎士団。
国王直属の騎士団であり、長きに渡って、この首都を守護してきた、剣である。
「予想どおり、アシュノンお姉様が出陣なさるのならばと、第一騎士団を行かせるだなんて。首都の守りが、手薄になりますのに……」
「そうだね。でも、その愚かな行いのお陰で、こうして城が、手薄になった。父上には、暗部は付いていないし……裸の王様かな?」
「裸っ……その例えは、吐気をもよおしますわ。お父様の裸なぞ、見るに堪えませんわ」
剣を片手にゆっくりと、国王だった者へと近付いていくと、その哀れな表情が見えた。
今の状況を飲み込めず、ただ血溜まりに座り込み、「なぜっ……なぜなのだ」と、小さな声でぶつぶつと、疑問を口にしている。
「ご機嫌よう、お父様。ルルシアヌですわ。私の声は、聞こえていまして?」
「るるぅ……しあぬっ……」
お父様の顔が、ゆっくりと私に向く。
「なぜ……この様な事を……儂は、この国の王として、国を守る為にと、動いて来たのに……」
「ええ、存じておりますわ。お父様が、上手く立ち回り、西の魔王を跳ね除け、魔物から民を守っていた事は、見てきましたもの」
「ならば……なぜ?」
この状況になっても、ご理解なされないとは……お父様が守ってきたモノが、獣族達の屍の上に、成り立っていた事に。
「このままですと、何もかもが、手遅れになりますの。ですので、お父様……死んで下さいませ。お母様達は、先に送っておりますわ」
「るるっ、シアヌ……ゼイルノースっ。アシュノン……儂はっ、儂は御主らを────」
「さようなら、お父様っ!」
全体重と、スキルを乗せ、体ごと剣を横に回転させ──シュンッという鋭い音と共に、お父様だったモノの首が、ゴトッと床に落ちた。
血飛沫をその身に受けながら、ゆっくりとソレに背を向け、お兄様の顔を見る。
「……っ、ぐぅっ」
手を下したのは、女王である私だ。
お父様、お母様達を殺し、王位を奪ったのは、お兄様ではなく、私なのだ。
「お兄様……泣かないで下さいまし。これからが、大変なのですよ?」
「……ああ。ルシィ……すまないっ」
「構いませんわ。私は、この国の女王ですもの」
お兄様が、涙を流す理由。
お兄様が立案し、行動した結果、私が手を汚し、アシュノンお姉様は、国を去った。
そしてお兄様は、追われる立場となる。
「王と王妃達の、首を刎ねた剣ですわ。この剣はお兄様が、お持ちになって下さいまし」
「そうだね。僕が持っていよう」
「……」
「……」
お兄様の手に、しっかりと剣を握らせ、その腫れた目を、優しく撫でる。
もう二度と、会う事はないかも知れない。
国王殺しは、例え王太子であっても、捕まえられれば、死罪は免れない。
だからこそ全力で、女王である私自らが、お兄様への追跡を撹乱し、混乱させ、足が付かないようにする。
「お兄様。行って下さいませ……後の事は全て、私が何とか致しますわ」
「ああ。ルシィ……いつか、数年後華、十数年後かは、分からないけど……いつかまた、三人でお茶をしよう」
「ふふっ……その約束、覚えておきますわ」
「それじゃあ、いつか必ず、約束だ」
そう言ってお兄様は、王の間からゆっくりと出て行き、その姿が見えなくなってしまった。
恐らくは、麗しの尻尾を持つ、獣族の女性のもとへと、向かうのだろう。
バハスお父様。
デリノアお母様。
ゼイルノースお兄様。
アシュノンお姉様。
私は、大切な家族を、全て失った。
静かな王の間で──私は一人だ。
影の姿は見えるが、私は一人なのだ。
「……泣きっわ……っ、しませんっ……わ」
私は、この国を守る、女王なのだから。
泣くのならば、全てが終わった後。女王としての役目を終えた、その時にでも、好きなだけ泣けば良いのだから。
「んぐっ……ふむ……夢? ふぅ……結局、お茶は出来ず仕舞いですもの、酷い夢でしたわ」
王座に座り、ボーッと天井を見詰める。
あの時の夢を見たのは、何年振りかしら。
忘れようもない、十年前の出来事。
お兄様の死を知ったのは、一年前。影からの報告によれば、二、三年前に起きた、突発的な獣族達の反乱に巻き込まれ、死亡した可能性があると、とても曖昧な報告だった。
時が経ち過ぎて、手掛かりとなる物が全て、失くなっていたらしい。
「まさか、王都から一番近い村に、住んでいたなんて……あのお兄様ならば、やりそうではありますけどね」
奴隷解放宣言を出来たのは、一年半前。
あと一、二年早ければ、もしかしたらその反乱を、止める事が出来たかも知れない。
「たらればなんて、女王が口にして良い言葉では、ありませんわね」
そうして、長い脚を組み、今日の予定を考えていると、扉の向こうから、ドタドタと騒がしい足音が、近付いてくる。
「この足音は、大臣かしら……良いお年なのに、何を慌てているのかしらねぇ」
面倒事は嫌ですけど、面白そうな事でしたら、良い暇潰しになりますわ。
そしてその余裕は、数秒後に崩れ去る。
ラクレル村方面に、突如として、光の柱が落ち、教会関係者が、てんやわんやと騒ぎ立て、その三日後には、ラクレル村から、大量の負傷した村民達が押し寄せ、穏やかな王都の日常が一変、不穏な空気に包まれたのである。




