馬車
ショアはリアとの食事を終え、店を出た。
外へ出ると、少し離れた場所にアシュさんの姿が見えた。
誰かと話している。
「アシュさん」
僕は満面の笑みで声をかけた。
けれど、アシュさんは振り向かない。
「…聞こえなかったのかな?」
僕はもう一度、少しだけ声を張った。
「アシュさん!」
僕はもう一度声を張り名前を呼ぶ、彼女は周囲をキョロキョロと確認し僕と目が合う。穏やかな笑みを浮かべ彼女が僕の元に来た。
「まあ、ショアくん」
アシュさんは、何事もなかったかのように僕のところへ歩いてくる。
「どうなさいましたの?」
「ご飯を食べ終えたんですよ」
「そうでしたわねウフフ...」
彼女が笑う。
今日の彼女も、この世で一番美しい。
…いや。
前にも、こんな気持ちになったことがある気がする。
誰かと一緒に歩いて、楽しくて、安心して。
けれど、その「誰か」の顔が思い出せない。
「…誰だったんだろう」
僕が小さく呟く。
「何かおっしゃいました?」
「いえ、何でもないです!」
僕は慌てて笑った。
アシュさんとリアと三人で歩く。それが妙に楽しかった。
まるで、昔からこうしていたような...?
そんな気がした。
歩いている途中、僕が何度もアシュさんを見ていると、彼女がこちらへ手を伸ばしてきた。
「ショアくん」
「はい?」
そのまま、僕の手を握る。
「!!」
温かい。
僕は思わず笑ってしまった。
嬉しい。
理由は分からない。
ただ、この人と手を繋いでいると安心する。
僕たちは帝都ザックへ向かう馬車を探すため、シウダの大通りを歩いていった。
しばらくすると、道の両側に出店が並んでいる場所へ出た。
僕の村にはなかった光景で、店の数は、両手で数えられるほど。
それでも、僕にとっては十分すぎるほど多かった。
「この野菜は新鮮だよ〜!」
「綺麗な服もあるよ〜!」
「お母さん、これがいい!」
「ええ、良いわよ」
「人族の街って、もっと発展してなかったか?」
「そうだな…」
「ガラガラガラガラ…」
荷車が横を通り過ぎていく。大声で客を呼び込む商人。
荷車を引く人に親子連れ。深くフードを被り、二人並んで歩く人。
さらには、道端に横になっている人。
様々な人間が、僕の知らない世界を作っていた。
僕は周囲を見回しながら歩き、馬車の停留所に着く。
そんな中、少し離れたところでリアが足を止めているのが見えた。いつの間にいなかったのだろう。
リアが、見知らぬ男性と話している。
何を話しているんだろう。
男性が何かを言うと、リアは小さく頷いた。
そして、深く頭を下げる。
まあ、いいか。僕はもう、その光景を見ても何も疑問に思わなくなっていた。
「ショアくん」
「はい!」
彼女に呼ばれ声の方に振り向く。
目の前には一台の馬車が見えた。
シウダまで乗ってきたものと、よく似ている。
御者の顔を見て、僕は首を傾げた。
「…あれ?」
この人。
シウダまで乗せてくれた御者さんと同じ人じゃないか?
「アシュさん。この馬車、同じ人ですよね?」
「ええ。そうですわ」
アシュさんは何でもないことのように答えた。
「帝都へ行く馬車の中では、これが一番安いですの」
「そうなんですか」
アシュさんが言うなら、間違いないのだろう。
僕はそう思った。
けれど、なぜか僕はリアのことが気になり振り向く。
リアは男性との話を終えたようだった。
こちらへ戻ってくる…と思った。
けれど、
リアは僕たちとは反対側へ駆け出す。
「リア?」
アシュさんが僕の手を離した。
次の瞬間。
「…!」
素早い。
アシュさんはリアの肩を掴んでいた。
「どうなさったの?」
リアは何も答えない。
ただ、僕のことを見ている。
その顔が、ほんの一瞬だけ強張ったように見えた。
けれど、僕にはよく分からなかった。
「リア、早く行こうよ!」
僕は満面の笑みでリアへ声をかける。
リアはこちらを見る。
そして。
僕には、いつものように笑ったように見えた。
「うん…」
「よし!」
僕は先に馬車へ乗り込んだ。
その直後、アシュさんも何事もなかったように乗り込んできた。
素早いなぁ、アシュさん。僕は感心した。
そして、そんな彼女を誇らしく思う。
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僕はアシュさんと手を繋ぎながら、馬車に揺られていた。
向かい側に座っているリアは、ずっと顔を下へ向けている。
それよりも。
この前は、荷馬車からの景色をあまり見れなかったから今日は目に焼き付けるぞ。気合いを入れる
