間話 ルルシアヌ・ジィル・ジアストール.3
2026/06/12 改稿!
ゼイルノースお兄様から出た、『お父様とお母様を処刑すれば良い』という言葉に、アシュノンお姉様は黙り込み、私は一瞬──お兄様が可笑しくなったと錯覚した。しかしそれも、お兄様の目を見るまでの、ほんの一瞬だけ。
「お兄様。お父様だけでなく、お母様も処刑という事は、勿論……"私達のお母様"も、含まれておられるのですね」
「……勿論さ。我が母上である、元王妃だけでなく、アシュとルシィの母上にも、この世から消えてもらう」
「それは、何ででしょうかぁ?」
アシュノンお姉様が、静かに口を開いた。
現国王以前の王宮内では、継承権争いや足の引っ張り合い、果ては暗殺まで、血生臭い事ばかりが続いていた。
しかし現在では、国王であるバハス・ゲイ・ジアストールの手腕によって、王妃、第二婦人、第三婦人共に、派閥争いなどとは無縁の、仲の良さを見せている。
そして、アシュノンお姉様は、お茶会に招かれる程、三人のお母様との仲が良い。
「王も王妃も、他国との外交手腕は凄いし、"人種だけ"の内政を見るならば、問題はないさ」
「でしたらぁ、なにも処刑しなくてもぉ……」
「それだと獣族は、止められない。この状況を良しとし、人種ばかりを見ている所為で、盲目になっているんだよ」
国王や王妃を処刑しても、アシュノンお姉様や、私のお母様が残っている限り、大臣や諸侯は従わない。
例えお兄様が、国王とろうとも、権力の大半は握られたまま、結局は足を引っ張られ、待っているのは国の破滅。
「どうやって、国王と王妃達を、処刑なさるのですか? 暗部が味方とは言え、私達ではどう足掻いても、手が足りませんのよ」
処刑をするといっても、表立ってそれをすれば、民達の心は離れ、獣族の反乱の前に、人種による暴動となってしまう。
「結果として、この国が終わりますわ」
「ルシィの言わんとしている事は、分かっているつもりだよ。それでも手段が、ない訳ではないさ」
「どうなさるおつもりかしら」
そもそも、どうにもこの話……お兄様はなぜ、こうも事を急ぐ様な話を、なさるのか。
お兄様は思慮深く、何か重要な判断をなさる時では、必ず万全の準備を整えてから、行動なさっていた筈……何かが可笑しい。
「そうだね……誰かが城の兵を連れ出して、守りが手薄な内に、王と王妃達の首を落とし、"反逆者"として追われる身となる」
「お兄様っ……まさか貴方は」
王太子という立場を──捨てようとなさっている? 一体なぜ? 危機を乗り越え、お兄様が国王となれば、国は安定するというのに。
「ルシィ。最初に伝えた言葉が、"全て"だよ」
「最初に……伝えた言葉?」
ゼイルノースお兄様と、この話をし始めた時は、確か、『ルシィにも見て欲しかったよ。あの麗しの尻尾……思い出すだけで僕はっ……』などと、獣族の話をなされて──っ、そういう事ですのね。
「お兄様は、その獣族に……っ」
口には出せない、出してはいけない。今口に出してしまえば、ゼイルノースお兄様の考えを、肯定してしまう。
「あらぁ、それは"恋"ですねぇ。ゼスお兄様にもぉ、ようやく好きな人がぁ……泣けますよぉ」
アシュノンお姉様が、言ってしまった。
このお姉様は、愛だの恋だのといった話が大好物で、人の恋路を眺めるのは、最高の娯楽なのよと、意味不明な時がある。
「そう口に出して言われると、何だか恥ずかしいな。でも……そうだ。僕はあの、麗しの尻尾の君に、一目惚れしてしまったんだっ」
「……頭が痛くなってきましたわっ」
「ルシィちゃん、大丈夫ですかぁ?」
「大丈夫じゃないですわよっ!」
