七、前縁未尽
ちりりんと澄んだ鈴の音がする。カナコはノメリの下駄で河原の小石をジャリジャリと踏む。後ろには、大人しそうな黒髪の女性がつき従っていた。言わずもがなの幽霊である。カナコと幽霊は、川船の前で立ち止まった。三角笠の船頭が、船縁に腰を下ろして煙管を咥えていた。ぷかぷかと暇そうに煙の輪を吐き出している。
「お願いします」
カナコが声をかけた。渡し守は顔を上げた。小さな顔の老人であった。
「おう、カナコちゃんか」
「ええ、ひとり、お願いします」
「あいよ、さ、あんた、乗った乗った」
幽霊はぺこりとひとつお辞儀した。
「はい。お願いします」
か細い声で挨拶して、幽霊が渡し船に乗り込んだ。
「カナコちゃん、あれ、何とかなんねぇかなぁ?」
立ち上がって竿を構えながら、船頭が顎をしゃくった。見れば、河原にぼんやりとしゃがんでいる、前髪姿の少年がいた。若く整った顔立ちだが、汚れた鎧を着て髪は乱れていた。
「どうしても乗ってくんなくてさ。案内人はとっとと帰っちまったし、困ってんだよ」
「乗らない?そんなことがあるのか」
「そうなんだよ、カナコちゃん。私もこんなこたぁ初めてでねぇ」
延々と石を積んでいる子供の幽霊は、河原のあちこちにいた。時々鬼がやって来ては、積み上げた石の塔を崩している。ごく稀に地蔵菩薩が現れて、渡場まで子供の手を引いて来ることもある。だが、座り込んでいる幽霊は、その類ではなかった。
「担当者がまた来た時に頼んだらどうだ?」
「頼んではみたんだよ。だけど、もう仕事は済んだから、自分には関係ないって断られちまってさぁ」
「上には報告したのかい?」
「したよ。説得しろの一点張りでね。ラチがあかねぇ」
船頭は手を焼いているようだ。カナコは気の毒になってしまった。
「ひとつ、声をかけてみようかねえ?」
「頼むよ、カナコちゃん」
カナコは首を縦に振って、しゃがんでいる幽霊へと足を向けた。小石ばかりの河原を歩いても、音の割には下駄の歯が削れない。塗りに傷ひとつつかなかった。その筈である。ここはこの世の外なのだ。カナコもずっと十八歳のままである。もっとも、カナコは先祖還りの神族なので、現世での加齢は擬装なのだが。
「もし、そこのお方」
カナコが落ち着いた声で話しかけた。鎌倉風の鎧を身につけた若武者は、虚な眼を上げた。
「渡し船が出ますよ」
若者はしばらくぼんやりとカナコの顔を見つめていた。川風に髪が益々乱されていた。
「ああ」
ようやく口を開いても、両の眼は何も写していなかった。
「待っているんですよ」
「何を?」
カナコは聞いてすぐに気がついて、
「いや、誰を、と訊くべきか?」
と、言い直した。
「分かりません。でも、約束したんです。確かに誰かを待っているんです」
「どのくらい?」
担当した霊魂ではない為、カナコにはその幽霊の来歴が解らなかった。記憶を紐解く権限もないのだ。会話で聞き出すしかない。
「さあ?一体いつからここにいるのか……」
鎧の若者は、石を積んでいる子供たちよりも薄く透けていた。
「そのままでは、生まれ変わることが出来なくなりますよ」
「そうですか?」
若者は平坦な調子で答えた。
「ええ、もうかなり透けてしまっているじゃあないですか」
「ああ」
若者は自分の手に眼を落とした。両手を開くと、指先が全部欠けたように消えていた。
「拙者は消えてしまうのか」
そんな重大な事でさえ、若者にはどうでもいいようだった。
「でも、約束したんです。遠い昔に、確かに誰かを待つことを、約束したんです」
若者の声に感情は無かった。
「憐れな武者よ、よくお聞き」
カナコは諭すように言った。若者はただ無表情に座っている。
「それが誰であれ、もうとっくに向こう岸へと渡ってしまっているんです」
「ええ……?」
若者は飲み込めないようだった。
