5話 異世界の現実.5
2026/06/05 加筆致しました。
ジアストール王国、南部国境守備隊副団長、ヘラクレス・ヴァント。敵からは、悪鬼のヘラクレスという名で呼ばれる程に、私の存在は、連邦国にとって邪魔であっただろう。
生まれ持った体格。
それを活かす為のスキル。
素手であっても、オークを組み伏せ、その腕力でもって、そのまま潰す。
同年代では並ぶ者がおらず、上官や高位冒険者ですら、私に勝てる者は少なかった。
その武功により、昇進の打診はあったが、私にとってはどうでもよく、そのまま無視する程には、嫌味な若造であった。
転機が訪れたのは、ラクレル村の村長であった私の父と母が、病により急死した時である。
軍を辞め、ラクレル村へ帰ると、直ぐに村人達を集め、新たな村長として名乗りをあげた。
人を纏め上げる事は、軍で学んだからだ。
それとは別の理由もある。
獣族の奴隷達が、居るからである。
本来彼らは、本能的に己より、強き者以外の指示を聞かず、とても反抗的なのだ。
しかし、亡くなった父と母は、力が弱いにも関わらず、そんな獣族達からとても慕われ、父と母も、そんな彼らを奴隷扱いしなかった。
私もそれに倣って、彼ら獣族達を奴隷扱いせずに、同じ村民として認識していた。
人種の村民達も、それを理解してくれた。
人種、獣族関係なく、村人総出で畑を耕し、楽しい時には皆で笑い、苦しい時には皆で助け合い、乗り切っていった。
村長としての役目を全うしていると、いつの間にか歳を取り、四十を超えてやっと、村の生活が安定した。
花屋の美人姉妹である、妹のロマリーから求婚され、村人総出でお祝いされ、なし崩し的に結婚したのは、良い思い出であろう。
そのまま時が経ち、ロマリーが妊娠したと言った時には、喜びのあまり筋肉を膨張させ、服を破いてしまった。
二人で笑いあった。
村人達と、笑いあった。
その時異変に気付いておれば、対処しておれば、妻を亡くさず、子も産まれていただろう。
何も失くさずに、済んだであろう。
それは、唐突に訪れた悪夢。
日が沈み、焚火の灯りが揺らめく夜。私は何故か胸騒ぎがして、ベッドから起き上がった。
元副団長としての直感。
若かりし頃に経験した、戦の臭い。
即座に身重のロマリーを起こし、地下の貯蔵庫へと連れて行き、私は剣を取った。
その直ぐ後、気配なき殺意が、村を襲った。
私は直ぐに家を飛び出し、周囲を確認した。
家屋には火が放たれ、それは直ぐに燃え広がり、至る所から悲鳴が聞こえる。
野盗かと思い、即座に行動。
声を張り上げ、異変に気付いていない村人、冒険者達を起こし、即座に鐘を鳴らした。
そこで私は、見てしまった。
燃え広がる火に照らされ、逃げる子供を追い駆け、斬り殺した──獣族達の姿を。
そして、納得してしまった。
獣族であれば、気配を感じぬ訳だと。
怒りよりも、悲しみよりも、ただ私の頭の中を駆け巡ったのは、何故という疑問。
王国法では、獣族は奴隷である。
しかし、それを良しと考えない、前村長である父と母は、彼らを、獣族達を、ただの村人として接していた。
私は剣を握り締め、駆け抜けた。
何故だという言葉を飲み込み、その子供を殺した者達を、一振りで両断した。
村の長として、殺さねばならなかった。
久しく感じた、意志を持って斬るという、とても嫌な手の感触に、ぐっと歯を食い縛る。
聞こえてくるのは、悲鳴と叫び。それと他には、獣族達の声が、咆哮が聞こえてくる。
仲間を救え。
奴隷として蔑む、村の者を殺せ。
人種を殺せ。
人種に手を貸す、同族を殺せ。
最早それは、奴隷解放の檄ではない。ただ殺戮を扇動する為の、狂気の叫びであった。
それに呼応するかの様に、村の至る所から、彼らの、獣族達の声が、響き渡った。
迫り来る者の首を刎ねた。芋を育てる事が楽しいと言っていた、ジルマイであった。
背後から桑を振ってきた者の胴を、斬り飛ばした。ロマリーと仲の良い、メフィであった。
複数人で囲んできた。一緒に畑を耕し、汗を流して、同じ食卓を囲んだ、ロゾム、ディギン、ダッフであった。
三人は躊躇なく、私に鎌や桑を振るってきた事が、本当に、本当に信じられなかった。
