街(シウダ)
「ガタガタガタ…ガタガタガタ…ガタガタガタ……」
馬車は舗装されていない道を進んでいた。
車輪が石や凹凸を踏むたびに、車体が大きく揺れる。
「うわっ」
僕は反射的に隣へ手を伸ばした。
隣に座っているリアが、馬車から落ちそうになっていたからだ。
リアの腕を僕の肩に回し、僕もリアの肩に腕を回していた。二人で寄り添うような格好になりながら、なんとか揺れに耐えていた。
その斜め向かいでは、アシュさんが小山座りをしながら、じっと僕のことを眺めていた。
リアの様子を窺っていると、口がピク、ピク、と僅かながら動き始めた。
少しずつだが、意識が戻ってきているように見える。
安堵するとともに、
「長くないか、リアの金縛り」
僕が心配そうにリアを見ていると、
「ショアくん」
向かい側から声がした。
顔を上げる。
そこには、膝を抱えるようにして座りながら、じっと僕を見つめているアシュさんがいた。
「リアは私が面倒を見ますわ」
「え?」
「こう見えても、わたくし、回復魔法が使えますの」
「回復魔法...?」
僕は思わず目を見開いた。
魔法と言えば、火や風を飛ばしたりするものだと思っていた。
それなのに、怪我や状態異常まで治せる人がいるらしい。
「す、凄い……」
思わず声が漏れる。
確か、魔法には状態魔法を使える人もいると聞いたことがある。
ローブも高そうだし、杖はよく分からないが、僕たちよりずっと落ち着いた話し方。
もしかすると、かなり偉い人なのかもしれない。
『誰ですか?』なんて聞いて、不敬罪にでもなったら大変だ。
僕は余計なことを聞かないことにした。
それにしても...。
アシュさんは、どうして僕たちが馬車に乗ることを知っていたんだろう。
僕たちは馬車を待っているなんて、言っていないはずだ。
リアが話したのだろうか。
それとも、カイの知り合い?
もしかしたら親戚なのかもしれない。
あるいは、見知らぬ人に手を差し伸べる優しい人なのか。
考えていると、リアの指がまた僅かに動いた。
「...」
「...?」
口も動いている。
「リア?」
リアは何かを言おうとしているようだった。
けれど、声にならない。
「...#」
やっぱり、まだ喋れないらしい。
「もう少しだな」
僕が安心していると、アシュさんが僕の腕をそっと掴んだ。
...いや。
そっとではない。
半ば強引に、リアから僕の腕を引き離した。
「ショアくん」
「はい?」
「シウダには夕方ごろ到着しますわ」
アシュさんは、にこりと笑った。
「それまで少しお休みになられてはいかが?」
「でも、リアが...」
「大丈夫ですわ。わたくしが見ておりますもの」
そう言って、アシュさんはリアを自分の隣へ寄せる。
そしてショアに対し
「ほらぁ...さあさあ。遠慮なさらず」
「でも...」
僕はリアを見る。リアも僕を見ている。
何か言いたそうな目をしていた。
けれど、僕にはその意味が分からなかった。
「...分かりました」
僕はアシュさんの言葉に甘えることにした。
ここ数日は成人の儀やら何やらで、ずっと気を張っていた。眠気もかなり強い。
僕は馬車の床へ横になった。
「ありがとうございます、アシュさん」
「ええ。ゆっくりお休みなさい」
その声を聞いた瞬間だった。急に、眠気が強くなった。
「...あれ?」
さっきまで普通に喋っていたのに。
頭が重い。考えがまとまらない。
「...疲れてたのかな」
僕は目を閉じた。
馬車の揺れが、一定のリズムで体を揺らしていく。
「ガタガタガタ...」
「ガタガタ......パキッ」
「ガタガタ……パキッ……ガタゴッ」
意識が薄れていく。
その中で僕は、馬車の音とは別の音を聞いた。
パキッ。
小枝が折れるような音。
「……?」
何の音だろう。
そう思ったところで、僕の意識は途切れた。
