間話 ルルシアヌ・ジィル・ジアストール.1
2026/06/12 改稿!
ジアストール王国。
冒険者であった初代ジアストール王が、蛮族であった獣を律し、従え、魔物蔓延る森を開拓し興した、五百年の歴史を持つ小国。
エイドノア大陸中央に位置する、この小国は、西に大国である海洋国家・アルカディアス、南に連邦国家、北にドルジアヌ帝国と、大国に囲まれ、幾度もその進行を、退けてきた。
小国なれど、大国にも劣らぬ武力。
これからもこの、ジアストール王国は、間違いなく栄えていくであろう。
「と、大まかな歴史は、以上ざます。何かご質問は、御座いますでしょうか?」
「そうですわね……貴女は明日から、来なくても結構ですわ。解雇致しますの」
「……えっ?」
その力強い、赤き瞳を煌めかせ、真っ赤な髪と同じ色の、ふわっとしたドレスを身に纏う、威風堂々とした佇まいの幼女。
ジアストール王国第三王女、ルルシアヌ・ジィル・ジアストールは、今日着任したばかりの教育係に、即解雇宣告を言い渡した。
「るっ、ルルシアヌ王女殿下っ。わっ、私は陛下より、王女殿下の教育を──」
「衛兵、追い出しなさい」
「「「ははあっ!」」」
私の名をぎゃあぎゃあと叫び、連れて行かれる教育係を見て、「ふぅ」と溜息を漏らす。
「綺麗事ばかりのたまうとは、私も舐められたモノですわね」
どの教育係も、獣を律し、従えてという、言葉を選んだ言い方ばかりで、気に食わない。
正確に言うのならば、奴隷にした上で、戦の矢面に立たせ、使い潰した。
五百年の歴史の中で、彼ら、彼女らの尊厳を奪い、壊し、今も蹂躙し続けている。
「そう言うのならば、教育係としては、及第点をあげますのに……愚か者達ばかりですわ」
八歳の私でも、分かる事。
お兄様に教わりながら、国庫に眠る歴史書を読み漁り、身分を隠して城下を回り、調べ、自分で話を聞いて、理解した。
どうやら私は、一度見たモノ、聞いたモノは、直ぐに覚えてしまうらしいと。
だからこそ、見えてしまうモノがある。
「本当にこの国は、腐ってますわねぇ」
部屋の中を見渡す。
ルルシアヌの私室であるが、一国の王女の部屋としては、必要最小限の物しかなく、少し豪華な宿といった、見た目の部屋。
「この部屋ですら、彼ら獣達達からすれば、豪華なモノであると言うのに……」
この部屋と真逆の、豪華な調度品に囲まれ、奴隷達を集めた部屋が──現国王の部屋。
お父様──現国王である、バハス・ゲイ・ジアストールの城下での評判は、とても良い。
各諸侯達からも、『賢王』と親しまれ、お母様達も上手く立ち回り、このまま"何事も無く"、時が経てば、ゼイルノースお兄様が、王位を継ぐ事となるでしょう。
「お父様も、お母様達も、諸侯達も……欲に塗れて気付いておられないとは、情けないですわ」
現実が見えていない。もしかしたら、薄々勘付いているのではと、期待を持ちたいのですけど、難しいでしょうね。
城下の冒険者の噂──近いうちに、獣族達による大規模な反乱が、起きるかも知れない。
その噂が、事実かどうかを調べる為に、ゼイルノースお兄様は、各地を回られている。
「奴隷商人達も、大変ですわね。ふふっ、まったく、いい気味ですわ」
奴らの食い扶持は、獣族の子供を攫い、調教し従わせて、質の良い獣は貴族へ売り渡し、それ以外の獣は、労働力として売りに出される。
それなのに最近は、獣族の仕入れがなく、実入が少ないという話を聞いた。
理由を尋ねると、ここ半年の間に、仕入れの馬車が次々に襲われ、積み荷が奪われるといった問題が、多発しているらしい。
「犯人と思しき者は、自らを『解放者』と仰られていますが……通り名としては些か、安直だとは思うのですけどね」
ゼイルノースお兄様らしい──と言えば、そうなのですが、私としては金色の騎士の方が、格好良いと思いますのに。
