十一、血煙清風(前編)
廃寺に、豪華な服を着た女性が運び込まれた。気絶させて三人のならず者が担いできたようだ。ならず者たちは、女性を乱暴に放り出す。女性がカッと目を開いた。床に落とされる前に、体を捻って片足で一人ずつ、左右二人を蹴りとばした。
「ぐあっ」
「ぐおっ」
「このアマ!」
女性は床に着地した。と同時に簪を抜く。ならず者に二言目を言わせず、正確な動きで三人の喉を突いた。返り血を浴びないように、背中に回り、袖を捲り上げて刺した。ならず者の服を裂いて、腕と簪の血を拭う。最後に簪を頭に戻して、何食わぬ顔で立ち去ろうとした。
「死体を片付けてやる」
背後からかかった男の声に、女性は足を止めた。殺気が膨らむ。
「私はお前の力になれる」
女性は答えない。
「確か、蘇晩清と言ったな?宰相の嫡長女だったろう?そんな技術を身につけるとは、相当な苦労人なのだな?」
女性は男の目的に興味をそそられた。
「条件は?」
「話が早いな。まあ、振り向いて知った顔かどうか確かめてみろよ」
「目的は何だ?」
女性は振り向かずに、質問を続ける。
「人手が足りないんだ。そちらの厄介ごとは後始末してやるから、こっちにも手を貸して欲しいんだ」
「リスクが同等の時だけでいいか?」
「勿論だ!過剰な貸し借りは因果応報が怖いからな」
「一理ある」
「だろ?で、どうだ?手を組まないか?」
女性は、向日葵色の踵を軸に、くるりと振り返る。たっぷりした袖と長い裾が翻る。繊細な小鳥の刺繍を施したレモンイエローの薄衣であった。ライムグリーンの繻子で仕立てられた胸高のスカートには、赤い実と濃緑の葉をつけた南天の枝が刺してある。赤く小さなイヤリングが揺れた。複雑に結い上げた髪を飾る花や小さな鈴は、廃寺に射し込む僅かな日光に煌めいた。男は息を飲んだ。
「ちょっと割に合わないかなあ」
「死体を埋める以外にも、煩わしいハエどもを片付ける手段はあるぞ」
晩清は目を細めた。
「こっちはただのお家騒動だけど、そっちは叛逆罪がらみだろう?」
男の後ろにいた護衛が、一斉に剣を抜く。男が手で制した。
「どうも。葉大将軍の次男さん。出来損ないで有名だけど、無体なことをしたって噂は聞かないね」
男が身に纏うのは、紫や赤を織り込んだ煌びやかな黒い衣裳だ。帯や靴にも贅沢な素材がふんだんに使われている。まともな人間とは思えない服装だった。後ろに黒装束の護衛を数人引き連れている。自分は文人のような長い髪に、宝石を散りばめたじゃらじゃらした鎖を髪帯代わりに垂らしている。
「詳しいな。さては噂好きか?」
男は凶悪な視線を投げてくる。
「すぐ命を奪おうとしてくる親戚がいるからね。噂にも気を配ってないと、命が幾つあっても足りないよ」
「知りすぎも命を落とすぞ」
晩清はニヤリと笑って腕組みをした。
「謀反の話が出た時に、手下を抑えたじゃないか?今んとこ、私を黙らせるつもりはないんだろ?」
「今の所は、だ」
「ふうん?で、何をさせたい?」
葉大将軍の次男は、ぐっと近づいてきた。秘密の話をするためである。声を潜めて、晩清に声をかけた目的を告げた。
「女性しか入れない宴会での情報が欲しい」
「私、あんまり宴会行かない」
「皇族の宴会なら行くだろう?」
「ああ、皇族に招かれる家柄の娘が仲間にいないんだね?」
「そういう事だ」
晩清は、足元に転がっているならず者の骸を眺めた。
「これ埋めるのと釣り合うことかなあ?」
「釣り合うと思う程度まで、見聞きしたことを知らせてくれるだけでいい」
「まあ、断るほどでもないかな」
「決まりだな?」
晩清は少しだけ考えてから、首を縦に振った。
「この話、受けよう」
「よし」
晩清が立ち去ろうとすると、葉大将軍の次男がもう一度声をかけた。
「兵部尚書の娘を見張って、叔父の息子葉飛が宮中の誰と親しいのか調べてほしい」
「ちょっと待て。それが目的なら、ならず者を埋める程度じゃ釣り合わない」
晩清は足を止めて葉青年を睨んだ。葉青年は構わず続けた。
「兵部尚書の娘は葉飛と縁談があるんだが、それがどうやら隠れ蓑になっているみたいなんだ」
「ちっ、図々しい男だな」
晩清が舌打ちをすると、葉青年が目尻を下げた。後ろにいた護衛たちが、眉を寄せたり目を見開いたりして小突き合う。
「その二人について、先ずはそちらの知ってる事を全部話してくれるんなら、手伝ってもいいかな」
「それは構わん」
「都合がついたら連絡する」
「今聞いていかないのか?」
晩清はまた舌打ちをした。
「良家の娘が、一人はぐれても許される時間てのがあるんだよ」
「そうか、悪かった」
葉青年は素直に謝った。
「ふん、解ればいい」
「では頼んだぞ、小蘇」
葉青年は、腰帯から翡翠の提げ飾りを外して差し出した。晩清は睨んだ。
「何のつもりだ?」
「町で見かけて一目惚れした設定だ」
