もう一人
あの後、受付のお姉さんにビビりながら聞いたんだっけ。
「すみません...今日、ギルドに来た人について聞きたいんですけど」
少し面倒そうに僕を見る。
「...何?」
「今日、ギルドに来た人のこと覚えていますか?」
「それを聞いてどうするんですか?」
「えっと...」
僕はジルさんから聞いた話を説明した。
少女とその母親。
薬草採取の依頼を受けに来た冒険者。
そして、もう一人。
「...そういえば、もう一人いましたね」
「本当ですか?」
「はい。少年です」
「少年?」
「ええ。依頼完了の書類を届けに来ただけですよ」
「…書類?」
「依頼主に頼まれた、と言っていました」
僕とリアは顔を見合わせた。
「それだけ...?」
「はい。それだけです」
「じゃあ、その少年は僕たちの依頼について何か言ってませんでしたか?」
「いいえ。特に何も」
受付嬢は淡々と答える。
「書類を渡して、そのまま帰りましたよ」
「そうですか...」
僕は少し肩の力を抜いた。
結局、僕たちが知りたかったことは何も分からなかった。それでも、一応気になったので、依頼者の名前を聞いてみた。
「それで、依頼者の名前って分かりますか?」
受付嬢は、依頼書の記録を確認するように視線を落とす。
「えっと...匿名ですね」
「そうですか...」
ん?僕は言葉に引っかかった
「匿名依頼なんてできるんですか?」
「そうですね、そんなに珍しいことでもないですよ」
受付嬢はそう答えると、もう一度依頼書に目を通した。
「というか、この依頼、地図がありませんけど...」
「えっ、僕が見たときは地図が載っていたはずですけど?」
受付嬢は不思議そうに首を傾げる。
「そうですか? 私が確認した限りでは、最初からありませんよ」
その言葉を聞いて、僕の背中に冷たいものが走った。
「でも...確かに僕は...」
「もういいですね?」
「は、はい...」
受付嬢にこれ以上聞いても分からなそうだった。
僕たちは受付を離れる。
そのとき、ギルドの扉が開いた。
見たことのない男性が入ってくる。
年齢は四十代くらいだろうか。細身で、白髪の混じった短髪に眼鏡をかけている。穏やかな顔をした男性だった。
「あ、ギルドマスター、お帰りなさい」
「あぁ、ただいま」
この人がギルドマスターか。
初めて見たな。
見た目だけなら、ギルドマスターというより「少し偉い事務員」に見える。
僕たちのことを素通りし、そのまま奥の扉へ入って行く。
すると突然、後ろから首に腕を回された。
「うわっ!」
振り返ると、ジルさんが満面の笑みを浮かべていた。
「終わったんなら、どっか飲みに行こうぜ!」
「えぇ...」
「ほら、行くぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
本当に陽気な人だな。
このままでは他の人にまで絡みそうなので、僕たちは仕方なくジルさんについて行くことにする。
連れてこられたのは、ギルドから少し離れた小さな酒場だった。
「おう、ジル。遅かったな」
店の奥から、ジルさんに声をかける男がいた。
「悪い悪い。ちょっとこいつら捕まえてたんだ」
「誰だそいつら」
「こいつら俺が面倒見てる新人なんだ!」
「そうか」
「ショアです」
「リアです」
「俺はバルドって言う...まあ、座りな」
僕達はバルドさんに促され座る。
短い黒髪に、四角めの顔。
細く少し厳つい目つきに、顎には無精髭を生やしている。
見た目は少し怖そうな人だった。
若干ビビっている僕を見て、バルドさんは一瞬目を見開いた。
そして、少し悲しそうな顔をする。
「そんな怖がるなって」
ジルさんが笑いながら、僕の肩を叩く。
バルドさんはさらに悲しそうな顔をして、自分の顔を触りながら呟いた。
「そうなのか...」
「...ちょっとだけ」
リアが小さく答える。
「リア!?」
ジルさんは茶化す
「まあ、こいつは見た目が怖いだけだ」
「おい」
バルドさんがジルさんを睨む。
「誰が見た目だけだ」
「ほら、怒った」
「お前が余計なこと言うから」
二人のやり取りを見て、リアが小さく笑った。
「仲良いんですね」
「まあな。こいつとは昔から飲んでる」
バルドさんはそう言って、店員に酒を注文した。
「お前らは何飲む?」
「僕たち、お酒飲んだことないんですよね」
「そうか。なら、好きなもの頼め」
「いいんですか?」
「ジルが連れてきたんだ。今日は俺が出す」
「ありがとうございます!」
僕は驚き、リアは嬉しそうに頭を下げる。
「お前ら、帝都に来てどれくらいだ?」
「数日です」
バルドは以外そうに眉を上げた
「それで冒険者やってるのか?」
「はい」
「そうか。分からないことも多いだろ」
「そうですね...」
ジルさんが自分の胸に親指を当て、自信満々に割り込んでくる。
「だから、俺が教えてやってんだろう!」
バルドさんは無視して続ける。
「コイツで大丈夫か?」
「...」
今のジルさんを見ていると、何も言えない。
「あの...バルドさん」
「どうした?」
「いえ...。ジルさんにはお世話になってます」
「ならいい」
僕はバルドさんにもさっきのことを話そうか迷ったが、結局やめる。
ジルさんはまた機嫌が良くなっていた。
その後、ジルさんとバルドさんは昔の冒険の話を始め、
僕とリアは食事をしながら、その話を聞いていた。
さっきまで頭の中にあった、あの依頼のことも少しずつ薄れていった。
...今は考えても仕方ない。
依頼は終わっている。
報酬も手元にある。
だったら、明日からまた冒険者の仕事をすればいい。
僕はそう思うことにした。