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「ショア! ……起きて、ショア! 着いたよ!」
聞き慣れた声がする。
「…ん」
僕はゆっくりと目を開けた。外はすっかり暗くなっていた。
けれど、真っ暗というわけではない。
門番兵が持っている松明の明かりが見える。
どうやら、僕が眠っている間に馬車はシウダへ到着したらしい。
門番兵の持っている松明の灯りが見える。
「……シウダ?」
どうやら、僕が眠っている間に到着したらしい。
体を起こす。
硬い床板の上で寝ていたはずなのに、体のどこにも痛みがない。
それどころか、眠気も綺麗さっぱり消えていた。
さすが十五歳。
どこでも寝られるし、どこでも回復する。
僕は床板に両膝をついた。
目の前にはリアがいる。
「ショア、やっと起きた…」
リアは僕を見下ろしていた。
その姿を見て、僕は少しだけ懐かしい気持ちになった。
大人しくなったな。
村で僕が寝坊したときなんて、家まで来て、
「ショア! 起きて!」
と、両手で僕の体をガシ! ガシ! と揺さぶっていたのに。…あれは本当に痛かった。
そんなことを思い出していると、僕はリアの顔に違和感を覚えた。
目が赤い。
そして、少し腫れている。
「な…!!何があったの!?」
僕の必死の問いかけに対し、リアは視線を背け、
「そ…それは...。故郷の事を思い出してね」
「…ああ」
僕も、さっき少しだけ故郷のことを思い出していた。
ここから、翌朝帝都へ向かい。もう、村にいた頃とは違う。そう考えると、少し寂しい。
「リアも同じだったんだな」
僕は勝手に納得した。
けれど...
その時、別の違和感に気づいた。
「…あれ?」
リアの顔が近い。近すぎる。
それに、後頭部には柔らかくて暖かい感触がある。
「…?」
僕は恐る恐る顔を動かした。誰かがいる。
リアではない。
「…誰?」
僕は反射的に飛び起きた。
手を後ろで組んでいるリアは反射的に後退りする。
そして、僕が頭を預けていた人物も目を見開いた。
「……え?」
見覚えのある顔。
「アシュ……さん?」
ほっと胸を撫で下ろす。
なんだ。
アシュさんだった。
顔を逆から見ていたから、知らない人に見えただけらしい。
「き、急にどうなされたの?」
アシュさんが困惑した表情を浮かべる。
「い、いえ……何でもないです!」
不審者かと思いました。なんて言えるわけがない。それにしても…。
僕はアシュさんの胸を枕にして眠っていたらしい。
思い出す。柔らかかった。暖かかった。
「…」
顔が熱くなる。僕は変態じゃない。本当だ。
ただ、思い出してしまっただけだ。
「…」
心臓が妙に速い。
「キスしてないから赤ちゃんが生まれるわけじゃない」
なぜか、内心そんなことを考えてしまった。自分でも意味が分からない。
「……僕、何考えてるんだ」
その時、
「ちょっと! お客さん!」
大声が響いた。
「いい加減、降りてくれないか!」
いきなりの怒号に再び心臓が高鳴る。
声の方に顔を向けると、御者をしていた男性が、シウダに着いたにもかかわらず馬車から降りようとしない僕たちを見て、苛立った様子で声を上げていた。
「す、すみません」
御者だった。
シウダへ到着したのに、僕たちがいつまでも馬車から降りないので苛立っているらしい。
「あ、す、すみません!」
僕は慌てて飛び降りた。
アシュさんは床板を掴み、ゆっくりと片足ずつ降りる。
その動作は妙に優雅だった。
そしてリアは。
僕を見るなり手を後ろで組み、そのまま僕目掛けて飛び降りてきた。
...期待した僕が馬鹿だった。
僕たちは御者に急かされるように馬車から降り、シウダの門へ向かった。
急かされるようにショアとリアは門番の兵士に身分証を提示した。
御者は短剣を見せている。
そこで、僕はふと疑問に思う。
アレ、運賃払ったけ?
