第十話〜ラプラスの書
なるべく人を殺さない形で。俺ならできる。強大な力を手に入れた俺なら、簡単に。
「わざわざ言わなくても、いずれ貴方はそうなります。ラプラスの書に書いてありますから……」
「何なんだよ、そのラプラスの書って」
リーズは、ラプラスの書の概要を話し始めた。
全てを見通すことが出来るラプラスの悪魔によって生み出された書物で、過去、現在、未来に至る全ての出来事がその本に記されているらしい。だが、その本がどこにあるのか。どのようにして出現するのかは、誰も知らない。何千年にも渡って、権力者達が未来を知るために血眼になって探しているが、見つかっていなかった。
「私は、そのラプラスの書に記された場所で魔王が誕生すると知ってここに来ただけです」
「ここに来たって、学校から?」
リーズは、淡々と答えた。
「つい先日、この世界で最大の軍事国家であるユーシア帝国が、一時的にラプラスの書の生成に成功しました。そこに居合わせていた私が、その本に書かれていた魔王召喚の日のページを破って逃げた。学校とかいう場所じゃないありません。これで満足ですか?」
学校じゃ……ない。
ユーシア帝国から逃亡……だからリーズはフードの男達に追われてたのか。そのラプラスの書とか言う本のページを盗んだから。
じゃあこの世界に召喚された俺の近くにリーズがいたのも、こいつが俺をこの異世界に召喚させたからじゃなくて、ラプラスの書に俺がここに来るって書いてあったから。
本当に、名前も、顔も、声も、全く一緒なのに、別人なのか?
そういえばさっき、リーズが俺に渡そうとしてきたあの紙クズ……。
「リーズ、お前が破った魔王召喚の日のページを見せてくれ」
リーズはマントのポケットから、先ほどの紙クズを取り出して俺に放り投げた。
地面に落ちた紙クズを拾い、丁寧に広げる。
そこにはたった一行だけ、文章が記されていた。
≪新暦1年 暖気 1日 魔王、異界から来たりて、アルマを滅ぼす≫
アルマ……俺が破壊した、あの大きな城のある街。
どうやら、書いてあるのはこれだけらしい。ラプラスの書は、一つのページに一つの予言だけが書かれているみたいだ。
「なぁ、リーズがラプラスの書からこのページを破ったとき、他のページも見てねぇの?」
「私が読んだ限り、魔王の幹部である強力な魔物4人。そして、覚醒した魔王の計5人が、勇者と戦ってる最中に、新しいラプラスの書が作られる……くらいです」
ああ……そうか、もしかしたらと思ってたが、やっぱりいるのか。この世界に、俺を倒そうとする勇者が。
俺はやっぱり、この世界での悪役か……。
全く、なんでこんなことに。俺が何したってんだよ。
何にせよ、ラプラスの書を読めば分かる。どうしてこんなことになったのか。
この先俺はどうなるのか。
ラプラスの書が魔王覚醒の日に生成されるとしたら、その日の予言が実現されるように俺も動くべきか。
俺も先が不安だから、ラプラス書欲しいし。
「そのラプラスの書ができるっていうのは、いつなんだよ」
「分かりません。ちゃんと見れてないですか。日付より、何が起きるのかに重視して見てましたし」
「まぁ……そりゃそうだよな」
ん?待てよ。1ページに1日の予言だよな。今日の予言が開いたページの右側にあるなら、裏側には明日の予言が書いてあるんじゃ?
俺は紙屑を裏返す。
≪新暦1年 暖気 2日 魔王、4天王を探しに旅立つ≫
「この四天王とかいう奴、お前知ってるのか?」
「四天王は、死神、ドラゴン、魔人、ラプラスの悪魔。死神の居場所なら、心当たりがあります」
死神……か。なんか怖ぇ、ああいうお化けとか妖怪とか、夜道に気づいたら後ろにいそうな気がする……みたいな属性ある奴苦手なんだよな。
「ここから北西に3ヶ月歩いた町に、死神に関する伝承があります。まずはそこにいくのがよろしいかと」
四天王の情報の続きを開示するリーズ。
3ヶ月、という言葉に、ますます体の力が抜ける。
「3ヶ月……徒歩、、、江戸時代かよ」
電車もなければ車もない。当たり前だが飛行機もない。
実際この世界の文明を見ているわけじゃないからなんとも言えないが、そもそもそう言った移動手段がありそうな町は、昼間に全て俺が消し炭にしてしまった。
いや、でもこの世界には科学の代わりに魔力があるんじゃないか?
俺は昼間の時と同様、黒い魔法陣を展開する。
すると、リーズの冷たい言葉が浴びせられる。
「まさか魔王様、魔法で行けるとお思いですか?無理ですよ。あれは人間の街。貴方が魔法を使ってその地に降り立った瞬間、その町から人間はいなくなります」
「じゃあ、街のそばに降りれば良いだろ」
「街のそばに降りれば、すぐに人間の探知魔法にとらえられて、その街から人間はいなくなります。魔王様が常に放つ溢れる魔力は、人間の生を奪うものですから」
なんの再放送だよ。
「じゃあどうしろっての、そんなこと言ったら町に入れねぇじゃん」
「徒歩で町に向かい、その間に魔力を抑える訓練をしてもらいます。それも嫌だというのでしたら、私はもう知りません」
冷た、冷たーい。俺が寝てる地面くらい冷たい。本当、別人なら元のリーズさんが恋しくなる。いや、でも殺されてるか。
リーズに碌なやつがいねぇ。
「分かったよ」
「では明日、夜明けと共に出発いたします」
「早ぇって、もうちょい寝させろよ」
「……」
無視、ですか。
三ヶ月、こいつとたった二人で過ごすと思うと、気がまいる。
黙ってれば綺麗なんだけどな……。
綺麗……魔物の姿のこいつが?
あぁ俺、変わっちまったんだなぁ。
人間じゃねぇんだ。
しみじみと、現実に実感させられながら、受け取ったラプラスの書の紙クズを、握りしめる。
すると一瞬、手の中に温かい感触がした。
手を開くと、ラプラス書の紙屑は、光となって消えていた。