「貴方の身につけているような鎧は、もう何百年も前に使われなくなっているんです」
カナコは淡々と説明した。
「え?はあ、左様で御座りまするか」
「そうですよ」
「ああ、でも、約束したので」
若武者は頑固だった。
「何百年も経っているんです。待ち人はもう、向こう岸に渡ってしまいましたよ。生まれ変わった魂さえも、渡って行ったかもしれません」
「へえ?」
若者の霊魂は、微かに瞳を動かした。
「ですから、貴方も待つのをやめて、次の人生へと旅立ちなさい」
「次?」
「約束は果たされなかったのです。もう諦めて渡し船にお乗りなさいな」
「でも」
「このまま待ち続けても、罰を受けるだけですよ」
「罰?」
若者はカナコを見上げてしゃがんだままだ。
「渡る時が来ているんです。いつまでも船に乗らないのは、規則違反です」
カナコはあくまでも事務的だ。若者もずっと虚なままだった。若者が口を閉じてしまったので、カナコはうつ手がなくなった。水色の絵傘を傾け、三途の川の空を眺めた。
(いっそ悪霊なら、ハヤセを呼ぶことも出来るんだがな)
そう思った瞬間に、ハヤセが川の中から顔を出した。やや畝りのある黒髪が、おでこや頬に張り付いていた。カナコは思わず後ずさる。水音に驚いて、船頭も獄卒たちもハヤセのほうへと首を回した。
「ええっ、ハヤセ?生身の人間だよね?」
三途の川に、この世の水は流れていない。それなのにハヤセは、平気な顔で岸まで泳いで来た。着衣泳だが、濡れて重たい着物の袂も、ずっしりと水を吸った帯も、全く気にせずに。
「百毒不侵ですからー」
ケケケと笑って糸目はいつもよりも細くなる。
「うわ、そうなのか?いや、そういうものなのか?そうなのか?」
カナコが度を失っている。あらゆる毒が効かない百毒不侵の体質であっても、三途の川に浸かって悠然としているのは解せない。ハヤセは特殊能力を持ってはいるが、生物としては普通の生きた人間である。
「いやそんなはずは」
カナコは、目の前に突きつけられた事実を受け入れられないでいた。若武者の幽霊は、特に反応を見せなかった。ハヤセが岸に上がって来た。
「ハヤセ。もしかして、彼岸まで泳いで行っても、なんの影響もないんじゃないのか?」
「んー?どうかねえ?試したことないから、わからんねぇ」
獄卒がひと所に集まっているのが見えた。額を寄せて何事か相談している。時々ハヤセのほうを見ていた。
「ありゃりゃ、鬼さんに心配かけちゃったかな」
ハヤセはヘラヘラと獄卒に手を振った。それは無視して、獄卒のひとりが何処かへ走り去った。
「ハヤセ、報告されるな」
「はははー、まあ、初めてじゃないし?」
「まさか三途の川で水遊びでもしているのかい?」
カナコは呆れて目尻を下げた。
「うん、時々ね。深いし流れも穏やかだから、暑い日には気持ちいいよ」
「えええ」
カナコはすっかり若武者のことを忘れてしまった。幽霊のほうは、相変わらずぼんやり座っていた。
「どれ、ちょっと覗いてみようかね?」
ハヤセが水をポタポタと滴らせながら、幽霊に近づいた。いい男というより、濡れ鼠と言った風情であった。カナコは茫然自失であった。
「どうも、失礼しますよ?」
気さくに話しかけながら、ハヤセは黒い帯を触る。ハヤセの帯には、和蝋燭の柄がずらりと並んでいた。その中から、一本がふわりと浮かび出た。帯の外に出て実体化した和蝋燭にポッと火がついた。自動着火である。和蝋燭の芯から湧き出たのだ。外から点いたわけではない。灯る焔は、真っ黒である。ゆらゆらと揺れて、ジジジと小さな音を立てていた。若武者の幽霊は、音に釣られて焔に視線を向けた。虚な瞳に黒い焔が映り込む。
「あっ、ハヤセ!」
