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前編

 昨晩、水やり用魔道具が壊れかけていると報告があった。


 私、ユーカリ・シミンターレ子爵夫人はそれがずっと気がかりで、思わず朝食の席でため息をついてしまったのだ。


「どうした?」


 そう返されて、はっとしたけれどもう遅い。十二年連れ添った夫アンドリューが、私を怪訝そうに見ていた。


「大したことではありませんわ」

「隠されると気になるだろう」


 上手く流せなかったことに軽く苛立ちながら、私は笑顔で答えた。


「設備に些細な不備が見つかりましたの。その手配を考えておりました」

「何が壊れた?」

「……水やり用魔道具ですわ。まだどうにか使えますの。長く使うものですから、次の買い換えを今のうちに吟味しておりまして、つい」


 私はその部分を殊更はっきりと発音しながら、夫の顔を見つめた。伝わるか? 伝わってほしい、どうか。


「完全に壊れる前に取り替えないとな」


 夫は心配そうに言った。


 魔石を使った魔道具は高価で、その最も高い部品は魔石だ。魔道具の価格の約半分は魔石の値段。つまり魔石に破損がなければ、修繕費用はぐっと抑えられる。


「はい。幸い、魔石は大丈夫そうです。早急に対応しますわ」

「うむ」


 夫は私の答えに満足げに頷いた。


 その話はそこで終わり、私はほっとしてまた食事を始めた。


 その後会合に向かう夫を見送り、私は温室に水やり用魔道具を調べに行った。庭師の案内で執事と侍女に付き添われて、破損状態を確かめる。


「ああ、良かった。水魔石は無事ね」


 嵌まった魔石は変わりなく、薄青に淡く輝いていた。


「左様で。昨日から手元の水出し切り替え部分が壊れて、じわりと水が漏れていますんで」


 執事に促され、庭師が大きな身体を縮めて答えた。


 水漏れは水魔石の消耗に繋がる。早めに直さなければ。私は切り替え部分を確かめた。これならこの部分を交換すればよいのでは。思ったより費用は抑えられそうだ。


「それなら、ここを取り替えましょう」

「へえ、今までは何年かにいっぺん取り替えておりましたけんど…」

 

 言い淀む庭師に、私は促した。


「何かしら?」

「こちらの魔道具は、大分古いもんで。前回の修理で、次は部品がないだろうと言われました」

「そうなの?」


 私の疑問に答えたのは執事だった。


「はい。先代が購入当時の最新型でした。高価で長持ちいたしましたが、今ではもう少し扱いやすいものが出ているそうです」

「まあ。そういう型は魔石数がかなり必要になりそうね?」

「その辺りも含め、一度商人に相談してはいかがでしょう」

「それがよさそうね。あなた、早めに知らせてくれて助かったわ。漏れでる水は貯めておいて使うように。私、戻ります」


 私は庭師にそう声をかけて、自室に戻った。商人を呼ぶように言付け、執事と予算について話す。長く使うのだから、価格と維持費、修繕費、機能、性能を鑑みて、釣り合う品を予算内で選びたい。大体の目安を設けて詳しくは商人が来てからと、執事は下がった。商人からは明日の昼過ぎにお伺いしますとの返事が届いた。