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僕は門を見上げた。
「……大きい」
シウダの門は、僕の村には存在しないほど大きかった。
金属製の網目状の門。上部には滑車があり、鎖が地面まで伸びている。黒ずんだ部分。錆。何度も使われたような傷。
何人もの人間で引っ張って動かすための構造らしい。
街の周囲には石を積み上げた塀が続いている。
ところどころ石が崩れ、穴が空いている。
「これが…街」
僕は思わず見入ってしまった。村にはなかったものばかりだ。
…そういえば。
僕の村にも門番はいた。
主な仕事は、
「ようこそ! リコへ!」
と、身分証も確認せずに歓迎することだったけど。
「ソレッ!….ソレッ!…」
「ジャラジャラ…ジャラジャラ…」
門番兵たちが声を合わせる。
大きな門が、ゆっくりと上がっていく。
「すごい……」
僕はその光景に目を奪われた。
そして、ふと思う。
「……あれ?」
僕はアシュさんを見る。
「アシュさん、身分証見せてたよな」
僕たちより先に確認されていた。
もしかして、さっきの門番さん。
僕たちの身分証だけ見て、アシュさんを確認するのを忘れたんじゃ……。
「……まあ、いいか」
僕は深く考えないことにした。
門を抜ける。
その瞬間。僕の目の前に、初めて見る街並みが広がった。
「…!」
道は土でできている。
それでも、僕の村とは比べ物にならないほど広い。
左右には木材やレンガで作られた建物が並んでいる。
遠くまで続いていて、先が見えない。
「…すごい」
建物の中からは笑い声が聞こえる。
「おい! 何やってるんだ!」
怒鳴り声も聞こえる。飲食店らしき店もある。
通行人は松明を持って歩いている。
村とは、まるで別世界だった。
門の外から見ていた時とは違う。
実際に中へ入ってみると、街の空気そのものが違って感じられる。
僕が街並みに夢中になっていると、
「ショアくん」
アシュさんが僕の右肩へ手を回した。
「え?」
身体が密着する。
胸が当たった。
馬車の中でのことを思い出して、僕の顔が一気に熱くなる。
「……」
アシュさんを見上げる。
ニコニコしている。
綺麗だ。
…今日会ったばかりなのに。
「……距離、近くない?」
そう思う。けれど、嫌ではない。
だから振り払うこともしなかった。
僕はふと、リアのことを思い出した。
「リアは…?」
アシュさんが左側にいるせいで、左側が見えない。顔を少し右へ向ける。
「…あれ?」
リアが少し離れたところを歩いている。
いや。
歩いていない。
民家の前で立ち止まっている。
「リア?」
僕は声を掛けようとした。
けれど、
「ショアくん」
アシュさんに呼ばれた。
僕はそちらを向いてしまった。
「はい?」
アシュさんは何も言わず、笑っている。
「…」
リアの様子が少し気になった。
でも、きっと付いてくるだろう。
僕はそう思って、アシュさんと歩く。
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「結構歩いたな……」
僕は少し疲れていた。
アシュさんと密着したまま歩いているせいで、緊張もしている。
「アシュさん、どこへ向かっているんですか?」
「もう少しですわ」
それだけだった。やがてアシュさんが立ち止まる。
「着きましてよ!」
目の前には木造の宿があった。太い古木を使った柱。
長い年月を感じさせる建物。
「ここはシウダで一番人気の宿ですわ」
「…」
僕は宿を見た。そして顔を曇らせる。
アシュさんの表情が変わった。
「お、お気に召しませんこと?」
今にも泣きそうな顔をしている。
「ち、違います!」
僕は慌てた。
「僕、宿に泊まるようなお金を持っていないんです!」
「…ああ」
アシュさんは一瞬ぽかんとした。
そして、安心したように微笑む。
「その心配をしていたのですね」
「え?」
「ご安心くださいませ。宿泊費は、わたくしが出しますわ」
「……!」
僕の目が輝いた。
「本当ですか!?」
「ええ。それに」
アシュさんは続ける。
「夕食代も出しますわ」
「夕食…!」
僕の目がさらに輝いた。
「隣に食事処がありますのよ」
アシュさんが楽しそうに笑う。
「歩いている時、食事処があるたびに目で追っていましたでしょう?」
「…」
見られていた。恥ずかしい。
でも、夕食。
「…食べたい」
思わず呟いてしまった。
アシュさんは口元へ手を添え、
「ウフフ……」
と静かに笑った。
僕は、その笑顔に見惚れてしまった。
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アシュさんに手を引かれ、宿に併設された食事処へ入る。僕とアシュさんは向かい合わせに座った。
初めて入る食事処。
周りには知らない人がたくさんいて、少し緊張する。けれど、アシュさんが穏やかに笑っていると、不思議と安心した。
宿代だけではなく食事代も出してくれるなんて、もしや女神なのかな...