カナコがギョッとして声を上げた。ハヤセが陰陽針を取り出したのである。ハヤセは捉妖師だ。活動範囲は此岸である。幻郷は含まれるが、この世を離れた三途の川は、職務上許されている行動域を超えているのだ。
「お手伝いだよ。気にしなさんな」
右手に持つ針には黒い糸、左手で構える針には白い糸が通されていた。ハヤセは慌てる様子もなく、若武者の周りに針を投げた。若武者のほうも、全く反応がなかった。
「ハヤセは自由で羨ましいよ」
カナコがわざとらしく溜息を吐いた。
「褒め言葉として受け取っとくよ」
ハヤセは陣を見ながら答えた。両手に握った糸端を振り、銀色の光を走らせる。誰も阻止しないので、陣は難なく起動された。和蝋燭の焔が激しく揺れた。
「おおお?前縁を持って行きなさるのか?」
「ハヤセッ!命運を覗く気か?」
カナコの声が鋭くなった。怒りではない。不安で顔色が悪くなっていた。ハヤセが首を捻って、背後にいるカナコを見た。
「カナコ、心配してくれるんだ?」
ニヤニヤと嬉しそうである。
「ふざけている場合か!天雷に撃たれるぞ」
「いやま、来世を覗くわけじゃないんだよ」
ハヤセは少し真面目になって言い訳をした。
「残ってるもんは見えるのさ」
「ハヤセ、お前本当に凡人なのか?」
カナコが疑わしそうに眼を細めた。
「酷いなぁ」
ハヤセが真っ黒な眉をハの字にした。陣は淡く銀色の光を帯びていた。黒と白との糸が複雑に交叉している。煙のように立ち昇る淡い光は、空中に薄らと幕のような形を作り出した。和蝋燭の焔は、銀色の幕に人影を映しだす。
「さてさて、銀幕陣が発動しましたよ」
ハヤセはおどけて両腕を広げてみせた。
「こんなことが許されるのか。こんな場所でやっていいのか」
カナコが不審を露わにして、ぶつぶつと言っていた。報告に走った獄卒は、まだ戻らない。銀色の幕には、遠い昔の町が映し出された。
賑やかな城下町に、甲冑姿の武者達が凱旋して来た。少年武者も、上気した顔で手綱を操っている。城主らしき立派な兜の大将と、よく似た顔だちであった。城に帰る道すがら、町人達の歓声を浴びた。少年は真面目に前を向いていたが、ふと大店の二階が目に入った。目抜通りに暖簾を下げる、酒を扱う御用商人の店である。軒先に下がった薬玉で、造り酒屋に新酒の季節が来たと判った。二階には家族が住んでいるようだ。窓辺から鮮やかな色の小袖を着た娘さんが見下ろしていた。全体にぼやけていて、小袖の柄はわからない。顔もぼんやりと霞んでいた。
「ハヤセ、これが標準画質か?」
ハヤセは口を曲げた。
「違う。記憶が曖昧になってるんだよ」
幽霊は銀色の幕に映し出される情景を眺めていた。
銀色の幕では、庶民に扮した若君が、造り酒屋の娘と水茶屋で団子を食べていた。やはりぼやけて詳細はわからない。次の場面でふたりは、屋台で髪を止める布を選んでいた。娘さんが身につけている小袖の色が違うので、別の日だ。娘さんが次々と髪に当ててみせる。若者はどれにも頷いていた。娘さんが少し怒って、若君が宥めた。次の場面は不穏だった。
「そうなるよなあ」
城の者数人に囲まれて、若君が連れ去られたのだ。ハヤセは懐手になって見物人になりきっていた。手にはまだ糸端が握られている。
「身分違いだからなあ」
ハヤセの声に気の毒そうな雰囲気が滲む。
「そうだよねえ。相手がお城の若君様じゃあ、せいぜい囲い者だけど。娘さんも大店のお嬢さんだから、そんな日陰者になるなんて、親御さんが許さないだろう」
「あ、ほら、カナコ。造り酒屋の若い衆も来たよ」
娘さんも家に連れ戻された。次の場面では、ふたりは河原にいた。きょろきょろと辺りを警戒しながら、身を寄せ合っていた。顔がぼやけているので、ふたりの表情は見えない。娘さんが帯の間からお守り袋を取り出した。若君は大切そうに受け取った。また場面が切り替わり、若君は戦場で倒れていた。震える手で襟元から引き出したのは、娘さんから貰った御守りだ。