晩清は眉間に縦皺を寄せた。
「そりゃ、急に交流が始まったら怪しまれるが」
「この玉佩があれば、軍営にも入れるぞ」
「なんだ、そういうことか」
提げ飾りは蔦の葉の形だ。黒漆を流した溝で暁風と彫りつけられていた。
「しかし貴殿は、一目惚れした相手に子供の遊び仲間みたいな呼び方をするのか?」
晩清はニヤニヤとからかう様に見上げた。暁風は派手な格好の出来損ないだが、見せかけだけの放蕩息子なのだ。浮いた話には縁がない。一目惚れして追いかけるような若者が、相手の乙女を呼ぶ愛称を思いつけなかったのだ。
「気にするな」
暁風は無表情になって見下ろした。二人の身長差はかなりある。気の小さい女性なら、相当な威圧感に押し潰される筈だ。晩清は、女性にしては背が高い。しかし、葉暁風は小山のような大男だ。とにかくでかい。それが派手な格好をしているので、大変目立つ。その図体で隠密行動が出来るのは、相当な実力者ということだ。
「じゃ、それよろしく」
晩清が、ならず者の骸を顎で指す。
「ああ」
暁風は片手をあげて、揃えた指を軽く振る。護衛数人が骸を運び去った。
「またね、老葉」
声が消えるより先に、晩清の姿は見えなくなっていた。
「報復か?」
気のおけない仲間内の呼びかけに見せかけて、年寄りだと罵っていると受け取ったのだ。だが、その声には楽しそうな響きもあった。
灯籠市で賑わう町で、晩清が侍女を一人連れてそぞろ歩いていた。町中の橋に差し掛かると、傍からぬっと男の手が延びた。
「きゃあ!」
晩清が頭を抑えた時には、既に簪が抜かれていた。晩清の簪は、全て仕込み簪である。男は宝石を散りばめた髪紐の根元に、奪い取った簪を差した。
「女物ですわよ?」
「似合うか?」
晩清は苦笑いをした。侍女がさっと間に入り、主人を守るべく両手を広げて庇う。
「おお、勇敢な手下だな」
「忠実な侍女でございましょう?」
晩清が自慢そうに言った。暁風は目を細める。
「お嬢様言葉もいいもんだな。ベタベタと薄気味悪いと思っていたが、小蘇が使うと可愛らしい」
助け合いをする時には、晩清は侠客仕様である。本来の身分相応な振る舞いは、初めて見たようだ。
「可愛いだなんて」
晩清は調子を狂わされて赤面した。暁風は、晩清の帯に翡翠の玉佩が飾られているのを確認して、満足げに頷いた。
「護身用に貰っておくよ」
暁風は奪った簪をちょんと叩いて、にこりと笑った。
「立派な剣も、自作の暗器もお持ちでしょうに」
「小蘇が私と離れず守ってくれてる気がするんだよ」
「!!!!!」
晩清は、首まで赤くなって目を釣り上げた。暁風は機嫌良く笑い声をあげた。
「じゃあ、またな、私の小蘇」
「歓迎は致しませんわ」
晩清は、あからさまな作り笑いで拒絶した。二人は別れ際に、互いの報告書を袖に押し込んだ。
ちりりんと澄んだ鈴の音が響く。
「お迎えにあがりました」
カナコは、白い指に嵌めた白銀の指輪を降った。指輪に飾られた小さな鈴が一斉に鳴る。指の先には、部屋の隅に蹲った若い女性がいた。爽やかな菜の花色の上衣を身につけている。藤色の靴には宝石が縫い止めてあった。蔦の形をした翡翠の提げ飾りを握りしめている。女性にも、提げ飾りにも、沢山の血がついていた。
「どなたですか?」
殺気を隠そうともせず、女性が身構えた。片脚を後ろにずらして、素早く身を起こしたのだ。服装からは想像できない高手の動きだ。
「松国宰相の嫡長女、蘇晩清さん。次の人生に旅立つのです」
「まだだ!まだ遣り残した事がある!陛下は?ご無事なのか?」
「叛乱軍も、お仲間も、愛する人も、みんな、とっくの昔に旅立ちましたよ。貴女もそろそろ旅立つ時です」
晩清は勢い良く立ち上がり、手にした匕首を振りかざした。カナコは絵傘を回して防ぎ、数歩歩いて晩清と位置を入れ替えた。
「老葉!どこだ?どうなってる?」
切り掛かる匕首は、カナコの傘で止められた。カナコは踏み込みながら身を返し、閉じた絵傘で腕ごと刃先を挟んだのである。一瞬後にバッと音を立てて絵傘を開き、前に跳んで離脱する。
「三千年前にこの世を去りました」
カナコが事務的に告げた。
「三千年?どうして?どうなっている?」
匕首を構えたまま、晩清は質問した。血塗れ幽霊の割には冷静だ。晩清は、生前の性格を保ったまま三千年の時を過ごしたようである。余程意思の強い人間だったのだろう。
「詳しい事を知りたいですか?」
カナコも、相手の状態に合わせた態度をとった。
「知りたい」
敵意のないカナコを観て、晩清も殺気を収めた。
「では、よくご覧ください」
カナコは、足元の血溜まりを拭うような仕草をした。血溜まりの中に、乱戦が映し出された。晩清はその有様を凝視している。叛乱軍と斬り結ぶ友軍には、晩清本人もいる。晩清から奪った簪を差した暁風もいる。血と鉄の臭いが渦巻く戦場は、皇宮であった。