知らない景色。
知らない道。
知らない建物。
全部、僕にとっては初めて見るものだ。
鼻息が自然と荒くなる。
「ふん…ふん…」
隣から声がした。
「ショアくん」
「はい?」
「どうしてそんなに鼻息が荒いのですわ?」
僕は外を見たまま答える。
「初めて見るからです!」
「へぇ」
「目に焼き付けておくんです!」
「あら、そう」
少し素っ気ない返事だった。
「ガダガタガタガタ...」
馬車は進み続ける。
やがて、空が赤く染まり始めた。夕暮れだ。
昼間は明るかった草原も、少しずつ暗くなっていく。
そして、見渡しの良い草原で馬車が止まった。
僕は首を傾げる。
御者が御者台から降りた。
そして、僕たちからかなり離れた場所へ歩いていく。
「どこへ行くんだろう?」
僕は御者の背中を見る。
「…まあ、すぐ戻ってくるよね」
深く考えることはなかった。
馬車の中にはアシュさんとリアがいる。
それだけで、なぜか安心していた。
「ふぁ〜」
大きな欠伸が出た。
「なんだか眠くなってきたな…」
僕は床板に横になる。アシュさんがこちらを見ている。
「ショアくん」
「…はい?」
「少しお休みになってくださいな」
「…うん」
そのまま、僕の意識は暗闇へ沈んでいった。
「ショア…」
誰かの声がする。
「ショア…起きて…」
聞き慣れた声。
けれど、僕は目を開けられなかった。
「ショア…!」
そして。
意識が途切れた。
「…朝?」
目を開ける。
眩しい。
朝日が直接、目に入ってくる。
「…うっ」
頭が重い。
体も、まるで鉛が入っているようにだるかった。
昨日まで感じたことのない疲労感だ。
「…おはようございます」
自分でも驚くほど、生気のない声が出た。隣にいたアシュさんが振り向く。
「ショアくん…?」
彼女の表情が心配そうに変わった。
「大丈夫ですの?」
「…はい」
「十分に休息が取れていないのではありませんこと?」
アシュさんは僕の顔を覗き込む。
「でしたら、もう一泊しても…」
「ありがとうございます」
僕はその言葉を遮るように答えた。
「でも、大丈夫です。帝都まで頑張ります」
「…」
アシュさんは僕を見つめる。
そして、穏やかに微笑んだ。
「そうですわね」
その笑顔を見るだけで、少しだけ気持ちが楽になる。
「では、お互い頑張りましょう」
「はい」
僕は頷いた。
それから、僕たちは再び馬車に揺られた。
体は重く、頭もぼんやりする。
それでも、隣にはアシュさんがいる。
僕はその手を握った。
アシュさんも、握り返してくれた。
それだけで、不思議と頑張れた。
そして。
長い時間、馬車に揺られた先。
夕暮れになった頃。
「あれか?」
僕は思わず声を漏らす。
遠くに、大きな壁と門が見えた。
「あれが…帝都?」
僕は身を乗り出した。
近づくにつれて、その大きさがはっきりと分かってくる。シウダとは比べ物にならない。
「…大きい」
思わず声が漏れ続ける。
帝都ザック。
僕がこれから暮らすかもしれない場所。
馬車が門へ近づいていく。
シウダの門とは違う。
門の周囲には、何人もの兵士が並んでいる。
その数だけでも、僕は圧倒された。
どうやら、シウダの門番所とは少し勝手が違うらしい。御者の人が短剣を掲げる
「ザックへようこそ。」
門番兵が荷馬車へ視線を向ける。
そして。
アシュさんを見た瞬間。
その顔が変わった。
目を見開く。
「...ライラ様」
「...?」
僕は首を傾げアシュさんを見る。
アシュさんの足が、ほんの一瞬だけ止まった。
「ライラ…?」
聞き慣れない名前だった。
僕を見上げて見ていると、アシュさんがこちらに視線を
向けた。
「ショアくん」
「はい?」
「少々、こちらでお待ちになって」
「え?」
アシュさんは僕の返事を待たず、門番兵の方へ歩いていった。
二人の距離が近づく。何を話しているんだろう。
僕には聞こえない。
けれど、門番兵の顔はみるみる青ざめていった。
何度も頭を下げ、何度も頷いている。
一方のアシュさんは、いつもの穏やかな笑顔だった。
しばらくして。
アシュさんがこちらへ戻ってくる。
「お待たせしましたわ」
「何だったんですか?」
「たいしたことではありませんわ」
「そうですか」
僕は少しだけ気になった。
けれど、アシュさんがそう言うなら、きっと本当にたいしたことではないのだろう。
僕は再び帝都へ視線を向ける。
大きな門。たくさんの兵士。
その向こうに広がる、僕の知らない世界。
「すごい!」
僕は目を輝かせた。
その横で。
アシュさんは、何事もなかったように微笑んでいた。




