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中編

「どうだね、この最新型の魔道具は! 素晴らしいだろう!」


 ロバート・イサリス伯爵はそう言って誇らしげに胸を張った。


 正直に言うと、私はこの又従兄弟にあまり関わりたくない。行動的で愛嬌のある魅力的な人間だが悪気なく人を振り回すところがあり、幼い頃には何度も厄介な目に合わされた。

しかし、アンドリューは私の親戚を無下にできなかったのだろう。私は申し訳ない気持ちと警戒心を持って、慎ましく微笑んでいた。


 応接間に運ばれた魔道具は初めて見る形だった。例えるなら、実家近くの川にいる海老を大きく黒くしたような、継ぎ目の多い不思議な形。


 私が魔道具をじっと見つめていると、夫とイサリス伯爵、彼が連れてきた商人まで笑顔で顔を見合わせている。


 胡散臭い。どうにも、一同の笑顔が胡散臭い。


 イサリス伯爵は商人を促して、魔道具を持たせた。顎に大きな黒子のある商人で、魔道具を抱えるとカタカタと動かしていく。継ぎ目全てに嵌められた屑魔石が動かす度に乱反射して、あっという間に魔道具は円錐台となった。


「こちらの細い方が、放水口です。反対の太い方には内側に屑魔石を混ぜた板を張っております。この板がですね、今ある水魔石に呼応して水を出す仕掛けでして、お手持ちの魔道具にこれを加えるだけで良いのです」


 説明を終えた商人は魔道具を両手で掲げて見せた。


「どうだい。アンドリュー、試しに持ってみないか?」


 イサリス伯爵の薦めで、アンドリューは魔道具を手に取った。


「少し重みがあるのだな」

「はい。あまりに軽いと放水の際に安定いたしませんので」


 アンドリューの感想に商人は淀みなく答えた。


「君も持ってみるか?」


 アンドリューに魔道具を差し出され、口を開きかけた時、


「やめとけ。お転婆ユーカリは今じゃ非力な夫人だ。購入前に落として修理費まで払うはめになるぞ」


イサリス伯爵がからかうように遮った。


「ふふっ。又従兄弟殿、ご心配ありがとうございます。私、年を取ってもお転婆のままですの。持ってみたいわ。よろしくて?」


 私がおっとりと告げると、イサリス伯爵は鼻で笑った。すぐに壁際と衝立の裏に控えていた使用人がさっと周りにやって来る。アンドリューから魔道具を受け取る私を、左右と後ろからそっと支える、ように見せかけた。


「屑魔石でも、美しいのね」


 私は見とれる振りをして、魔道具をざっと確認する。確かに少し重く、長時間の使用には向かない。それにこの屑魔石。私はうっとりと呟く。


「本当に綺麗」


 屑魔石は繋ぎ目の周囲を取り囲むように付けられていた。しかし、屑魔石の間が回路で繋がっていない。これでどう出力するのだろう。私は左側の使用人に目配せすると、魔道具を渡して手を下ろした。使用人達は魔道具を慎重な扱いで商人に手渡し、それぞれの持ち場へと戻った。


「ねえ、実際に使っているところを見せてくださらない?」


 私の提案にアンドリューはほう?と呟き、イサリス伯爵は片眉を上げ、商人は驚いていた。


「我が家の温室で試しに少しだけ。いいかしら? 勿論、使用したこの現物を購入するわ。色々と細かいことを聞かせて頂戴な。旦那様、いいでしょう?」


 商人と夫にそう切り出すと、夫は嬉しそうに頷き、商人は頭を下げた。


「ええ、是非とも。奥様、ありがとうございます」

「ふふふ。決まりね。準備ができたら呼びに来て。その間、又従兄弟殿と、商人のあなたにもお茶を用意しますわ」


 私の言葉で、使用人達が部屋を出ていく。


「気に入ってくれて何よりだ。私も紹介してよかったよ。アンドリューが、最終決定は君次第だというのでね」


 イサリス伯爵は急に態度を変え、にこやかになった。


「こちらこそ、良いものをありがとうございます。イサリス伯爵」


 アンドリューは私と共に伯爵に頭を下げた後、商人に握手を求めた。


 私はそれを見ながら、イサリス伯爵に尋ねる。


「ところで、奥様はお元気かしら」

「ああ、妻は」


 言いかけたタイミングで扉がノックされた。


「お茶をお持ちしました」

「入って」


 私が使用人の声に応じると、扉が勢いよく開かれた。護衛が屈強な男達をつれて、昼に呼んだ商人と魔道具技師と一斉に部屋に押し掛けた。


「そいつです!」


と、魔道具技師が黒子の商人を指差す。咄嗟に逃げようとした黒子の男を、イサリス伯爵が押さえ込んだ。そこに屈強な男達が縄を持って突進し、素早く縛り上げた。


「なんだ、これはどういうことだ」


 狼狽えるアンドリューに、私は悲しげに真実を伝える。


「旦那様、これは詐欺ですわ」



「ご協力心より感謝する!」


 大捕物も終わり、上機嫌になったイサリス伯爵は、困惑する夫と冷えた態度の私を意に介してない様子だ。


「何故、ご相談くださらなかったのか」

「敵を騙すにはまず味方から、と言うだろう? 君は最高の協力者だったよ」


 しょげる夫に、イサリス伯爵は得意気に答えて、語り始めた。


「最近、魔道具詐欺が多発中と王宮から通達が来てね。特に魔道具の買い替え時を狙われると聞いて、ここの設備もそろそろかと思ったのだよ。折よく紳士クラブでシミンターレ家への紹介を頼まれたから、これは! とね。これほど上手くいくと思わなかったよ」