僕は本気でそう思った。
そして、料理を待っている間に周囲を見回す。
ブラウン色の髪が見えた。
そうだ、リアはどこに行ったのだろうか。
そういえばリアも同じブラウンの髪色だったな。
薄暗く見えなかったので確証は無いが、リアだとして何をしていたのだろうか。
「リアはどこに行ったんだろう?」
僕が呟く。
その瞬間、アシュさんが店員へ手招きした。
メニューを見ながら注文する。
そして最後に、店員へ何かを耳打ちした。
店員も何かを耳打ちし返す。
「…?」
僕には何を話しているのか分からない。
店員が店の奥へ消える。
一連の流れが終わった後、彼女はやや不機嫌だった。
「えっと…」
何と話せば良いか考え兼ねていると、
「ショアくん、お料理僭越ながら指示いたしましたがよろしくて?」
アシュは表情を変え穏やかな笑みで話す。
「あぁ…」
言葉に詰まっていると、彼女は少し考え、
「心配ありませんわ」
「え?」
「リアはこちらへ向かっていますもの」
「……え?」
僕は目を瞬いた。
どうして分かるんだろう。
店員さんに聞いたのかな。
シウダの食事処には、人探しをしてくれるサービスまであるのだろうか。
僕が首を傾げていると、しばらくして店の扉が開いた。
「……」
リアだった。
けれど、元気がない。
「だ、大丈夫だよ」
僕は小声で話しかける。
「お金なら、アシュさんが出してくれるって」
リアは答えない。
ただ、強張った顔でアシュさんを見ていた。
「……?」
僕には、その意味が分からなかった。
やがて料理が運ばれてくる。
シチュー。
ふわふわのパン。
肉団子。
サラダ。
どれも、僕が見たことのない料理ばかりだった。
「……すごい」
僕は思わず両手を組んだ。
「神様、ありがとうございます」
目を閉じて祈る。
目の前の料理を食べられること。
そして、こんな場所へ連れてきてもらえたこと。
僕は本当に嬉しかった。
ナイフの扱いには苦戦した。
何度も料理を切ろうとして、うまくいかない。
そのたびにアシュさんが微笑ましそうに見てくる。
「ふふ…」
「…」
恥ずかしい。
一方、リアはというと。
「…」
カチャ。
ナイフを落とした。
また拾う。
カチャ。
また落とす。
僕は思った。
リア、今日どうしたんだろう。いつものリアじゃない。
けれど、料理が美味しい。
僕は気にせず食べ続けた。
「美味かったですね!」
食事を終えると、僕は満面の笑みを浮かべた。
多分、尻尾があったらブンブン振っていたと思う。
「そ、そうですわね……オホホ」
アシュさんが笑う。
いつもの穏やかな笑顔。
…なのに。
ほんの僅かだけ。何かがおかしい気がした。
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食事を終え、三人で宿の二階へ向かった。
「こちらがショアくんのお部屋ですわ」
「ありがとうございます」
僕は扉の取手を掴む。
「カチャン」
扉が開いた。
「カタン」
「?」
鍵が空いた時とは違う音が鳴った。
僕は音の方に顔を向けソレを凝視する。
「…鍵が壊れてる」
「あらあら〜大変ですわ〜」
すぐ後ろを付いてきていた彼女が何故か嬉しそうな声色をしている。僕は人の不幸を喜べる人だったのかと少しショックを受けた。
「と、取り敢えず亭主さんに伝えないと」
