四、報復は程々に
「やあ、久しぶりだね」
滝を臨む岩棚に、細身の黒猫がトンと降りたつ。カナコは正座して、丁寧にお辞儀をした。滝の中からハヤセがひょいと顔を出す。
「旅立つことになったから、挨拶に来たよ」
「お師匠様。おめでとう御座います」
「へえ、カナコのおっしょさん」
喋る黒猫は、尻尾が一本だ。一見普通の痩せ猫である。カナコの染め帯に描かれた猫にちょっと似ている。
「君は?」
「捉妖師のハヤセって言います」
「仙族かい?凡人かい?」
黒猫が好奇心剥き出しで訊いてくる。ハヤセは岩棚に飛び降りて、黒猫の前にしゃがんだ。
「まあ凡人の部類かな?おっしょさんは凡猫に見えないですね」
「ネコマタだからな」
「ネコマタなのに尻尾は一本しかないんですかい?」
「九つの命を使い切ってしまったからな」
「へえ?それでもやっぱりネコマタなんですかい?」
「ネコマタだ。旅立った後に遺されるのは、凡猫の肉体だがな」
「ふうん、そういうもんなんですか」
「なんだい捉妖師のハヤセ。時空を旅する退治屋の癖にそんな事も知らんのか」
カナコの師匠は馬鹿にしたように目を細めた。
「俺が相手にする奴等には、肉体なんざ残らないんでさあ」
「ううむ、そうか」
「へへっ、おっしょさんにも知らないことがあるんですねぇ」
「いいや、そんなことは、いやまあ、なんだ」
ハヤセがヘラヘラ笑う。痩せ猫師匠は気まずそうにソッポを向いた。
「お師匠様、護摩化そうとすると、自慢のお髭が抜けちゃいますからご用心あそばせ」
「あっ、カナコ!やめ、」
言い切らぬ先に、痩せ猫師匠の髭が一本するりと抜け落ちた。
「ああもう、もうすぐ旅立つというのに、最後の最後でカナコの烏鴉嘴にやられたよ。腹立たしいことこの上ない」
「へえ?カナコ、そんな力があったのか」
「まあな。制御も出来るぞ」
カナコが得意気にフッと笑った。不吉な発言を現実のものとする凶悪な異能、ウーヤーツイ。多くの場合は制御が出来ず、うっかり発動してしまうこともある。忌み嫌われる能力だ。
「ふん。制御出来るようになるまでは大変だった癖に」
「お師匠様」
「ええ?虐められそうには見えないよ?」
「ハヤセ」
カナコは悔しそうに痩せ猫師匠とハヤセを睨む。
「カナコはすぐ何かしら呪いの言葉を吐く癖があったんだ」
「ああ、逆、でもないか。何というか、生ける災害」
「ハヤセ」
「おーこわ」
ハヤセはニヤニヤ揶揄った。
「人をあざ笑っていると、足の小指に蚊がやって来て何度も刺すからご用心あそばせ」
「おお、本当に刺された」
言われた通り、ハヤセの剥き出しになった足の小指は、何度も蚊に刺された。しかし腫れてこない。
「なんだ。痒くないのか?忌々しい体質だな」
「カナコ、悪いね。百毒不侵てやつでねぇ」
ハヤセがケタケタと笑った。百毒不侵とは、毒の効かない特異体質である。一応は人間の範疇だ。
「そりゃ凡人でも捉妖に駆り出されるな」
痩せ猫は気の毒そうにハヤセを見上げた。
「それも天命ってやつでしょ」
「ハヤセは本当にお気楽な奴だよ」
カナコは疲れたように顔を顰めた。
「カナコとハヤセの中間くらいが丁度よいな」
痩せ猫師匠があくび混じりに言った。
「でも意外だなあ」
「何がだ?」
カナコは不服そうである。
「クールなカナコが、昔は、すぐに呪いの言葉を吐くような了見の狭い奴だったなんて」
「修行の成果だ」
カナコが言うと、痩せ猫師匠は耳をピンと立てて同意した。
「それは認める」
「だいたい今では神託にまで昇格しているんだから、とやかく言うのはやめて欲しい」
「神託ぅ?」
ハヤセが眉間に縦皺を寄せて疑いを示す。ゆるく畝る黒髪が、滝風に揺れた。
「カナコは曲がりなりにも神族だからな」
「ひえっ、神様だったの?」
「だいたいの所は普通の人間だったんだが、遠いご先祖にひとり神族がいたもんで、厄介な異能を引き継いじゃったのさ」
