第五話〜リーズ、そして転生
「大事な話があるんです」
リーズさんの真剣な眼差しに、俺と勇人は言葉を交わさなかったが、健闘を祈る……と言うメッセージが、アイコンタクトだけで分かった。
「いや、今から行くわ。そんなたいした話してねぇし」
俺は、今から命をかけた戦場にでも行くかのような気分で、リーズさんとともに学校の屋上へ向かった。
リーズさんは屋上へ着くと、今時になってこの柵のない屋上の端の方へと走っていき、下をのぞき込んだ。
「思っていたより高いんですね。魔王城の3階くらいの高さはあります」
直後、リーズさんは支えていた手を滑らせ、屋上から危うく落ちそうになった。
「ちょ、おい!」
それはもういつぶりかってほどの全速力で駆けつけ、なんとかギリギリ助けることができた。
「おい、危ねぇぞ」
俺の腕の中で、リーズさんは真っ直ぐに俺を見つめた。
急なハプニングとはいえ、俺は今、リーズさんとハグをしている。
ここにいるのは、俺と彼女の二人だけ。屋上で見つめあう二人。このロマンチックな状況。これは、キッスチャンスなのでは?
「ありがとうございます、桜助さん」
リーズさんが、俺の頬に手を添える。
「は、はいっ」
これは……これはそういうことだよな。
覚悟を決めろ、俺。
ファーストキス!
キスする側のはずの俺は、あまりの緊張につい、目をつぶった。
いや、俺が目を瞑ってどうする!
目を開け、リーズさんを見る。するとリーズさんは、俺から目を逸らし、辛そうな顔で言った。
「ごめんなさい……」
次の瞬間、誰かに突き落とされたような感覚がした。
俺は、宙を舞っていた。
「ぇ……」
リーズさんが俺を屋上から突き落とした。その事実に、心がぐちゃぐちゃになった。裏切られた。そのショックと悔しさから、涙がにじんだ。
思えば俺の人生、全部自分の顔のことを言い訳にして、何もやってこなかった。もし、次があるのなら、顔が怖いからなんて言い訳せずに、俺の信じるやりたいことを……できるかなぁ。父さん母さんごめん。妹も、勇人もきっと悲しむよな。
あーあ、なんでこうなるんだよ。
「くそ……何で」
自分の人生の悔いに、虚しさが蔓延して拳を握った。
「魔王様、私はいつまでも……この平和な世界でお待ちしております。行ってらっしゃい」
「……」
落ちていく俺の姿を、屋上から見届けているリーズさんの表情が俺には忘れられなかった。どこか悲しそうな、寂しそうな、懐かしそうな、安心したような。だけど、そのときのリーズさんの表情は、いつにも増して美しかった。あんな顔を、俺に向けてくれるなんて。
死ぬのは怖い。自分が消えるのも怖い。
でも最後に、良いもん見れたから……いっか。
この日。俺、佐久間桜助は、人生で何も成し遂げること無く命を落とした。
ハズだった。
※
あれから、どれだけ時間が経っただろうか。まるで寝ている時みたいに朦朧として、自分の中で流れる時間は曖昧だった。
自分に確かな意識を感じたとき、そこに芽生えた感情は、諦めでもしょうも無い満足でも無く、怒りだった。
何故、リーズさんが俺を屋上から突き落としたのか。悪いことをしたわけでも無いのに、何故俺が死ななければならなかったのか。
不安と疑問は、徐々に怒りへと変わっていく。
何で……何でだよリーズさん……何で俺を殺した!!
「はっ」
心に蔓延する負の感情に耐えられなくなり、俺は目を開けた。
「俺、死んだんじゃ……」
なんだか切ない気分になって、妙に重たい体を起こした。いつもベッドから起きる時のアホ面で、頭をかいて大きなあくびをする。
「ふぁ~あ」
取りあえず、こうして俺がここにいると言うことは、屋上から落下した後、奇跡的に助かったと言うことなんだろう。あの高さから落ちて助かったって事は、よっぽど当たり所が良かったんだろう。
ぼやけた視界が徐々に鮮明になっていき、ここはどこだろうと不意に辺りを見回した。
「……へ?」
そこに広がっていたのは、この世のものとは思えない光景だった。上を見渡せば、どこまでも美しく広がる黄色い空。そして少し目を落とすと、深い青色の葉をつけた木々が立ち並ぶ。もちろん草の色も、木の葉と同じく深い青。
そして、その森の奥に見える大きな城壁に囲まれた西洋風の街。これに関しては、色が違うと言ったことは無く、イメージ通りそのままの中世ヨーロッパ風の街なのだが、そもそも城壁に囲まれた中世ヨーロッパ風の町である時点で、現実では全く見慣れない光景だ。
そして、俺の身につけている。服装。いや、装備と言うべきだろうか。黒色をベースに、複雑な造形の赤色のラインが全体に施された鎧。赤のラインは胸部へと集中し、3つの規則的に並ぶ赤い球体で交わる。そして、同じく黒に赤いラインが入った籠手。どれも現代じゃなじみのない、ゲームの装備を身につけているようだ。そう。ここは、自分の元いた日本とはまるで別世界……いや、言い方を変える。
異世界だ。
あまりの異質さに圧倒され、心臓が大きく波打つ。だが、この世界はとても心地よく、美しい。都会のすさんだ空気とは違う。何の不純物も無い自然そのままの空気を吸うだけで清々しい気分になる。そして、優しく頬をなでる風。
「おい、これって……まさか」
俺は、この現象の名前を知っている。
「異世界……転生」
今、俺が感じているこのリアルな感覚。知っている自然とは違うが、それでもこの大自然とふれあっていると、生きていた頃よりも遙かに自分が生きていることを。実感させられる。
これが夢であるはずが無い。
「ああ……そうか、俺は死んだのか」
じゃあ、親父や母さん、妹とももう、会えないのか。勇人とも……。
皆、俺が死んで悲しんでくれるだろうか……。
ああ、無駄だ。そんなこと考えたって、意味はない。俺は、死んだんだ。よそう……考えても、辛いだけだ。
「……」
ああ、バカ辞めろ、考えるな……考えたら。
「……くっ」
涙が溢れてきた。異世界転生、ちょっとしてみたいと思っていたけど。言ってしまえば、
俺が今まで生きてきた全てを、捨て去る事が、良い事な訳がなかったんだ。
「くそ……帰りてぇ」
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