「許してくれ。先に行く。三途の川の渡場で待っているから、彼方へは一緒の船で渡ろうぞ」
苦しい息で若武者が呟いた。カナコは冷たい眼差しを幽霊に向けた。
「なんだ、独りよがりじゃないか。そりゃいくら待っても来ないはずだよ」
ハヤセも呆れて首を振る。
「向こうはさっさと船に乗ったんだな。でも、お前さんだって、相手がここに来たのを見逃したんだろう?」
幽霊は虚ろな眼を二人に向けた。銀色の幕に映し出される情景を、他人事のように感じている様子だ。
「娘さんは長生きしたのかも知れん。ここにいたんじゃ、その間に誰を待っていたのか忘れもするだろうさ」
「え」
幽霊がショックを受けた。
「まあ、なんだ」
ハヤセが気さくに幽霊の肩を叩く。カナコが苦笑いをした。
「霊体に触れるのか」
「ん?ああ、三途の川の辺りだからな」
「現世では出来ないのか?」
「陣法次第じゃ触れるけど、あまり必要がないからやらないねえ」
「へええ」
カナコが感心してハヤセを見上げた。
「いや、それよりもさ。幽霊くん、もう待ってたって無駄なんだから、いい加減旅立ったほうがいいよ」
「その通りだ」
ハヤセの勧めにカナコも頷く。幽霊は無表情のまま震え出した。ハヤセとカナコに緊張が走る。獄卒が戻って来た。しかし遠くから見ているだけだ。船頭も黙ってこちらを眺めていた。
「無駄?」
幽霊が拒絶の色をみせた。
「なんでそんなことを言うんです?」
虚ろだった目が、急に据わった。
「えええ、ねえ、そういうの止めようよ」
ハヤセが頭を振った。髪はすっかり乾いていた。
「止めるって何をだ?待つのをか?」
幽霊が声を荒げた。戦場に散った少年武者である。無念も強く、気が荒いのだろう。
「待つのもだけど。怒ったって、思い出せないんだし、思い出したって、相手はとっくに旅立ってしまったんだよ」
「そんなはずは」
幽霊は現実を受け入れようとしなかった。
「このままだと、例えじゃなく文字通り魂飛魄散しちまうよ」
「それは」
幽霊はもう一度、指先が消えた手を見つめた。
「それよりさ、早く船に乗ったほうがいいよ。いつかうんと遠い未来で、また新しく出会えることもあるかも知れないんだから」
「え?ああ、そうか?」
「その点は、私たちには解らない。権限がない」
ハヤセの励ましを否定するように、カナコは事務的に告げた。
「カナコー、そりゃそうだけどさあー」
「ハヤセ、軽はずみなことを言うな。悪霊化したらどうするんだ」
カナコに叱られて、ハヤセはしゅんと肩を落とした。
「ごめんよ」
カナコは幽霊に向き直り、説得を続けた。
「思い出さえも朧げになった憐れな魂よ。心残りが無くなることは少ないものだ。さあ、立ち上がって渡し船に乗りなさい」
幽霊は動かなかった。
「ハヤセ」
カナコが視線をハヤセに移した。
「船に放り込む陣法はないのか?」
苛立ってはいない。良いことを思いついた、というような、期待に満ちた眼差しだった。
「陣法なんか使わなくても、投げ込んじまえば良いんじゃないか?」
「そうか。ハヤセは幽霊を触れるんだったな」
「ここでだけだぞ?」
「ここで今触れれば問題ないだろ」
カナコに指摘されて、ハヤセはポンと手鎚を打った。
「おお!そりゃそうだな」
「おいっ、何をするつもりだ?」
幽霊が身構えた。ハヤセはニヤニヤと懐手になって、顎を摩っている。摩りながら、ジリジリと幽霊に近寄ってゆく。
「な、なんだ?」
若武者の幽霊はしゃがんだまま手を後ろについて後ずさった。
「ハヤセ!いまだ!やれ!」
「合点!」
カナコの号令で、ハヤセがさっと着物の袖に腕を通す。電光石火の早業で、ハヤセはそのまま幽霊を掴んだ。汚れた鎧を着た両肩をガッチリと掴んで持ち上げたのだ。
「え、ええ?」