「そうでしたか。もし、私どもが気づかなかったらどうなさるおつもりでしたの?」


 私が冷ややかに問うと、イサリス伯爵はヘラヘラと笑って答える。


「勿論、代金を払う前に捕まえるつもりだったとも。実際その場に私も立ち会うし、イサリス家の私兵も用意したさ」

「伯爵は、我が家の魔道具を損おうとなさったと?」

「被害は出ていないだろう? ユーカリが先に見破っているのだから」

「家名でお呼びくださいませ、イサリス伯爵。その意向ありきが問題なのですよ」


 伯爵は気を悪くしたようだが、私は引かなかった。


「我が家の温室で、水やり魔道具を使って、丁寧に育てているものをご存じのはず。王家に毎年献上している花。それを損なうとなさったこと、どうお考えで?」


 私の詰問に、イサリス伯爵は口を噤んで目をそらした。答えられるわけがない。王家に害意があったと認めることになるのだから。


 しばらく沈黙が続いた後、不貞腐れたようにイサリス伯爵が溢した。


「水際で食い止めた。被害は出ていない」


 その通りだ。被害が出ないように動いたのだから。


 普段こちらを見下している伯爵が、魔道具が壊れたのを機に近づいて商人を紹介してくるなんて怪しむのが当然だ。


 伯爵の寄越す商人よりも先に、信用できる商人、技師を用意してまずは情報を得る。商人仲間なら詐欺師の情報も共有しているはずと、礼金を出して居残ってもらった。使用人の振りをして確認した後、部屋から出る口実を設けて警備のものを呼んで捉えたのだ。その算段を全て私がした。実際、最後に詐欺師を押さえ込んだのは伯爵だけど。


「……ええ、結果的には。けれど、またこのようなことがあるのなら、今後の親戚づきあいは改めたく存じます」


 イサリス伯爵は、私の目で本気だとわかったようだ。


「悪かった。次はない」


 私は、横の夫を見た。夫は少しの間考えていたが、穏やかな顔で頷くとこう言った。


「イサリス伯爵、謝罪を受け取ります」

「ああ、アンドリュー。ありがとう、アンドリュー!」


 パッと表情を変えたイサリス伯爵は、夫の両手をがっしり掴んで大袈裟にぶんぶんと振った。


 あ、こいつ反省してない。そうだった。こう言う人間だった。


 秒で悟った私は、奥の手を出すことにした。


「では、又従兄弟殿。これからの末永い親交のために、私の願いも一つ叶えていただきたいわ」

「なんだ、無理難題を押し付けるつもりか?」

「いいえ。とても簡単なことよ。貴方の奥様、サルビア様と出掛けたいの。妻たちにも楽しい休日を下さいな」

「サルビアが応じるなら、いいとも」

「ありがとうございます。嬉しいわ。早速お手紙を出すわね。アンドリューに又従兄弟殿、少し遠出をしてもよろしくて? 日が落ちる前には戻りますわ」

「いいよ」


と夫は笑顔で応じ、


「ああ、羽目を外しすぎるなよ」


とイサリス伯爵は答えた。


「よかった。二人とも前からシャンティイ劇団のお芝居が見たかったの。やっと女優のシレーネ・エルシャの演技と美貌が拝めるわ!」

「…そうなのか?」

「ええ! 伯爵は意外と流行に疎いのですね」

「何もそこまで遠くにいかなくても……」

「あら、先ほど許可は取りましたのに。何がいけないのか教えてくださる?」

「……楽しんでくるといい」


 喜ぶ私を前に、伯爵は突然歯切れが悪くなった。


「ありがとうございます! 今日はこちらにお泊まりでしたわね。そろそろ晩餐に致しましょうか?」

「あー、そのつもりだったが、今日は戻ることにする。詐欺師の報告も上げなくてはならないし、大捕物で君たちを煩わせてしまったからな」

「私どもならよろしいのですよ?」

「ありがとう、アンドリュー。これからの円満な親戚づきあいのために、ここは遠慮しておくよ」

「お気遣いありがとうございます」

「残念ですわ。またいらしてくださいませ」


 私たち夫婦に見送られ、イサリス伯爵はそそくさと帰っていった。


 まあ、自分の親類と妻が、愛人の舞台を見に行くと知って平静ではいられまい。せいぜい、足掻けばいいのだ。


「どうしたんだろうね?」

「ええ、本当に」


 不思議がる夫に私は微笑んで、告げた。


「あなた、私たちもこれからゆっくり話し合いましょうね?」

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