「厄介?楽しんでただろう?制御が辛いほどに?」
黒猫師匠の指摘を聞いて、ハヤセは呆れた。
「大変だった、ってそういうことなの?修行が厳しくて辛かったわけじゃなく?」
「いや、厳しかった。苦しかった」
「嫌がらせが出来なくて苦しかったのだ」
「お師匠様」
カナコが目を細めて何か言おうとした。
「やめろカナコ。警告だ。功徳が減らされるぞ」
「うう、そうでした」
カナコはガックリと項垂れた。痩せ猫師匠の前では、感情が表に出るようだ。ハヤセにも多少は喜怒哀楽を見せる。天人無情という言葉には当てはまらないな、とハヤセは思った。
「これも何かの縁だろう。どれひとつ、ハヤセに昔話をしてやろう」
「お師匠様!そういうことなさると」
「功徳」
カナコは釘を刺されて口を閉じた。
カナコは平凡な家庭に生まれた。両親は凡人にしか見えない。異能が発現しなかったのだ。ところが、カナコ三歳の誕生日に、事件は起こった。誕生日ケーキの苺を、四歳の兄が食べてしまったのだ。自分の皿にもあるのに、カナコの皿に飾られた苺を、である。
「へへーん、のろまー」
「キャー!おたんじょうびのひとのいちごを、たべちゃうひとは、んーと、おててがかゆく、なっちゃいますから、きをつけるのよ!」
気をつけるのよ、という言葉は、母の口癖だった。熱いから、冷たいから、辛いから、痛いから。幼児にとって、この世は危険でいっぱいだ。
「へへーん、ん、ん?わーっかゆいっカユイー!」
「え?ああっ、真っ赤じゃないの!」
その日は偶然だと思われて終わった。だが程なく二度目の事件が起こった。またしても兄四歳との抗争である。カナコはお気に入りのコップでジュースを飲んでいた。まだ三歳なので、母もぴったりと付き添っていた。しかし、四歳男児にそんなことは障害になり得ない。構わずカナコのコップを奪い取り、中のジュースを飲んでしまった。
「こらっ!」
と母が叱る暇もなく、カナコの反撃は決まった。
「ひとのジュースをのんじゃうひとは、おいすから、おっこちちゃうから、きをつけるのよ!」
四歳兄は、当然椅子から落下した。幸い擦り傷ひとつ負わなかったのだが、大泣きはした。そして、それ以降も、四歳兄は懲りずにカナコ三歳の食べ物や飲み物を奪い続けた。カナコはその度にウーヤーツイを炸裂させた。不思議なことに、奪うのは決まって飲食物だけだった。玩具や洋服には手を出さない。女児向けの物だけではなく、クレヨンや幼児絵本など、男女共通の物も無事だった。
ある日、母が困り果てて聞いてみた。
「お兄ちゃん、なんでカナちゃんの食べ物をとるの?」
「美味しそうだから!」
「え、同じ物よ?」
「カナちゃん美味しそうにしてるじゃない!」
「お兄ちゃんのとおんなじよ?」
離乳食はとっくに終わっている。宥める為ではなく、全く同じメニューなのだ。量は兄の方がずっと多い。
「嘘だ!」
「ほんとよ。自分のお皿から食べてごらん」
「違う!カナちゃんのほうが美味しい!」
苦肉の策で、次の食事は家族みんなで作りながら食べることにした。ホットプレートで肉や野菜を焼くだけではあるが、野菜を洗うところから皆で作った。その日、兄は食事を奪うことなく、始終ご機嫌であった。この日から、兄四歳がカナコの飲食物を強奪する案件は発生しなくなった。だが、繰り返された強奪と報復により、カナコのウーヤーツイは事実として認められた。
四歳になり、カナコは幼稚園に入った。ある時、別の園児が壊した花瓶を、カナコのせいにされた。
「あたしじゃないです」
「嘘はいけません」
「カナコだよ」
「みたもん」
「ぼくもみた」
「うそをつくひとは、われたかびんで、けがをするから、きをつけるのよ」
その時、突風が吹いた。机の上に置いてあった花瓶のかけらが風に煽られ、嘘をついた子供全員にぶつかった。頬に、手に、脚に、冤罪を仕掛けた園児たちは小さな傷を負わされた。腹黒四歳児達はパニックになり、泣き叫んだ。
