第7話(5/19大幅改稿)
「……く、九朗……お前、なんで……!?」
白銀の鎧を着た天狼は、まるで本物の化け物でも見たかのように後ずさった。
無理もない。俺はバケモノの返り血で真っ赤に染まり、下層のヘドロで真っ黒に汚れ、到底『生きた人間』には見えない出で立ちをしているのだから。
天狼の背後で、メインチャンネルの生配信を行っているドローンカメラが、俺と天狼の2人を同時に画角に収めた。
その瞬間、天狼のメインチャンネルのコメント欄が、凄まじい勢いで滝のように流れ始めた。
『え!? これって裏のサブチャンネルでバケモノ倒してた奴!?』
『嘘だろ、下層から自力で這い上がってきたのかよ!?』
『待って、天狼はさっき「九朗が身を呈して庇ってくれた」って言ったよな?』
『サブチャン見てこい! 天狼がこいつをバケモノに投げ飛ばして自分だけ逃げたんだぞ!!』
『は? 天狼クソじゃん! 最低!』
『詐欺師! 人殺し! 謝れ!!』
「……な、なんだこのコメントは……!?」
天狼は虚空に浮かぶARウィンドウを見て、完全にパニックに陥った。
彼が九朗を見捨てるためにわざと放置した『サブチャンネル用の予備ドローン』が、皮肉にも九朗の死闘を世界中に生中継し続けていたことなど、この男は微塵も知らなかったのだ。
悲劇のヒーローを気取っていたメインチャンネルの視聴者と、地獄のサバイバルを目撃していたサブチャンネルの視聴者。
2つの配信枠が今、俺が天狼の背後に立ったことで完全に合流した。
数十万の視聴者が同時に、天狼という男の下劣な嘘と、卑怯な本性を目撃したのだ。
「て、てめぇ……! 何しやがった、九朗ォ!!」
自分の名声が音を立てて崩れ去っていくのを悟った天狼は、顔を真っ赤にして激昂した。
証拠隠滅とばかりに大剣を引き抜き、俺に向かって力任せに振り下ろしてくる。
「ふざけんなあああああッ!!」
——ヒュンッ。
「……あ?」
天狼が渾身の力で振り下ろした大剣は、俺の残像だけを切り裂き、空しく石畳へと激突した。
当然だ。今の俺の肉体は、エラーによって深層ロジックが暴走し、魔物の因子を取り込んで完全に再構築されている。
ただ雑魚狩りをしていただけの『ハリボテ剣士』の攻撃など、ハエが止まっているようにしか見えない。
「お前が俺を魔物の餌にして逃げたおかげで、ちょっとばかり『変な力』がついちゃってな」
俺は、石畳にめり込んだ大剣の腹に、軽くブーツを乗せた。
メキィッ……!
俺が少しだけ体重をかけると、天狼が自慢にしていた最高級の魔剣に無数の亀裂が走り、あっけなく粉々に砕け散った。
「な、ば、馬鹿な……ッ!? 俺の剣が、足蹴にされただけで……!?」
「ヒィッ……!?」
武器を失い、完全に腰を抜かした天狼は、無様に尻餅をついた。
先ほどまでカメラの前で正義を語っていた輝かしいリーダーの姿はどこにもない。そこにはただの、死に怯える惨めな小悪党がいるだけだった。
俺はゆっくりと天狼に歩み寄り、胸ぐらを掴んで強引に引き上げた。
恐怖で震えるその耳元で、ドローンカメラのマイクには拾われない程度の低い声で囁く。
「……約束通り、極上の囮役をこなしてやったぞ。世界中にいい顔を晒せたじゃないか」
「あ、が……ッ……」
「さあ、約束の報酬、百万ゼニーを払ってもらおうか」
天狼の顔面が蒼白になる。
俺が死ぬと確信していた彼が、そんな大金を持ち合わせているはずがなかった。
「ひ、ひぃぃ……っ! 今、持ち合わせは……!」
「……ない? そうか」
俺は心底冷酷な笑みを浮かべ、天狼の首をさらに強く締め上げた。
「百万ゼニーだ。——金で払えないなら、その命で払え」
「あ、あああ……っ! た、助けて……! ごめんなさい、許して、死にたくない、死にたくないぃぃッ!!」
何十万人という視聴者が見ている前で、天狼は鼻水と涙を流し、大の大人が子どものように泣き叫んで命乞いを始めた。
かつての人気パーティ『白銀の天剣』の威光など、もはや一片も残っていない。
社会的な完全な死。それこそが、俺から全てを奪おうとしたこの男への、ふさわしい復讐だった。
「……もういい。ゴミに触れて手が腐りそうだ」
俺は興味を失い、天狼をボロ雑巾のように地面へと放り投げた。
そして、騒然とする2つのドローンカメラを一瞥し、泥だらけのオレンジスーツのまま、ダンジョンの外へと歩き出した。
* * *
同時刻。ダンジョンから遠く離れた、モニターの光だけが照らす薄暗い部屋。
数台の巨大なディスプレイに、九朗と天狼の2画面同時配信を映し出していた『彼女』は、妖しくも美しい笑みを浮かべていた。
「ふふっ……あははははっ! 最高、最高すぎるわ、この人!」
「九朗……くん、ね。見つけたわ、私の最高の被写体」
暗い部屋の中で、彼女の瞳が狂気じみた執着の光を帯びて輝いた。
——最弱の冒険者が世界を熱狂させる異常な配信は、まだ始まったばかりだった。




