第十六話〜黒炎
誰一人言葉に発することはない、皆が命を諦めている。空に手を掲げ、色とりどりの魔法陣を展開しているのは、数千人を超える人混みの中でたったの数十人。
・・・・・・聞こえる。感じる。絶望を。
どす黒く、ドロドロとした絶望の感覚は、俺の体中に流れ込み、寝起きでぼんやりした脳から、余計なものを全て洗い流していく。
気持ちが良い。スッキリする。こんなに頭がスッキリしたのは、体が軽いのは初めてだ。
目が冴えてくると同時に、体に駆け巡る絶望の感触がエネルギーに変換されていく。
みなぎる・・・・・・絶望が、力が!
胸の内に暴れ回るエネルギーと衝動を、俺は心のままに、解き放つ。
町の半分の直径を持つ光の矢より、更に大きな黒の魔法陣が、俺の頭上に展開された。
魔法陣からは燃えさかる黒煙が立ち上り、その黒煙が空を埋め尽くしたその時、魔法は解き放たれた。
「ッッッッッッッッッッッッ!!!!」
まるで、カラスが羽を大きく広げた様に、魔法陣から現れた黒炎は大きく、ゆっくりと眼前で広がった。
そして、羽を広げた黒煙は飛び立つように、光の矢へと飛翔していく。
黒煙と光の矢が接触した瞬間、矢の光と黒炎は浸食しあい、徐々に光も黒炎も、輝きを増していく。
そしてその輝きが頂点に達したとき、光の矢は自らの形を保てなくなり、轟音を立てて崩壊していった。
その轟音は、ハイになっていた俺の頭を我に返させた。
俺の目に写ったのは、黒炎を纏い、散り散りに散り始めている矢の残骸。
「炎が、街中に・・・・・・」
「まずい!」
一人の冒険者が叫んだと同時に、他の冒険者達も一斉に、自らの頭上に色とりどりの魔法陣を作り出す。
崩壊した光の矢の残骸は、黒煙を纏って町へと降り注いでいく。
冒険者達は、黒煙を纏った矢の残骸を鎮火していった。
水、氷を使って鎮火。更に炎を燃えがらせ燃え尽きさせる。黒煙を纏う残骸に魔法陣を通し、転移、またはごま粒程度の大きさに縮小。様々な方法で。
一カ所から一千を超える冒険者達の魔法が、黒煙を待とう矢の残骸に放たれていくその様はまるで、花火の様だった。
だが、花火の輝きは一瞬。ほんの数十秒で全ての残骸は、冒険者によって消し去られた。
全てが終わり、再びその場は静寂へと変わる。
何故か。それは一人の冒険者の呟きが明らかにした。
「黒い・・・・・・魔法陣、この中に、魔王がいる!」
その時、静寂は打ち破られた。冒険者達は光の矢の時とは打って変わってパニックに陥り、皆が町の外に繋がる門へ向かって走り始めたその時。
「落ち着きたまえ。諸君達を町の外に出すわけには行かない」
気づくと、数千の冒険者の数を上回る数万の兵士が、メモントリの花園付近にいた俺達を取り囲んでいた。
「この中に魔王がいる。それが誰か分かるまで、この町から君たちを出すわけにはいかないのだよ。だが安心したまえ、魔王が誰か分かるまで、ここにいる全ての人間には、最低限の衣食住を保証しよう。私は寛大だからな」
横柄な台詞を言いながら姿を現した壮年の男。美しい金髪、眉間のしわが特徴的。赤い貴族服に身を包み、左の腰にはレイピア。
格好だけで見れば、兵士達と遜色ない。
だが、その痩せ細った体型と、一目見て分かる異常な程の猫背。そして立ち振る舞い。
全てが様になっていない。挙動不審で、切れがなく、その目からは信念も感じられない。
まるで子供のまま大人になった少年が、兵士の真似をしているようだった。
「私の名はビスケル・ア・フルール。この町の長だ。まずは死神の討伐を餌に、君たちの命を軽んじた行為を詫びよう」
名前を聞いた途端、その場にいた全ての冒険者が侮蔑の視線をビスケルに向ける。
皆、知っているんだ。この男が誰なのか。どんな人物なのか。
「3日だ。3日以内に、魔王を見つけ出せ。さもなくばここにいる者全員を、殺させて貰う。私が、帝国貴族となるために」
※
あの後また、元の宿屋に戻ってベッドに入った。さっきまでは気持ちよく眠れたのに、今はどうにも眠れない。
あの黒炎の残骸を、他の冒険者が対処していなかったら、俺はまた、町を一つ破壊してしていたかもしれない。
そう思うとやっぱり少し、寝心地が悪い。
「魔王になっても桜助は、優しいね」
ベッドの傍らには、気づくとメモントリの花の付近にいた少女、ルーメがいた。
おかしい、彼女にはこの宿のことは伝えていない。
「お前・・・・・・何でここが」
「今は、知らなくて良いの。それより、桜助には知って欲しいことがあるから」
ルーメはそう言って、俺の質問を軽くはぐらかす。
「酷かったでしょ。ビスケルじじい。この町の人、皆あの人のこと大嫌いなんだよ」
じじいって、仮にもこの町の長名乗ってる奴が、町民の子供にそんな呼び方・・・・・・どれだけ人望ないんだよ。いや、見るからにないか。
「あの人、気に入らない人皆殺すの。私達のこと、奴隷か何かと思ってるの。見たでしょ?さっきの。桜助と冒険者の皆が助けてくれなかったら、沢山死んでたよ」
「・・・・・・確かに」
まるで子供みたいに、ビスケルという貴族は命を粗末にしていた。命を粗末・・・・・・という点で言えば、俺も数え切れない人間を殺してしまっている。けど、あの陳腐な貴族との違いは、人を殺してもなんとも思ってないわけじゃなく、なんとも思えないことに悩むからいには、命への経緯が俺にはある。
それに多分、そうなった理由だって魔王になったからだし。
でもあいつは、人間の癖に、悲しめる癖に、なんとも思っていない。
権力を持つ者の、当然の権威だと考えているのが、目に見えて分かる。
「死神さんもね、あの人に利用されて狂っちゃったの」
「利用・・・・・・って、何か知ってんのか?」
「その話は多分、お姉ちゃんと話したら分かるんじゃないかな」
「お姉ちゃん?」
ガチャッと扉が開く音がしたと同時に、リーズは俺の部屋に入ってきた。




