僕とリアの貯金生活
翌日...
僕とリアは、いつも通り冒険者ギルドへ向かう。
昨日の運搬依頼のことは、まだ少し気になっている。
でも、考えても答えは出ない。
あの依頼のおかげで、手持ちのお金にはかなり余裕ができた。これで、僕の貯金は三十枚。あと九十枚必要になる。
村に帰って、カイも連れてくることを考えたら、このくらいは必要だ。
「ねえ、リア。今、いくら持ってる?」
「私は、ゼロ枚よ」
「...え?」
僕は思わず立ち止まった。
そして、分かりやすく肩を落とす。
「ジルさんに武器や防具を買ってもらったときも、お金なかったよね...リア」
「そうね」
「じゃあ、今まで何に使ったの?」
「色々よ」
「色々って...」
僕はため息をついた。
どうやら、僕だけがお金を貯めていたらしい。
いや、僕も大根を買ったりしているから、人のことは言えないけど。
「でも、これからはちゃんと貯めないとね」
「そうね」
僕たちは顔を見合わせる。村に帰るため。
そして、カイを迎えに行くために。
今日から僕たちの貯金生活が始まった。
僕は真剣な表情でリアの肩を掴み、真正面から向き合う。リアは突然のことに戸惑ったように目を見開き、頬をほんのり赤くしている。
でも、僕はそんなことには気づかず、話を続けた。
「リア!ドブさらいをやろう」
「え...」
リアは露骨に嫌な顔をする。
次の瞬間、ぐいっと僕の胸を押した。
「うわっ!」
僕はバランスを崩し、そのまま数歩後ろへよろめく。
「な、何するの!?」
リアは頬を赤くしたまま、少し怒ったような顔で僕を見る。
「か、勘違いさせるようなこと、他の子にはしちゃダメよ、ショア...」
「...? 何を勘違いしたの?」
リアは答えず、顔を赤くしたまま俯いた。
僕は無視して続ける
「リア、ドブさらいしないとお金は稼げないよ」
何故、僕が頑なにドブさらいを薦めるのかと言うと他の仕事よりも危険度も低く、やれば確実に銅貨25枚稼げる素晴らしい仕事だった。
ドブさらいは冒険者の命綱であり、生命線。
今まで、やらなかったのはリアがやりたがらなかったから
「リアお金を貯めるにはこれしかない」
もう一度、僕は真剣な表情でリアの肩を掴む。
「う、うん...」
リアは頬を赤く染めながら、嬉しそうに頷いた。どうやら、やる気になってくれたみたいだ。
僕たちは掲示板からドブさらいの依頼書を取る。
「く、臭い...」
「リア、大丈夫?」
「大丈夫...」
「顔色悪いよ?」
「大丈夫って言ってるでしょ...」
リアが真っ青で答える。この臭いを嗅いでいたら体調も悪くなるのも分かる。
やってみると、予想以上に臭い。そして体力仕事だった。リアのためにも、早く終わらせよう。
終わったあと、二人とも泥だらけだった。
ギルドから銅貨25枚を受け取る。
ショアが、
「やった!25枚!」
リアも笑う。
「...意外と嬉しいものね」
受付嬢は鼻を摘み嫌そうな顔を向けながら話す。
「あなた達、何故、この依頼を受けようと?」
「僕たち、お金が必要なんです」
「あっそう...なら教会で無料でご飯を食べれますよ」
「...え?」
僕とリアは顔を見合わせた。
「無料...?」
「はい。冒険者なら利用できますよ」
僕はしばらく黙り込んだ。
ヨハネさんは村に帰るための馬車も出してくれるって言っていた。
だったら、今まで必死にお金を稼いでいたのは...。
いや、どちらにしろカイを連れて帝都まで来るには最低でも九十枚は必要だ。
だから、無駄ではない。
「...リア」
「なに?」
「一度教会に行ってみよう」
「え?」
「ご飯が無料なら、その分のお金を貯金できるよ」
リアは困惑しながら答える。
「ショア、教会に甘え過ぎじゃない」
「まあ、そうだね...」
僕も少し考える。
確かに、何でもかんでも教会に頼るのはよくないかもしれない。
でも...