「カナコようかい」
「カナコくろまじゅつ」
オカルト好き家庭の園児が始めた暴言は、忽ちクラスじゅうに広まった。教員は、流石にこれをカナコのせいにするわけにもいかない。かと言って、花瓶破砕事件が冤罪だとは思えなかった。
「しもんしらべたらどうですか」
ミステリ好き家庭のカナコが提案した。教員は怒り狂った。結局、カナコの冤罪は晴らされず、そのクラスは教員を含めて皆が日々ウーヤーツイの餌食となった。結果、クラスから園全体へ、園から地域へ、しまいには隣りの行政区にまで噂が広がってしまった。
カナコという魔物がいる。
好奇心で家まで押しかけて来る者、お祓いと称してゴミを投げ込んで来る者、貼り紙や落書きをして行く者などが後を断たなくなった。ここまで来ると、カナコの家族は警察にも相談して、法的手段を取るかどうか検討することになった。勿論、カナコはそれと関係なく報復した。
「ほかのひとのいえに、らくがきするひとには、とりのふんがおちてくるから、きをつけるのよ」
その通りになった。
「ほかのひとのいえに、ごみをなげいれるひとは、ねこにひっかかれるから、きをつけるのよ」
その通りのことが起きた。
「ほかのひとのいえのまえで、さわぐひとは、つうきんでんしゃに、のりおくれるから、きをつけるのよ」
その通りの差し障りが出た。
こんな非科学的な報復を、証明することは不可能だ。しかし、カナコに対する周囲からの敵意は膨らんでいった。繰り返される騒動に地元警察もうんざりした。噂と嫌がらせが続き、カナコの母が仲の良い親戚に愚痴をこぼした。すると、遠方の本家にカナコ一家は呼ばれた。今までは、存在すら知らなかった本家というものにビクビクしながら、一家四人は山奥の豪邸まで出かけて行った。そこで一族の歴史を教えられ、カナコはおおいに歓迎された。
「これからは騒ぎにならないよう、充分注意するように」
「うん!これからは、わかんないようにやる!」
「やらないの!」
「えー、おばあちゃん、なんで?なんでだめなの?」
「それは神様の力なんだよ。むやみに使うと、バチがあたるよ」
この説明に、カナコは頬をぷくりと膨らませた。
「あたしが、わるいやつに、ばちをあててるんだよ」
カナコは先祖還りで神族の力が発現した子供である。一族の長老達は、ぐうの音も出なかった。五歳になると、カナコは時間差報復を編み出した。
「いしをなげつけるひとは、あしたのよる、おふろがきゅうに、つめたくなるから、きをつけるのよ」
犯人は翌日の夜、入浴中の湯が急に冷水となり、風邪をひいた。
「あしをひっかけて、ころばせようとするひとは、あしたのあさ、かばんのなかみを、みちにぜんぶおとすから、きをつけるのよ」
犯人は、翌朝、登校中に突然カバンの蓋が開いて、道に中身をぶちまけた。カバンの中身は風で飛ばされたり、人に踏まれたり、散々な目に遭った。
カナコは口を動かさず、小さな声でもごもごと言うことも覚えた。そうなると、噂は消えずとも、カナコへの嫌がらせと些細な不幸を結びつける根拠が無くなった。しかも、カナコは報復を一時的な現象に留めるのだ。偶然だと思うほうが自然である。にもかかわらず、呪い疑惑は消えなかった。
「わるくちをいうひとは、あしたのおひるごはんのときに、のみものをようふくにこぼすから、きをつけるのよ」
翌昼、食事の時間がきた。
「キャー!あたらしいスカートが!カナコのせいだ!」
「カナコ!またなの?」
「せきがこんなにはなれているのに、なぜわたしのせいに、されるのですか?」
「カナコ!大人に向かってなんて口を聞くの!」
「もんだいじー」
「またカナコがおこられたー」
彼等も報復された。
ある日、大きくバカと書いた紙切れがカナコの背中に貼られた。
「ほかのひとのせなかに、わるくちのかみをはるひとは、あしたのごぜんちゅう、こえがでなくなるから、きをつけるのよ」
犯人は翌日の午前中、全く声が出なくなった。
