間話 王都ジアストール国の小さな悪魔.4
ゼイルノースは王の前で跪いていた。
「御父上、いえ、バハス・ゲイ・ジアストール国王に進言したき義が御座います」
ゆっくりと言葉を選びながら。
「おぉゼイルノースや、今回はどの様なおねだりなのかのぅ?良い良い申してみよ」
親バカ全開の威厳の無い声で聞いて来る。
「はっ。現在ここ、ジアストール国に向けて決起した獣達の集団が向かって来ているとの事。至急、騎士団総出撃の元、これ等を撃滅する許可頂きたく存じます。また、総大将にアシュノン・ゼァ・ジアストールを推挙したく存じます」
「ふむぅ…また懲りずに獣共が来よったか…して、何故総大将がアシュちゃんなのじゃ? お主ではいかんのかのぅ?」
一国の王が王座で娘をちゃん呼びしても誰も突っ込まない…。
「はっ。その事に関しましては直接アシュノンより嘆願があり、少しでも騎士団に寄り添い、一助に成れば、との事に御座います」
バハス国王はうんうんと笑みを作る。
「アシュちゃんは優しいのぅ…あいわかった。アシュノン・ゼァ・ジアストールを総大将に穢らわしい獣達の殲滅を騎士団に命ず。また、少しでもアシュちゃんを傷つける獣が居れば、生皮を剥ぎ、身の方はゴブリン共の餌とする様厳命する!!」
最早この父は、一種の病気であろう。
※
王宮内の一室で、正妃、側妃の面々が集まり、優雅なひと時を愉しんでいる。
その中に愛くるしい笑顔で焼き菓子を頬張る少女、ルルシアヌ・ジィル・ジアストールは、まだかまだかと心の中で苛々していた。
最近のお店はどうのだの、美味しい新作スイーツがどうのだの侯爵に子供が…伯爵に子供が…あちらの奥様は…此方のお子様は…今のトレンドは…御洋服…お似合い…愛くるしい…あぁあああコイツ達本当にダメだわ。
「ルルシアヌ」
おっと笑顔笑顔ニコッ
「はいお母様」
「貴女ももう八歳になるのです。そろそろ婚約者を選ばなければなりません」
国が滅んだら意味無いんだよこのババア!?
「はい。出来ましたら兄上のような格好いい男性が良いのですわお母様」
正妃はそれを聞き満足そうに頷いている。
「本当に仲が宜しい事、でも流石に兄妹では婚約出来ませんもの其れは諦めて下さいな?」
「「「おほほほほ」」」(大合唱)
解っとるわそんな事ぉおおお!!
「あら、嫌ですわお母様。あくまでもこんな方が理想と申し上げたまでですわ」
ニコッっと笑顔を振り撒くと、ああ可愛らしい可愛らしいと囲まれる。
苦しい。
遠くから、出撃のラッパ音が鳴り響く。
あぁ…ようやく。
それを聞き、笑顔をより深く作る。
「影」
ルルシアヌは誰にも聞かれぬ様、命令を下だす。
※
「整列!!」
等間隔で並び、一指乱れぬ動きを作る屈強な騎士団。
総勢五万人。
幾度もの反乱を未然に防ぎ、討ち滅ぼして来たジアストール国が誇る精鋭達。
「軍団長、妹を宜しく頼むぞ」
ゼイルノースは軍団長の肩を叩く。
「はっ! お任せ下さい殿下! 必ず御護りいたします!」
顔を硬直させながら返答する。
「宜しく頼む。で、アシュも達者でな」
「はぃ〜お兄様もお元気で〜またいつか〜」
お互い笑みを浮かべ、別れの挨拶。
そう、これらは、ただの派兵に見せかけた国外への脱出(精鋭部隊を添えて)である。
精鋭部隊五万人の内、二万人はいわゆるアシュノンの息が掛かった者で占められており、殆どが部隊長クラス。
アシュノンが舞台で歌うとなれば、訓練と称し各種セッティングから衣装合わせ、来客の管理や不審者の洗い出しまで行い、アシュノンがアレが欲しいと言えば夜通し整列して買って来て、国王がアシュノンに会おうとすれば全力で邪魔をする。
狂信者集団である。
因みにノーマル兵士は理由を付けて戻す手筈となっている。
そして、国外脱出の理由としてーーー
「これで〜ずっと一緒ですね〜」by.アシュ
「はっ! この命尽きる迄、貴女様の隣で御護りする事を誓います!」by.軍団長
ーーーと、駆け落ちする為であった。
但し、狂信者達は諦めていない。
軍団長の寝首を狩く事を。
「出陣!!」
高らかに進撃のラッパ男が響くのであった。
※
「それで、後はお兄様ですわね?」
笑みを浮かべながらルルシアヌは言う。
「あぁ、これで良い。あとは頼めるかルシィ?」
黒装束を見に纏い、足元には自らの父であった唯の物。未だ剣から血が滴り落ちる。
「王を殺し、逃亡の人生を選びますのね」
ルルシアヌはそっと、兄の頬に手を添えた。
「これで国は保てますわ、あとはお任せ下さいませお…お兄様」
手を離し、王座へと進む。
振り返らずに。
これが国の為と。
真紅の眼から、雫が溢れ落ちた。