要はこのお兄様……国の危機を回避するというのは"ついで"で、本命は王太子という立場から退き、獣族の女を口説き落として、そのまま愛の巣を作る気なのだ。
「国の一大事にっ……色恋沙汰を持ち込むだなんて。本当に貴方は、ゼイルノースお兄様ですのっ? 別人ではありませんわよね?」
「当たり前だろう。僕は、ルシィのオシメを替えてあげていた、優しい兄だよ」
「その話はやめて下さいましっ!」
なんと愚かな──とは思わない。結果的には、獣族達を虐げてきた者の数人が、この世から消え去り、獣族達の気を引けるのだから。
「あのぉ、それならぁ、私は第二騎士団を引き連れてぇ……この国から去りたいんですけどぉ」
「んっ……アシュノンお姉様っ!?」
次ははお姉様がご乱心か? 第二騎士団を連れて、この国を去ると言われても──第二騎士団なら、お姉様に付いて行くわね。
「どうしてですの、お姉様っ」
「ゼスお兄様とぉ、似た様な話ですよぉ。私の婚約者は、腐った貴族ですけどぉ、私が好きなのは、第二騎士団超なんですぅ」
「ああ、リッチオーマル団長だね。何かと王家と対立している家だから……成程、アシュは彼と結ばれたいのか」
「そうですよぉ。お母様達がぁ、居なくなるのならぁ、好きに生きたいんですぅ」
お兄様は獣族女にご執心。
お姉様は、第二騎士団長と結ばれたい。
二人の願いを叶えた上で、国が救えるというのならば、悪くはない。悪くはないが……。
「この国を統べる者が、いなくなりますわっ!」
「ルシィが王になれば良い」
「私はまだっ、八歳ですのよっ!」
成人するまで、六年もありますし、なによりこの私に、王が務まるとは思えない。
私はただ、お兄様を見習ってきただけ。その考え、行動を見て、真似をしているだけの、ただの凡才なのだから。
「ルシィ……僕が八歳の時は、歴史書なんて読めなったし、まして城下に赴いて、人と接するんで事は、出来なかったよ」
「そうですわねぇ。私もぉ、お洋服の事ばかりでぇ、遊んでばかりでしたものぉ」
「それは……っ、物覚えが良かっただけですわ」
このお兄様を見てきたら、このお姉様を知っているから、それに追い付こう、お役に立とうと、頑張っていただけ。
「私一人を置いてっ、お兄様とお姉様は行きませんわよね? 私に国を預ければ、簡単に滅んでしまいわすわよ?」
国王に相応しいのは、お兄様。
獣族を娶りたいのならば、王座に就き、王命でもって、好きな者を囲えば良い。
お父様、お母様達を誅し、逃亡者となるのならば、それこそ、私が相応しいですの。
「国王、王妃達が居なくなったこの国を、獣族達を解放出来るのは……ルシィだと思うね。だからこそ、暗部である影が、ルシィの側にもいるのだから」
お兄様は、既に決断している。
お姉様も、それを手伝う気でいる。
例え私が何もしなくとも、この二人ならば、国王と王妃達を処刑して、私が女王となるよう、手を回すに違いない。
「結局のところ、アシュノンお姉様が賛同した時点で、私には止める事も、出来ませんのね」
「ルシィちゃんが王の座に就けばぁ、私も安心してぇ、国外へ逃げれますからねぇ」
「二人して……本当に酷いですわ」
「頼むよルシィ……僕はもう、耐えられない」
王になど、微塵も興味は御座いませんのに、私に逃げ場など、ないではないですか。
「それならば、一つだけ条件が御座いますわ」
「なんだい?」
「国王と王妃達の処刑は、私が手を下します。お兄様はただ、罪を被って下さいませ」
これから愛する者を、追いかけるのならば、その手を血で染める訳にはいかない。
穢れたまま、愛する者を抱いては駄目なの。
「これは、女王となる私の、お兄様に対する、最初で最後の命令ですわ」