「おい、ユウジ、だいしょうぶか?カナコにのろわれたな!」
「のろいだ!」
「カナコ、また騒ぎを起こしたの!」
「せんせいは、ひかがくてきですね」
「カナコ!」
加害者は全て、電気が点かなくなったり、カップ焼きそばの水切りに失敗してシンクにぶちまけたり、靴下から異臭が漂ったりという怪奇現象に見舞われた。
お泊まり保育の晩。
「ミヤちゃんのヘアブラシがなーい」
「あった!カナコのカバンにあったよ!」
「しりません。そもそもなぜ、あたしのカバンをさがしたのですか?ほかのひとのカバンはさがしてないですよね?」
「普段から悪い子だからよ」
「そういうの、りふじんていうんですよね?」
「カナコ!」
「カナコどろぼー」
カナコが反撃しないはずもなかった。
「ほかのひとのかばんに、だれかのものをいれて、どろぼうだとうそをつくひとは、あしたのゆうがた、おさいふをおとすから、きをつけるのよ」
この件には、教員を含む園の関係者全員が関わっていた。カナコの母親に警告電話までかかってきていた。カナコが残らず代償を支払わせたのは、言うまでもない。
カナコは小学校に上がると、黒板消しや水入りバケツをドアに挟む嫌がらせも受けた。この時は、時間差ではなく、仕掛けた本人がすぐに被害に遭うようにした。犯人は複数の時が多いため、前回の犯人グループのひとりを報復対象に指定する戦略もとった。
カナコは人目を惹く美少女に育っていった。当然、嫉妬するボス少女も現れる。カナコが下校中に角を曲がると、複数の少女に囲まれた。小さな硬いボールを投げつけてくるので、カナコは通学カバンで打ち返した。加害者グループは凶暴化した。
「レンくんが見てたんだって?生意気だよ!レンくんはココアちゃんの好きな人なんだから!」
「いや誰。レンくんもココアちゃんも、どっちも誰。あんたたちも誰」
「うるさい!」
「訳の分からない言い掛かりを付ける人は、転んで顔を擦りむきますから、ご用心あそばせ」
カナコは少し丁寧な言葉を覚えた。だからと言って、内容が変わるわけではないのだが。
いじめっ子というものは、いじめの効果が薄いと苛立ちエスカレートする。しつこく毎日仕掛けて来る。ある日、筆箱がゴミ箱に捨てられていた。カナコは現場を目撃して呟いた。
「他人の持ち物を勝手に捨てる人は、明日の朝、起きるとカバンがゴミだらけになっていますから、ご用心あそばせ」
犯人のカバンは、その通りの状態になった。登山遠足の日、休憩で飲み物が配られた。カナコの番がきた。
「あら足りない。全クラス配り終わって余ってたらあげるねー」
「先生、熱中症って知ってますか」
「生意気な!」
カナコは、若い教師が振り上げたペットボトルを奪い取る。
「これ未開封ですね。冷たいですし、いただきます」
「それは先生のぶんだ!」
カナコはさっさと蓋を開けて飲み干した。教師が青筋を立てている。カナコはモソモソと呟いた。
「皆に配られる呑み物を足りないフリをして渡さない人は、明日の夜飲むものに砂が入ってますから、ご用心あそばせ」
件の若い教師は、その通りの目に遭った。
同じグループからの嫌がらせが続くと、カナコは腹立たしくなってくる。席を離れた隙に物を破損されることも度々だった。カナコのウーヤーツイは呪いとして有名で、学校ぐるみで害をなす。教員も保護者も加害者チームである。カナコは報復しているだけなのだが、カナコが加害者として弾劾される。
「じゃあ、他人がわざわざカナコの教科書を切り刻んで、また机に戻したっていうのか!」
「そうです」
「そんなはずないだろう!自作自演で他人に罪を着せて、反省もしないのか!」
「自作自演ではないので反省はしません」
教員の超理論に、カナコは淡々と答えた。その態度に、教員の血圧は上がり、保護者たちは地域の関係ない人々に悪口をふりまいた。そしてカナコは、口の中でモゴモゴと不吉な予言を行う。