階段へ目を向ける。
すると、
「ご安心なさい」
アシュさんが言った。
「わたくし、結界魔法が使えますの」
「結界魔法!?」
僕は思わず振り返った。
僕の知識では、結界魔法は魔術師では扱えない。
それ以上の力が必要だったはずだ。
「……アシュさんって、何者なんだ?」
僕は初めて、彼女に対して少しだけ畏怖を覚えた。
アシュさんは壊れた鍵には触れず、扉を閉める。口を動かしながら扉を見つめていた。
リアも一緒に見ていた。
「さあ、これで安心してくださいませ」
アシュさんが扉を開ける。
僕は中へ入った。
「…?」
そして、扉を閉める。
「中から引いてくださいな」
言われるまま取手を引く。
「…!」
動かない。
びくともしない。
「これなら、誰も開けられませんわ」
アシュさんは自信満々だった。
「すごい…」
僕は感心した。その瞬間だった。
「ふぁ…」
急に欠伸が出た。
「…眠い」
体から力が抜ける。
「…?」
何かがおかしい。
さっきまで普通だったのに。
どうしてこんなに眠いんだ?
「…」
考えようとする。でも、頭が動かない。
「おかしい…気が…」
僕はその場に倒れた。
意識が、深いところへ沈んでいく。
その疑問を考える間もなく、ショアの意識は深い眠りへと沈んでいった。
「…ん」
僕はフカフカのベッドの上で目を覚ました。
「?」
上半身を起こす。
窓から朝日が差し込んでいる。
「昨日…僕、ベッドに入ったっけ?」
記憶が曖昧だった。でも、昨日は初めてのことが多かった。疲れていたのだろう。僕はそう自分を納得させた。
そして、ふと気づく。
「…臭い」
部屋の匂いが、故郷の部屋より強い。
何の匂いだろう。まあ良いか
僕は部屋を出て、隣の部屋へ向かう。
「コン、コン」
ショアがノックする。
しばらして、中から返事と共に鍵の開く音が聞こえる。
「はーい、ガチャン」
扉が開く。
「朝早いのですね」
アシュが目を擦りながらショアに視線を合わせる。今にも欠伸が出そうだった。
「おはようございます」
アシュさんが目を擦りながら顔を出した。
「朝早いのですね…」
「おはよう、アシュさん」
眠そうな顔。
いつもの優雅な姿とは少し違う。
「…朝、苦手なのかな」
そんな姿さえ綺麗に見えた。
僕が見惚れていると、アシュさんはそれに気づいたようだった。
「ウフフ…」
口元へ手を添える。
僕は赤くなり、視線を逸らした。
その時。
部屋の奥にいる人物が目に入った。
「リ、リアはまだ寝てるんですね」
ショアが話すと、彼女はやや不機嫌な顔をする。
珍しいな。
リアがまだ寝てるなんて。故郷では朝は苦手ではなかったはずだが。
「リア、リア起きて」
肩を軽く揺する。
「起きて」
反応がない。
「リア?」
もう一度揺する。
「ギシ…ギシ…」
体だけが揺れる。頭が遅れて揺れる。
「…」
僕の表情が固まった。
「…おかしい」
リアは目を覚まさない。
「アシュさん…」
僕は振り返る。
得体の知れない恐怖が、胸の奥から込み上げてきた。
「ショアくん」
アシュさんが僕の顔へ手を添える。
「大丈夫ですわ」
その瞳が。
白く輝いた。
「お眠りになっているだけですもの」
僕はリアの口元へ耳を近づける。
「……スゥ」
小さな寝息。
「…ほんとだ」
僕は安堵した
「そうですね」
アシュさんが微笑む。
その瞳から目が離せない。ずっと見ていたい。
