第二十八話~お許しを
黒炎と接触した光は巨大な虹色の光へと変色しながら、次第に黒炎に飲み込まれていった。
そして光はゆっくり、ゆっくりと明るさを失っていき、落ちなかった閃光花火の様に、消えていった。
「終わったか」
俺はそのまま重力によって地面へと落下し、氷付けにされている折れた時計塔のてっぺんに氷の足場に着地をする。
けたたましく鳴り響いていた轟音は嘘のように治まり、異様な静けさが、戦いの終焉を告げる。
辺りを見回すと、そこには俺の手によって氷付けにされたフローラルの町の姿があった。
光の矢と黒炎の接触時の熱風で溶けたとは言え、俺が作り出した氷は未だ町の全てを飲み込んだままだ。
そして、町の住人全てが凍りづけにされたということは――。
「魔王様、僕のことを止めていただき、ありがとうございます」
俺が立っている時計塔のてっぺんに音もなく現われた死神メトスは、俺に顔を見せることなくその場で跪き、頭を垂れた。
死神は、町の住人の認識によって人格が変貌する。
町の住人全てが氷の底に沈んだ今、目の前にいるのは死神メトスが持つ本来の人格だ。
「誰だ」
だが、今の俺にはそんなことはどうでも良い。俺の心を支配するのは、この町の人々の命を虫けらのように扱った、あの光の矢を放った奴らへの怒りだ。
「あの光の矢を放ったのは、誰だ!!」
こんなにも怒りを、憎悪を感じたのは、人生で初めてだ。
人が死んだ事に怒りを覚えているんじゃない。あの矢からは、悪意と無機質さを感じた。自らの都合の良い結果をもたらす為に、命すらも損得の勘定に入れる悪意。そして、失われる命に対して、なんとも思っていない無機質さ。
そして、それを正しい事だと全く疑っていない鈍感さ。
イライラしてしょうがない。
「このような非道を行うとしたら、かの国しかいないでしょう。人類で最も巨大な軍事国家、ユーシア帝国」
「ユーシア帝国?」
はぁ?同じ人間が、俺を殺すついでに同族を殺そうとしたってのか。リーズみたいに人間を恨んでいて、人の死になんとも思わない魔族とかならまだしも、同じ人間が?
……いや、する。人間は、そういうことを。
何て……何て、醜い奴らなんだ――。
「魔王……様?」
「!?」
気付くと、俺は光の矢が降り注いだ空に、再び巨大な黒炎を生み出していた。
どうやら怒りに我を忘れていたようだ。ぶち切れた奴が気づいたら相手をボコボコにしてた見たいな話たまに聞くけど、まさか本当に我を忘れると、自分でも気付かないうちに拳を振り上げるんだな。
「ふー」
落ち着け、頭を冷やせ。俺が一番、怒りに飲まれて魔法を放っちゃいけない奴なんだ。
自覚を持て、俺は魔王だ。俺の行動一つで何人も殺してしまえると言うことを忘れてはいけない。
それにしてもおかしいな、魔力はとっくに使い切ってスッカラカンになった筈なのに、いつもの調子に戻っている。
まぁ良いか。大した事じゃないだろう。
「ああすまん、全くメトスお前、苦労させやがって」
「魔王様には、ご迷惑をおかけしました」
流石魔王軍四天王とラプラスの書に書かれていただけのことはある。明らかにその強さは俺クラスだった。
そこらへんの冒険者だったら、俺に前魔力を注いだ一撃を放っても傷一つ付けられないというのに。
戦闘の機転の効き方もすさまじかった。まさか触れられない死神に唯一触れることができる俺の両刀剣に攻撃を入れて、使い手である俺ごと吹っ飛ばすとは。
本当に、魔王の圧倒的なフィジカルがあったおかげで何とかなったが、ずっと戦闘では押されていたような気がする。
「ですが、流石魔王様です。我を失った僕の攻撃を耐え抜き、事態を収束させてしまったのですから」
死神という敵は、本当に手強い。威力に関係なく鎌を胸に突刺されたら、即命を一つ落すとか言う鬼畜。しかも死神の攻撃は両刃剣で防がないと俺の体をすり抜ける。腕とかでガードしようもんならそのまま胸を貫かれて終わっていた。
良く耐えたよな、俺。
「まだ事態収束してねぇよ。この氷溶かさないと」
「何言ってるんですか魔王様、今この氷を溶かしたら、また死神が暴れだします!」
と、いつの間にか時計塔のてっぺんにやってきていたリーズが、相変わらずの憎たらしい口調で俺に言った。
だが、ごもっともな正論だ。今人々が凍りづけにされているから、死神は元の純粋な人格のままでいられる。だが、人々の氷が解かれれば、また彼らの死神に対する恐怖のイメージがメトスの人格を変貌させる。
「確かにそうだわ、くそ……どうすんだこれ」
「何故人間等気にする必要があるのですか。放っておいてしまえば良い。命を失わないだけ、彼らは感謝すべきです」
こいつ、めちゃくちゃだよ本当に。魔族ってのは本当に人間のこと嫌いなんだな。
「言葉を返すようだが、僕はこの町の人間達が好きだ。魔族として、人間を恨む君の気持ちは分かるが、彼らも僕ら魔族と同じように、心を持ち、生を営んでいる」
死神はリーズの言葉にそう返すと、更に深く頭を下げて俺に言った。
「魔王様どうか、彼らを救って上げてください」
「な、何を!魔王様、聞く必要はありません」
リーズは今にも額の欠陥がぶち切れそうな程怒りを露わにしながら、声を荒げた。
「でもメトス、お前そうは言うけどさ、お前の言うとおりこの町の氷溶かしたら、またお前俺に襲ってくるだろ?どうすんだよ」
俺の質問の答えを、初めから用意していたかのように、メトスは顔を上げてニコリと笑う。
「無論、決まっております」
メトスは右手に持つ鎌を掲げる。
「この鎌で、自らの胸を貫けば良いだけのことです」
「貴方正気ですか!とても魔族とは思えません。人間の為に、自分の命を絶つなどと。それに貴方は、これから魔王様の配下となる使命があります。死なれては困ります!」
「……どうか、お許しを」
メトスはリーズの言葉に、ただその一言だけ応え、沈黙を貫いた。
「お許しをって言われてもなぁ」
嫌だよ、死ぬことに許しを出すなんて気分の悪いこと。それに俺だって、旅の仲間は多い方が良いと思ってる。誰も知り合いのいないこの広大な異世界で、この生意気なリーズと二人っきりでいなくちゃいけないのは、まじできつい。
せめて、気が許せる男が一人欲しい。
だが町の人々をこのままにしておくのは、やっぱまずいよな。
「メトス、自分の命を絶つのは辞めて」
背後から聞こえたのは、ルーメの声だ。振向くとそこには、地面もないのに空に浮遊している、白いワンピースの少女の姿があった。
先日、《悪役令嬢に転生した私。悪い奴を懲らしめていたら、王国で噂のダークヒーローになっていた件。という短編作品を投稿いたしました。25000文字程です。
このお話との繋がりはありませんが、是非読んでいただければと思います。
ええ、この話の更新間隔を空けて短編に気移りしてしまい、土下座です。