「他人の教科書を切り刻んでおいて、犯人を教科書の持ち主だと言い張る人は、明日の夕方、降って来た泥にくるぶしまで埋まってしまいますから、ご用心あそばせ」
翌日、犯人グループと冤罪吊し上げチームが、こぞってカナコの予言通りの目に遭った。
体育のあった日。
「やだあ、くっせー」
カナコの机に、雑巾バケツの水につけられた体操着が置かれていた。
「自分で掃除しろ!」
「犯人に掃除させたらどうですか」
「体操着くらい洗いなさい!女の子なんだから、清潔に」
「洗濯乾燥した物を持参しましたが」
女教師は、ジェンダー攻撃までしてくる。カナコはこの時も報復した。
「他人の体操着を汚水に付けて、持ち主の机に置いた人は、明日の昼食が全て腐ってますからご用心あそばせ」
「調べもせずに、生徒に対して自分が抱く好き嫌いの感情で断罪を行うような教師は、明日の朝定期が反応しなくて改札口に渋滞を引き起こしますから、ご用心あそばせ」
彼らもきっちりと予言通りになった。
「他人の靴に画鋲を入れるような人は、明日の朝雨に降られて本やノートがくっついてしまいますから、ご用心あそばせ」
などと、過激な犯行には激しく抵抗した。
そんなことをしているうちに、カナコは十八歳になった。十八歳の誕生日の朝、カナコの部屋に天から使いがやって来た。
「カナコ、神族の規定では、君はもう大人だ。神族の一員として自覚をもち、徳の高い生き方をしなければならないよ」
使いの神は穏やかで親切だった。
「君の力は強力だから、天変地異を引き起こさないよう、自制することも学びなさい」
「些細なバチも当ててはいけないんですか?」
カナコの報復は、加害者本人以外に影響を与えることがない。怪我などでも軽症だし、短期どころか一瞬で終わる。天帝からお咎めを受けるほどではなかった。
「カナコの場合、数が多すぎるんだよ」
天の使いは優しく諭した。
「悪人が多すぎるのではないですか?」
「足を踏まれたくらいで、いちいちウーヤーツイを使うんじゃない」
「でも、踏んでおいて、私に踏まれたなんて言い掛かりをつける奴に対抗する手段は、ウーヤーツイくらいしかありません」
「我慢するとか、やり過ごすとかいう選択肢はないのか」
「悪人を野放しには出来ません。神族の端くれですので」
天の使いは溜息を吐いた。
「神族の血が入っている以上、天の規則に従って貰う」
「え、嫌な予感」
「天帝からのお達しである。心して拝聴せよ」
使いの神は急に改まって、カナコへのお達しを朗々と読み上げた。
「神族子孫カナコは、ウーヤーツイを乱用し、神族の尊厳を著しく傷つけた。罰として、旅立つ魂の水先案内をして功徳を積みなさい」
カナコは案内人の鈴を受け取り、呪いの言葉を吐かない修行をさせられることとあいなった。
「カナコ!」
「厳しすぎる神様は、裾を踏んで転びますから、ご用心あそばせ」
「けしからん!罰として功徳を減らす」
「ええー」
かろうじて積んだ功徳も、最初のうちはすぐテンビキされてしまった。手を焼いた天帝から、再び使いが来た。
「カナコはひとりじゃダメであるからして、指導者をつける」
痩せ猫師匠との出会いであった。
「カナコ、そろそろ旅立つよ」
「道中ご無事で、お師匠様」
「おっしょさん、来世は何になるんだろうな?」
「さてな。気楽な凡猫にもなりたいが、仙猫というのも粋なもんだ。凡人にもなってみたいし、まあ、なんでもいいさ」
「幸せな来世を」
「ハヤセ、ありがとう」
「来世、ひもじい思いをしませんように」
「ああ、大切なことだな。だがな、カナコ。それもまた、未知数だ」
「お師匠様、去り際まで厳しすぎますよ」
カナコが寂しそうに痩せ猫師匠の頭を掻いた。師匠は気持ちよさそうに喉を鳴らした。
「さよならお師匠様」
「さよならおっしょさん」
「ああ、さよならだ」
痩せた黒猫は尻尾をくねらせて、水先案内人を自ら探しに行ってしまった。