 そのように準備が整ったところで。


「今日、出先で良いものを購入した」


 夕食を共にしながら、夫がにこやかに切り出した。


「まあ、何でしょう」

「水やり用魔道具だ。壊れかけていると言ったろう?」


 その言葉で、私はピタリと動きを止めた。


 ま た か


 悲しいことに、我が夫はよかれと思って、ことごとく要らないものを買ってくるのだ。私の失望に気づかず、夫は笑顔で話を続ける。


「これまでの据え置き型と違い、今主流の小さい魔石を使った軽い物だ。性能は大きい魔石を使う従来品と変わらない」


 無言で微笑む私に、夫はなおも笑顔で話す。


「分解して洗えるから、こまめな手入れで修繕費も抑えられて長く使えるそうだ。どうだ、良いものだろう」


 訊かれているのに微笑むだけの私に、夫はやっと訝しげに思ったようだ。私は夫と目を合わせ、たっぷりと間を取ってから口を開いた。


「私、次に買う品を、予定しておりました」

「それはもういいだろう。こんなに良い品が既に手に入ったのだから。それにイサリス伯爵からの紹介で、初回は進呈すると言ったぞ」


 夫はムッとして格上の伯爵家の名を出した。これ以上何を言っても通じないと悟り、私は話を切り上げる。


「まあ、よろしゅうございますの?」

「ああ。明日の夕方、イサリス伯爵が商人を連れて我が家に来られるから、その時に商品が届く。その後、伯爵は泊まってゆくからそのように」

「はい。ご用意しておきます」


 私は素直に応じ、そのまま二人とも黙々と夕食を食べ終えた。


 朝の釘刺しはまるで効かなかったらしい。夫は伯爵家の名で、私を黙らせたつもりでいる。まあ、よい。全ては明日だ。私は早々に眠って鋭気を養うことにした。


 次の日、夫は朝から夕方まで執務室で書類と向き合っていた。


 私は軽い昼食の後で商人に会うと、魔道具専門の技師を伴って来ていた。恭しく挨拶をしようとした二人を止めて、私は本題に入った。


「まず、我が家の魔道具を見て頂戴」


 温室に案内すると、技師はさっそく魔道具を触り始めた。やって来た庭師にも質問しながら、細かく一つ一つ動作を確認する。


「本体の方も異常が出ています。魔石からの回路が一部繋がっておりませんね」

「直るかしら」

「直せますが、先の切り替え部品が他国からの取り寄せになるのと、回路の組み直しを考えると……修理より新しい製品をお薦めします。この型の魔道具の回路は一つ悪くなると連鎖しやすいので」

「それは困るわね」

「今の製品は回路の組み方もより洗練されており、魔石消費効率も高く、性能面でも遜色ないかと」


 すかさず商人が口添えした。


「新しい製品は、今までとはどう違っているのかしら」

「分かりやすく書いたものをお持ちしました。ご説明させてくださいませ」

「いいわね。部屋で詳しく聞くわ」


 商人がいうには、三年前に魔道具に革命が起きた。簡単に説明すると新しい回路の組み方により、魔石の消耗を抑えつつ魔道具の性能を上げられるのだとか。今までの、魔石の大きさと魔道具の性能が比例する常識はもう古いそうだ。


 今まで小さくて使えなかった屑魔石を新しい回路で魔道具に組み込めるようになり、軽くて高性能なお手頃品が増えた。ただ、耐久性に欠けるため持って三年だとか。


「それをいいことに粗悪品を売る詐欺も増えました」


 嘆く商人の横で、憤る技師がこくこくと頷いている。


「さて、こちらには大きく良質の魔石がございますので、合う型の魔道具をご紹介いたします」

「あら、古い型なの」

「いいえ、大型魔石用にも新しい回路を使った魔道具がございます。それにより大きさ、強度も従来とほぼ変わらず、魔石の消耗を抑えた逸品です」


 いくつかの新しい魔道具を丁寧に説明された。


「そう。やはり高価なものになるわね」

「はい。こちらの子爵家にふさわしいものかと」


 笑顔の商人に、私は微笑み返す。


「この魔道具は先代から続く大切なもの。新しく替えて不具合が出た場合、どうすればいいのかしら?」

「さすが、奥様。そのために私どもよりご提案が。定期的な点検を年に一度、更に一年の間は無償で修理をいたしましょう」

「まあ、そうなの。話にならないわね」


 あっさりと告げる私に、商人はにこやかに返す。


「奥様、お気に召しませんか」

「ええ。我が家を知っていてこの条件ですもの」

「これはこれは」


 困り眉を見せる商人に、私はさらに続ける。


「大きな魔石を使った魔道具は、貴族でも簡単に変えないわ。成果を出している所ほど慎重よ。大型魔石を使った新しい回路の魔道具、実務使用の計測情報はまだ少ないでしょう?」

「定期点検を年に二度で二年間、無償修理も二年間では?」

「あらあら。もし魔道具を変えて成果がでなければ、我が家もあなたもどうなるかしら」


 その時、黙って控えていた技師が叫んだ。


「一年目の定期点検を四回、その後は三年目まで最低二回の点検で計測させてください!」


 技師を横目で見た商人に、私は笑顔を見せた。


「あら、話のわかるかたで嬉しいわ。なら、無償修理は二年間でいかが?」

「……参りましたな」

「代わりに、成約すれば我が家の名を使ってもよくてよ。あの吝嗇家のシミンターレ子爵も愛用とね」

「では、ありがたく。奥様は先代からしっかりと学ばれているようですな」

「ええ、先代に貧乏子爵家の節約術を見込まれての婚姻でしたもの。こちらの条件に合わせてくれてありがとう。お詫びに夕食をご馳走したいわ」


 にっこりと笑う私に、二人は苦笑いで応じた。 

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