そんな気持ちになった。
「ウフフ…」
彼女が笑う。
やっぱり、この人の笑顔が一番好きだ。
僕はリアの隣に置き手紙だけを残し、アシュさんと部屋を出た。
でも。
なぜだろうか。
僕には、今のアシュさんが。
初めて心の底から笑っているように見えた。
アシュは目を細め口元へ手を添えて静かに笑う。しばらくの間、笑いは止まらなかった。
「さあ、ショアくん」
私は振り返り、彼へ手を差し出す。
ショアは迷うことなく、その手を握った。
幸せで、心が満たされているような表情の笑顔を私に向けてくる。
試しに指を絡める。すると恍惚な表情を見せた。
面白い。
私は思わず笑った。
ショアは、リアのことなど頭の片隅からすっかり抜け落ちている。
私は、彼が何を考えているのか分からないが、どうせろくなことを考えていないだろう。そんな、アホ面をする彼と手を繋ぎながら、昨日と同じ食事処へ向かった。
店内へ入り、昨日と同じように向かい合わせで座る。
本当は隣に座りたかった。もっと手を繋いでいたかった。けれど、仕方がない。
テーブルの上には水、サラダ、不味そうな食パンが並ぶ。
私は周囲を見回した。他の客も同じものを食べている。
どうやら朝食は決まっているらしい。少しだけ不満だった。
けれど、それを顔には出さなように気をつける。
その時、彼は目を閉じて両手の指を絡めて祈り始めていた
「大切な人と頂ける食事に感謝申し上げます」
大切な人。
その言葉に、私は少しだけ気分が良くなった。
ショアはパンを頬張る。昨日の夕食ほどではないが、
それでも美味しいらしい。
サラダも食べる。
そして。
誰も取らないというのに、急いで食べている。
私は思わず口にしてしまった。
「犬ね」
彼はすぐさま視線を向けてくる。
私も慌てて蔑んだ視線を変え、目を細め穏やかな笑みを浮かべる。
「ウフフ…」
ショアは一瞬だけ何かを感じ取ったようだった。
けれど、すぐにその感覚を捨てた。
そう。
彼はもう、私のことを疑うことができない。
何だ?彼女から貶されたような気がしたが、あの穏やかな笑みをする彼女が僕を貶すような言葉、視線はしないはずだ。
ショアは朝食を食べ終わる。
「わたくしの分も食べなさい」
アシュに促され、一口も手をつけていないパンを戸惑いながら貰う。
「い、良いんですか」
私は手をつけていないパンを彼へ差し出した。
「い、いいんですか?」
「ええ」
ショアは嬉しそうにパンを受け取る。
そして、一心不乱に食べ始めた。
「…ふふ」
私は席を立つ。
「少し外の景色を眺めてきますわ」
そう言い残し、店の外へ出る。
扉が閉まる。
そして、しばらくして。
店内に残ったショアの背後から、人の気配がした。
「…」
リアが警戒した表情で周囲を隈なく見回し、近づく。
「おはよう、リア」
ショアは笑った。
「随分と寝ていたね」
リアは答えない。
代わりに、羽ペンを握る。痛む手に力を込める。
何度も書き直した。
震える手で、ようやく完成させた紙をショアへ差し出す。
ショアが紙を見る。
そこには。
『アイツは今どこに居る…?』
と、書かれていた。
このオレ!カイ様!が居ればこのお姉さんに体ごと包み込まれたかもしれないのに!!!ショア羨ましい...リアはオレ!の記憶ではもう成長しないはずだが...流石ショア




