第十一話〜稽古
三ヶ月前。
「明日から、勇人様の槍術の指南をさせていただきます。ユーシア帝国第二師団団長、ミルヴァ・ウル・エフォートと申します」
(すっげ、流石異世界……美人)
思わず勇人の口角が上がる。
それもそのはず、勇人が今まで落してきた女の子達とは比べものにならない程の美貌を、彼女は持ち合わせていた。
真っ白な肌に、華奢だが筋肉質な肉体。身長も170cmと、勇人より少し低いくらい。外人のように彫りが深い顔立ちと、ワンレングスのつやのある黒髪が右目を隠し、大人な雰囲気を醸し出している。
それでいてゴテゴテの徽章を左胸に付けた緑の軍服を着ているのだから、今まで関わってきた女子とはまるで違う。
話を聞く限りでは、魔力なしの正々堂々とした戦いで、彼女の右に出る物はいないらしい。
「よろしくお願いしやっす!槍田勇人っす!正直状況とかわけ分かんないんで、色々と教えてください!」
陽気に振る舞ってはいるが、内心は穏やかではない。
今のこの状況、日本に住んでいる若者であれば、自分が勇者と言われて5割くらいは状況を掴める。
大まかに言えば、大体魔王を討伐するすさまじい力を持った、物語のヒーロー的な選ばれし人間。
「承知しました……ではまず、その後に短期的な目標についてお話させていただきます」
「短期的な目標?」
「はい、数日前に誕生した魔王を討伐するため、ユート様には槍の稽古。及び勇者の力の研究を行っていただきます。期限は八ヶ月。ラプラスの書がこの世に現れるまでに、魔王を亡き者に出来る力をつけていただきます」
魔王、その存在は、勇者三人がこの世界に召喚されたときに、国王であるデイズ・エル・ユーシアから聞かされていた。
ラプラスの書に記載された魔王の誕生。それに備え、いずれ人間の敵となる魔王に対抗するべく、別の世界から剣の勇者、弓の勇者、槍の勇者の三人を召喚した。
「槍の稽古ってのは、この天啓の槍とか言うのを使いこなすためっすか?」
勇人は傍らにある槍をひょいっと持ち上げる。
ぱっと見かなりゴツく、勇人は初めて天啓の槍を見て、「閉じた傘みたいだな」とこぼしたほどに、先端から柄に向けて徐々に大きくなっていく穂は長く大きい。むしろ、穂の方が柄より長い。シルエットだけで見れば、剣と見間違うだろう。色は純白。穂の先端が黄金に輝き、そこから雷の様にギザギザとした模様が螺旋状に穂に巻き付き、それが柄を通っていって金色の石突きと交わり、石突きには赤色の宝石が埋め込まれている。
「はい、ユート様と共に召喚された他勇者二人。豊穣の弓を持つユゲユウカ様、断罪の剣を持つユサケンジ様も、第三、第四師団の師団長から稽古を受けることになっております」
「優華と剣二……あいつらちゃんと稽古すんのかな」
「それは……」
凜々しい表情を不味い物でも食べたかのように、ミルヴァは歪めた。よっぽど駄々をこねているらしいと、勇人も悟る。
あの二人の稽古をする師団長達のことを思い、ユートは心底同情した。彼らは師団長達に横柄な態度を取り、まともに稽古もしないだろう。
「安心してください!ミルヴァさんが教えてくれるなら、自分はあいつらの5倍は頑張りますよ!」
女の子イチコロの爽やかスマイルを放つ勇人。ミルヴァは涼しい顔をして受け流す。
「はい、全力で勇人様の武力強化に努めさせていただきます」
「……頑張るっす!」
一通りの会話が終わり、ミルヴァは勇人に与えられた部屋から退出して行った。
現代でも味わったことのないふっかふかのベッドにもたれかかり、勇人は物思いにふける。
「はぁー」
剣二と優華。二人と異世界に来たと言うだけで、勇人にとっては最悪な気分だ。あの二人の融通の気かなさは、学級委員長だった勇人にはよく分かる。勇者の力なんて手に入れたら、何しでかすか分からない。自分達の国を作って逆らう奴はぶっ飛ばす!みたいなジャイアニズム全開に動く可能性だってある。
それでも、そんな二人がこの城に留まって大人しくしているのは、この国の実質的な政治を行っている王子、グリド・エル・ユーシアのおかげ。
彼の口車のおかげで、あのやっかいな二人が大人しく帝国に従っている。
勇人はあの時の台詞を、一字一句、鮮明に思い出す。
『君たちは確かに、強大な力を持っている。この国はおろか、世界中探しても、魔王を覗いて君たちに叶う物はいないだろう。だが私が見るに、君達二人はその力を、自らの欲を満たすために使おうとしているようだ。その神器を一振りするだけで、どれだけの事が起るのかも理解していないというのに。いけない……実にいけない。そうなってしまえば、我らは総力を挙げて君たち二人を殺さねばならない。多大な犠牲を払うだろうが、多勢に無勢だ。いずれ君達二人の首を取ることができるだろう。我々ユーシア帝国は、武力に関しては自信があるのでね』
いつもなら話を途中で遮り、態度が生意気だと手が出るような剣二が、最後まで彼の言葉を聞いていた。
何となく、気づいたのだろう。あの王子が放つ空気は、常人とは一線を画していた。
剣二が持つ加害的な空気よりも、もっと根深く、深い何か。静かな脅しが、人としての熱の様な物を感じられず、悍ましい。
しかし結果として、あの二人を御することに成功している。流石一国を背負った王子は違うと感心する勇人だった。
だが、勇人もまた、グリド・エル・ユーシアのことはどこか苦手意識を抱いている。綺麗な赤髪の短髪に、爽やかな顔立ちで、内面は底が知れない。
外見は強面だが善良な桜助とは正反対だ。
「そういえば桜助……俺がいなくてもやっていけんのかなぁ」
突然の異世界召喚で、前の世界に取り残してきた幼なじみの友人をふと思い出す。剣二と優華という一番の害悪が暮らすから消え去ったのは良いことだったが、それでも果たして、一人で誤解なく学校生活を送れるのか……。
勇人も、この世界で突如として始まった勇者としての人生を受け入れた訳ではない。だが、ある程度自分が力をつけるまでは、あの王子に逆らうべきではないと判断している。
元の世界に戻るのは、当分先になるだろう。だが、一つだけ手がかりがある。
「ラプラスの書……か」
現在、過去、未来、全てが記された予言の書。ユーシア帝国はその書物の予言に従って動いている。そのことは、召喚された時にデイズ王から聞いている。
「それ読んで帰り方分かるんだったら、ひとまずそれを手に入れる為にも、稽古頑張るか」
魔王と槍の勇者。二者とも目的は同じ。だが、決して彼らは相容れることがない。
魔王と勇者という立場はそれほどまでに、背負う者に大きな乖離があるのだから。
※
「到着しました、魔王様。ここが花の町フローラル。そして、魔王四天王の一角、死神がいると言われている町です」
花のアーチで出来た門を前に、俺は只々立ち尽くしていた。
色鮮やかな花々が建物の至る所に咲き誇っている。木鉢に咲いてるとかではなく、建物の壁面に直で咲く花々によって、俺の視界は埋め尽くされていた。
「……流石、異世界」
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