彼らはただ、言葉を発さず、目を真っ赤に染めながら、真っ直ぐに迫って来た。
私はただ、斬る事しか出来なかった。
村を駆け回り、斬られ、斬り殺し、自身の血なのか、返り血なのかも分からぬ状態で、ただひたすらに、剣を振り回した。
肩で息をしながらも、後悔、疑問、苦しみ、悲しみが、頭の中を掻き回そうとも、止まる事なく前へと進んだ。
家屋が燃え尽き、遠くからは陽の光が見え、獣族達の咆哮は、聞こえなくなった。
ふらつく体を、欠けた剣で支えて、ゆっくりと周囲を見渡し、その光景に唇を噛む。
数え切れない程の、屍の山。
その大半は、私が斬り伏せた者達の、亡骸。
何故だと問うても、誰も、何も言わない。
私は生きていた者達を集め、周囲の警戒を怠らぬよう指示を出し、一度家へと帰った。
少なからず、手傷を負った。
彼らを斬った感触が、この手から消えない。
血を拭い、身なりを整えねば。
どうして彼らは、あの様な事をしたのだ。
考えが纏まらず、意識が朦朧とする中で、家の扉を開けて、貯蔵庫へと足を運んだ。
妻が、ロマリーが待っている。
顔が見たかった。
この苦しみを、聞いて欲しかった。
弱音を、吐き出したかった。
違和感──家の中にも関わらず、何故か体は緊張し、まるでまだ、戦いは終わっていないと、本能が告げているかのようだ。
貯蔵庫に近付くにつれ、ピキッ、パキャッ──と、異様な音が聞こえてくる。
まるでナニカを──咀嚼している音。
体が震える。
心音が頭の中に、響いてくる。
汗が止まらない。
地下の貯蔵庫に行く為の扉が、開いていた。
ゆっくりと、震える体に力を込めて、静かに貯蔵庫へ下りて行く。
暗がりの先に──気配がする。
私は唾を飲み込み、『ロマリー』と、妻の名を呼んでみた。が、返答はなく、代わりにその、異様な音が、ピタリと止まった。
貯蔵庫に、出入口から陽の光が差し込み、私はソレを、その光景を見てしまった。
妻の腹を裂き、喰らう、一人の獣族の姿を。
私は、あの獣族を知っている。
他の村から追いやられ、苦しみながらこの村へと来た、種族が分からない獣族。
私がこの村で暮らす事を許可し、名を持たぬ故に、私が名を付けた、一人の男、イーツ。
私の中で、何かが砕かれる音がした。
叫びと共に前へと飛び出し、目を赤く光らすイーツの頭目掛けて、剣を振るう刹那──『ご馳走様、ヘラクレス』その最後の言葉を残し、イーツの頭部は砕け散った。
手から剣が滑り落ち、力なくその場に膝を付き、ゆっくりと、ゆっくりと、ロマリーのもとまで近付いて、抱きしめる。
その表情は、苦痛と悲しみに歪められ、ロマリーをそのようにしたのは、私自身の過ちだ。
獣族を信じ、招き入れた、私の罪だ。
私はただ、ロマリーの亡骸を胸に、声を、叫びを上げる事しか、出来なかった。
何故誰も、助けてくれなかったのか。
獣族を信じ、招き入れた私の罪か。
神がいらっしゃるのならば、お答え下さい。
奇跡を、ロマリーを助けて下さい。
いつまで、そうしていたであろうか。
生き残った村人や冒険者達が、様子を見に来た時には、私はロマリーの亡骸を抱きしめたまま、倒れていたらしい。
神は奇跡を与えては、下さらなかった。
獣族は信頼を、裏切りで返してきた。
何故イーツはロマリーを殺し、喰ったのか。
何故獣族達は、突然蜂起したのか。
その何故を知ろうにも、その手段がない。
私は、決断するしかなかった。
多くの村人達が、死んでしまった。
夫、妻、娘、息子、祖父、祖母、生き残った者達が失くしたモノは、もう戻ってはこない。
同じ過ちを、繰り返してはならない。
だからこそ、このラクレル村に近付く獣族は全てを捕らえ、私自身が処刑する。
村の長である私が、手を汚さねばならぬ。
たとえ幼子であっても、獣族であるならば、殺さねばならぬのだ。
追加でヘラクレス視点での過去話。
いつ載せようかと迷っていたら……六章まで進んでいたので、修正がてら投稿しました。
いやぁ……重い。
本当にこのおっさんは、過去が重いのよ。
若かりし頃のヘラクレスだけで、十万文字はいきそうだから、圧縮に圧縮を重ねております。
評価等々頂けましたら、励みになりますので、是非ともお待ちしております。
ではでは、またの後書きで。