幽霊が眼を丸くしている。獄卒と石を積む子供と船頭がみな遠巻きにして眺めていた。船で待っている大人しそうな女性の幽霊は、ひとり我関せずと三途の川を眺めていた。
「船頭さーん、頼んまーす!」
軽い調子で叫び、ハヤセは幽霊を投げた。放物線を描いた幽霊が、過たず渡し船の中に落とされた。獄卒と子供達から歓声が上がった。
「おおー!」
それから拍手も沸き起こった。ハヤセは照れくさそうに空を見上げた。船頭が漕ぎ出した。若武者の幽霊は、度肝を抜かれてなされるがままだ。岸を離れた渡し船が、川の上流へと遡ってゆく。
「スカッとしたか?」
ハヤセが白い歯を見せた。カナコは片手の親指をあげて称賛した。
「した。ああいうのに居座られると、霊障が酷くなって迷惑だからな」
「またああいう動かないのが居たら,遠慮なく呼んでくれ」
「いいのか?」
「投げて終わりだからな。楽な仕事さ」
カナコも綺麗に揃った歯を見せた。
「痛快だねぇ」
強情に座り込んでいた幽霊が、カナコはよほど気に入らなかったようである。
「たまには思い切りよく強制退去させないと」
幽霊たちの迷惑行為には、ふたりとも予々悩まされていたのだ。本来、無理矢理移動させると、暴れたり悪霊化したりすることが多い。妄執に囚われた魂は、ちょっとやそっとで立ち去るものではないのだ。現世の場合、そうなると普通の人間が危険に晒されてしまう。
「できることなら、毎回投げてやりたいよ」
「ははは、カナコ、お疲れ様」
カナコは満足そうに笑った。
「ハヤセ、この後仕事はあるのか?」
「ないよ」
「そうか!それじゃ、気分がいいから打ち上げでもしよう」
カナコの言葉を聞いて、ハヤセは腰を屈めてカナコの顔をまじまじと見た。
「へえ?」
「なんだ?」
「ほーう」
ハヤセは真顔で唸っている。獄卒達は通常業務に戻っている。子供の幽霊は黙々と石を積んでいた。遮るものが何もない河原に、冥府の鴉が数羽連れ立って遊びにやって来た。顔見知りなのか、ハヤセの足元に着地した。ふたりは相手にしなかったが、鴉はちょいちょいとハヤセの裾を嘴で引っ張っていた。
「ああもう!いいから!行くぞ」
「へいへい行きましょー」
二人は仲良く小突き合いながら、三途の川を後にした。鴉たちは諦めて足を止めた。二人の背中が見えなくなると、鴉たちは黒い着物を着た人間の姿になった。小太りのおじさん、筋肉質のイケメン、スラリとした美脚のハンサムウーマンの三人組だ。
「居座りを片付けてくれたのは良いけど、依頼を無視するとは何たることだ」
イケメンが憤った。
「一息ついたら自分で聞きに来るんじゃないか?」
おじさんは穏やかな笑顔を湛えていた。
「一人だけでも厄介なのに、勝手に組みやがって、めんどくさい」
美脚の女性が思い切り嫌そうな顔を作った。
「とりあえず追いかけるか」
おじさんの一言の後で、三人は目配せをしあって出発した。そのころカナコとハヤセは、薄暗い連絡通路を楽しげに歩いていた。何処へでも繋がる、そして何処でもない道だ。命を終えた生き物達とすれ違うこともある。水先案内人に引き連れられて、皆お行儀良く歩いていた。
「んっ?」
ハヤセが、すれ違った幽霊に顔を向けた。幽霊は縁結びの赤い糸を引きずっていた。
「どっかに繋がってるな?」
ハヤセが赤い糸の先を目で追った。カナコも赤い糸を見た。
「ありゃ、こっちも思い残したまんまだったか」
「どうやら次の世でまた縁の続きがあるようだね」
「縁というのは不思議なもんだな」
カナコがしみじみと言った。ハヤセはカナコの髪から、豆粒程の生き物を摘み上げた。
「あ、ありがとう。なんだコイツは、図々しい」
「冥府の鴉どもがうっかり連れてきたんだろ」
生き物には細い手足が一面に生えていて、目や口はなかった。ハヤセはそれを親指の腹に乗せ、人差し指でピンと弾いた。