獣族達が詰め込まれた馬車を、幾度も襲っているのは、王太子である、ゼイルノース・ゲイ・ジアストールその人。
それに付き従うのは、第二王女、アシュノン・ゼァ・ジアストール直下の、騎士団員達。
ゼイルノースお兄様にも、動かせる者達は存在するが、その大半には、お父様の息がかかっており、この件には使えない。
だからこそ、アシュノンお姉様に心酔している、第二騎士団を側に付け、獣族達に一線を越えさせない為に、奴隷となる前の者達を助け、解放している。
「それでも、時間の問題かしらね。そろそろ報告を、聞こうかしら……影、出て来なさい」
その一言で、音も無く現れた者。
ジアストール王国の暗部である、影の一人。
現王の前には、一度も姿を現さず、ゼイルノースお兄様と、私の前に現れた、自らが仕える者を決めるとされる、得体の知れない者達。
全員が黒外套を羽織り、顔も見えないなんて、気味が悪いとしか、言えませんの。
「お呼びでしょうか、姫様」
「ええ。現在の獣族達の動向を、報告なさい。出来れば、各国の動きも踏まえてね」
「畏まりました。この王都では、獣族達の動きはなく、各村毎に、反乱の準備がされております。近い所ですと、ラクレル村でしょうか」
「本当に近いわね……この王都からなら、馬車で二日の距離じゃない」
正に、目と鼻の先。
一つの村に反乱が起これば、二つ、三つと、火は燃え広がり、瞬く間に大火となって、そのまま王都を飲み込むでしょうね。
「各国の反応は?」
「今の所、動きは御座いません。が、もしも反乱が起きたならば、それに呼応して、攻めて来る可能性は、あるかと存じます」
「まあ、そうなるでしょうね。私だって、同じ状況ならば、そうしますもの」
これまでも、幾度となく反乱は起きていた。
そのたびに各貴族の軍が、それらを押し潰し、抑え込んでいたのだ。
しかし、今回の反乱は規模が違う。
下手をすれば、ジアストール王国全土の獣族達が、一気に牙を剥く可能性だってある。
それを未然に防ぐ為、ゼイルノースお兄様が、裏で動いてはいるのですが、反乱を遅らせる事で、精一杯でしょうね。
「反乱が起きるとしたら、いつ頃かしら?」
「恐らくは……早くて二年。遅くとも五年以内には、彼らの準備が整うかと……」
「怖いわね。今までは、発作的な動きでしたのに、今回は念入りに、時間をかけて準備をするだなんて。本気……という事かしら」
「であると、思われます。我ら影が動けば、鎮圧は容易ですが、如何致しましょう」
この影の問いは、恐らく私を試している。
ゼイルノースお兄様の側に居る、影の一人も、よくお兄様に問いを投げかけ、王に相応しいかどうかを、試されているから。
「……」
私は、王に興味はないですし、問いに間違えたとしても、気にはしませんけど……舐められるのだけは、勘弁ですわ。
「鎮圧など不用よ。そのまま放置なさい」
「ふふっ……畏まりました」
「人を試すのも、大概になさい」
黒外套の奥から、機嫌の良い笑い声が聞こえましたが、本当に、性格の捻じ曲がった、暗部だと思いますわ。
「もう一つ聞きたいのだけれど……獣族達の動きに、お父様達は気付くかしら?」
ないとは思うのですけれどね。
「姫様。贅を蓄えた豚共に、察知される程、獣族達は馬鹿では御座いません。我ら影の中にも、獣族が居るからこそ、情報を得る事が出来るのですから……」
この言い方は、少し怒っていますわね。聞き方を間違えたかしら?
「そんなに怒らなくても、良いじゃありませんの。少し聞いてみたかった、だけですわ」
「……失礼致しました。しかし、他の影には聞かれませぬ様、進言致します」
これはアレね……二度と、お父様と獣族を、比べるなという、忠告でしょうね。全員が黒外套で顔を隠し、誰がどの影かなんて、私には分からないもの。
「分かったわ。比べて悪かったわね」
「ご理解頂き、感謝申し上げます」