「それでも、無料なんだよ?」
「……」
リアが黙る。
「馬車を無料にしてもらうよりは良いんじゃないかな?」
「...それはそうね」
リアは少し考えたあと、ため息をついた。
「分かったわ。一度だけ行ってみましょう」
「やった!」
こうして僕たちは、泥を洗い流し教会へ向かうことになった。
教会に入り、神父に案内された扉を開けると、白い壁に囲まれた広い空間が広がっていた。
高い天井から差し込む光が床を照らしていて、何人かの人が静かに祈っていた。
「ここで本当にご飯が食べられるの?」
「たぶんね」
リアと話しながら辺りを見回していると、先程の神父が話しかけてきた。
「遠慮せず食べてください。冒険者の方も利用できますから」
木製の長机がいくつも並んでいて、貧しい格好をした人たちが何人も座っている。
僕たちも空いている席に腰掛けた。
神父やシスターが順番に料理を配る
出てきたのは、パンとスープ、それに肉と野菜だった。
かなり量があるので思わず聞いてしまう。
「無料なのにこんなに食べていいんですか?」
シスターは優しく微笑み答える。
「もちろんです。我々も民には、できるだけ不自由してほしくありませんから」
「そうですか。では、いただきます」
一口食べてみる。
「...美味しい」
思わず声が出た。
「そう?」
リアも一口食べる。
「...本当ね」
食べ終え、お礼を言った。
「ごちそうさまです。本当に美味しかったです。ありがとうございました」
「いえいえ、お礼はいいですよ」
僕は教会出る直前に
「また来てもいいですか?」
神父が、
「もちろんです。困ったときは、いつでもいらしてください」
と笑顔で答える。
「リア、明日もここに来よう」
「えっ、もう決めたの?」
「だって無料だよ?」
「いや、ダメよ。いくら無料だからって、善意を利用するのはよくないわ」
「……」
「それに、私たち以外の人は、服装もかなり酷かったでしょ?」
「確かに...」
リアに言われて、僕はさっきの食堂を思い出す。
僕たち以外にいた人たちは、みんな古びた服を着ていた。
中には、僕たちよりずっと痩せている人もいた。
「そっか...」
僕は少し反省した。
教会は、お金のない人たちが生きていくために用意している場所なんだ。
僕たちは冒険者として働いて、お金を稼ぐことができる。
それなのに、ただ無料だからという理由で毎日食べに来るのは、少し違う気がした。
「じゃあ、明日からはちゃんと自分たちで稼ごう」
「そうね」
リアが笑う。
「でも、今日のご飯は美味しかったわね」
「うん!」
僕も笑った。
...それにしても、教会ってすごいな。
こんなに美味しいご飯を無料で食べさせてくれるなんて。
今は、お金に余裕が無いからできないけど、余裕が出てきたら必ず寄付しようと心に決めた。
そして、数日後...
「今日も薬草集めかぁ...」
掲示板に貼られた依頼を眺めながら、リアが呟く。
僕も掲示板を眺める。
「スライム一頭討伐、銅貨20枚か...」
僕たちはあれ以降ドブさらいの依頼を受けることはなかった。ドブって言葉を出すと露骨に嫌がるので仕方がない。当たり前だけど、無理強いをすることはない。
確かに、他人から迷惑そうな目で見られるので精神的ダメージは計り知れないし、自分自身も、二日間くらい鼻の奥にドブの臭いが残っていた。
そこで閃く。というか、僕一人で依頼こなせば良いんじゃないか。
「リア!僕が一人でドブさらいの依頼をこなすよ」
「えっ...」
リアの顔色が曇った。
けれど、すぐに拳をぎゅっと握ると、無理に笑顔を浮かべる。
「わ...私もやるわ。いや...一緒にやりましょショア!」
そんなショア達を素通りして、受付嬢が新たなクエストをボードに貼る。
僕は貼られたクエストを見た瞬間、目を見開く。
「コレだ!」
内容は、帝都から少し離れた場所にある、今は使われていない村の清掃依頼。
報酬は、銅貨40枚。
「銅貨40枚...!」
僕は依頼書を何度も確認する。
ドブさらいより15枚も多い。
しかも、帝都の外なら他の冒険者と依頼が被る心配もない。
「リア、これにしよう!しかも40枚だよ!」
「...ショア、絶対それだけで決めてるでしょ」
「うん!」
「...」
頼りにならないショアを置いてリアは冷静に依頼内容を受付嬢に確認する。
「内容は、地図に記された一区画に残っているゴミや不要な物の撤去です。建物の中にもありましたら入っていただいて構いません。終わったら報告してください」
「分かりました」
馬車に揺られ帝都から少し離れて、二人が村を見つける。
「あっ、見えてきたよ」
「...あれが依頼の村?」
「うん」
僕たちは村へ近づいていく。
でも、依頼書のとおり。
村なのに、人の姿がまったくない。
道には雑草が生え、ところどころ地面が崩れている。
木造の家もいくつか残っているが、窓は割れ、屋根が落ちているものもあり。中には、焼け焦げた家もあった。
かつて畑だったのだろう、雑草に覆われた土地も残っている。
「...誰もいないね」
「うん」
リアが辺りを見回す。
「本当に、ここに人が住んでたのかな...」
ここでショアが、
「住んでたんじゃない?」
「どうして?」
「だって、家があるし」
なんだか、僕の村と似てるなと、感じる。
でも、決定的に違うところもある。
それは...人がいない
リアも少し不安そうにするが、切り替え元気に話す。
「でも、依頼は清掃だから頑張りましょう!」
僕は依頼書を握り直した。
「銅貨40枚のために頑張ろう!」
「……ショアは本当にお金のことしか考えてないわね」
「だって40枚だよ?」
「はいはい」
僕は何気なく言った
「...なんで、みんないなくなったんだろう?」
リアは少し考えてから、首を傾げた。
「さあ...。別の場所に引っ越したのかもしれないわね」
「そうなのかな」
僕は辺りを見回す。
家は残っている。畑だった場所もある。やはり、人だけいない。
「不思議な村だね」
「考えても分からないわ。早く掃除を終わらせましょう」
「うん!」




