5話 異世界の現実.4
2026/06/05 加筆修正致しました。
脚が震えている。
「ミルン?」
喉が渇き、鼓動が早くなる。
「おい、ミルン?」
ただ前にゆっくりと進む。
「なぁ……ミルン」
周りの喧騒が、やけに耳に響く。
「っ────ミルンっ」
俺は駆け出し、血溜まりの中に膝を付き、ミルンをそっと抱き上げた。
「ミルン……おいっ、ミルンっ!」
ゆっくりとした鼓動が、俺の腕に伝わってくるが、体は冷え切っており、呼吸が浅い。
「傷が……っ、こんなに血がっ、止血をっ!」
可愛い右耳が、千切れかけており、左手の指が無く、両足が折られている。
至る所に痣があり、傷口を押さえても、その流れ出る血が、止まらない。
「ミルン……なんでっ、こんな……」
薄っすらと、ミルンの目が開いた。
「な…がれぇ…?」
「あぁっ、流だぞミルンっ! どうしてっ、なんでこんな事にっ!」
ミルンの小さな口が、ゆっくりと動く。
「いっ…しょ…ひと…いゃ…」
ミルンの目から、涙が出ていた。
「ぉい…て…いか…な…い」
ミルンの手が、弱々しく俺を掴む。
「ぃっ…しょ…」
俺は、異世界にうかれていた。
俺は、異世界を楽しんでいた。
危ない目にあったりもしたが、それでもやっぱり、楽しんでいた。
あの時ミルンは、俺の後を追って来ていた。
この魔物いる世界で、あんな得体の知れない川の近くで、ミルンは孤独に、暮らしていた。
寂しいにっ、決まってるじゃないか。
「痛かったな、怖い思いしたな、ごめんなっもう大丈夫だぞっ、一緒にいるからなっ」
ミルンは、ただ一人ぼっちで、あの時俺は、ミルンを置いて行ってしまった。
俺は、人でなしの、馬鹿野郎だ。
ミルンを包み込むように、抱っこをして、優しく背中をさする。
「ぉと…さん」
ミルンの顔から、色が消えていく。俺は、これが何を意味するのかを、知っている。
傷痕だらけの、両親の亡骸。
触ると、とても冷たかった。
異常者に襲われて、父さんは母さんを庇い、二人共がそのまま、息をひきとった。
犯人はその場から逃走後──自殺。
その一報を聞いたのは、会社を解雇され、途方に暮れていた、そんな時だった。
込み上げる怒りのぶつけ先は、既にこの世におらず、残ったのは両親の財産だけ。
もっと話を、していれば良かった。
俺は何も、出来なかった
ただ堪え難い後悔だけが、俺に残った。
「だめだミルンっ! おいっ、ミルンっ!!」
どうすれば良いっ、これは俺の所為だ。
俺がミルンを置き去りにっ、あの時一人にしたからこうなった。
どうすればっ、どうすればミルンは助かる。
病院っ、異世界あるのか。
周りの奴らが邪魔だ。
俺の所為だ、どうやってどうすれば良い、俺が一人にどうやってっ、何をすれば良い。誰か助けをっ、この場にいる奴らは無理だ。
「どうすればミルンをっ、助けられるんだっ!」
こんな異世界に来てまで、何も出来ず、俺は屑のままで良いのか。
こんな小さい子を、置き去りにして、このまま死なせて、笑顔で生きていけるか。
父さんと母さんに、誇れる人間なのか。
「あっ────」
後悔と、苦悩と、怒りが混ざり合った感情の中で、ミルンとの、短い、しかし楽しい記憶。
思い浮かんだのは、一つの可能性。
『あ──っ、何これ?』
『ミルンのおいええええええ──っ!?』
ミルンのボロ小屋を、消し飛ばした"魔法"。
「そうだ……ここは異世界だ」
魔法がある、魔法があるんだ。
俺には魔法がある。
俺は魔法が使える。
「あんな意味不明な魔法が、使えるのなら、癒す魔法だって使えるだろっ」
謝るからさ、頼むよ。
一緒にいるからさ、お願いします。
こんな小さい子から逃げてさぁ、置いてけぼりのまま、最後はコレって、ないだろ。
このままじゃ、許せないよなぁ。
このままじゃ、許せない。
許せないんだ。
俺がっ、俺をっ、許す事が出来ない!!
基本魔法とやらで、あんな意味不明の魔法が、発動されさんだ。それならっ、俺のスキルだというのならっ、心から願うっ! 魔法と言う奇跡をっ!!
「この子をっ! 救えええええええええええええええええええ────!!」
天の彼方、星の向こう。
俺に、意味分からんスキルを付けやがった、何者かに、心から、そう願った。
頭の中で────鐘が鳴り響いた。
リンゴーン、リンゴーン(上がり調)
『レベルがー--ー-奇-ー跡--ー -(--ー-ー 可)
エラー、エラー、エラー、エ-ー-ー可』
『良いですよぉ、貴方は見てて楽しいのでぇ』
リンゴーン、リンゴーン(下がり調)
空の彼方から、得体の知れない声が聞こえたと思った矢先、暖かな光の柱が現れ、ミルンを優しく包み込んだ。
◇ ◇ ◇
「今の音は……あれは、何なのだっ!」
目の前で起きている光景が、理解出来ない。
光の柱が、あの獣族を包み込む光景を見て、頭を掻き毟り、歯を食い縛る。
一瞬だけ感じた──異様な圧。
まるで、空から地面に、縫い止められたかのような、今まで味わった事のない、圧迫感。
それが消えたと思った矢先に、アレだ。
あの目を疑う光景だ。
「何故なのだっ……」
指を斬り飛ばし、血を流させ、逃げられぬように、脚の骨を砕いた。万が一にも助からぬように、内臓も潰したのだ。
それなのに、獣族の傷が、治っていく。
千切れかけた耳はつながり、指が生え、折った脚が瞬く間に治っていく。
「ふざけるでないっ……」
それなのに、獣の傷が、治っていく。
千切れかけた耳はつながり、指が生え、折れた脚が、一瞬で真っ直ぐに。
顔色が、良くなっていく。
村に来た獣族を捕らえ、徹底的に痛め付けては、村人達の前で処刑する。
何度も繰り返した。
何度も何度も繰り返した。
二度とあの惨劇を、繰り返さぬ為に。
「っ、ふざけるなああああああっ! 何故今更になって、それも獣族に対してっ、奇跡をお示しになられたのだっ!!」
私の妻にっ、子にっ、奇跡を示さなかったにも関わらずっ、何なのだこれはっ!!
このような事は、あってはならぬ。
忌まわしき獣族に、奇跡なぞ不要だ。
「あの首、叩き斬ってやるわっ!」
壇上から飛び降り、剣を抜き放ち、涙を流す男と、それに抱き締められた獣族へと、足早に近付いて行く──筈だった。
獣族を抱き締める男の目が、私を射抜き、背筋に得体の知れない怖気が走り、自然と足を止めてしまった。
獣を抱くその男が、ゆっくりと立ち上がる。
これは、今までに感じた事のない、若き日の戦場ですら霞む程の、人ではない圧。
今動けば──『死』が待っている。
全身から汗が噴き出し、膝が震え、身体が凍ったかの様に、動かなくなった。
それは、本能から来る。恐怖であろうか。
私の目の前には、魔物すらをも遥かに凌駕する、狂気の様相をした、ある種の化物が、存在していた。




