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第22話

 ギルド千葉支部、上層階にある最上級冒険者専用のプライベートラウンジ。

 大炎上しスポンサーからも違約金を叩きつけられた天狼だが、裏金で癒着している支部長の権力を笠に着て、未だにこの部屋を我が物顔で占拠していた。

 本来ならば優雅なクラシック音楽が流れるその空間に、今は怒声と怯えたような言い訳が響き渡っていた。


「……冗談だろう? もう一度言ってみろ、ゲイル」


 高級な革張りのソファに深く腰掛けた天狼聖は、手元のグラスをテーブルに叩きつけ、氷のような視線で目の前の男を睨みつけた。

 対照的に、非合法のPK集団『掃除屋』のリーダーであるゲイルは、泥と冷や汗にまみれた顔で、ガタガタと震えながら言葉を絞り出していた。


「ひ、一瞬だったんだよ……! 俺たちが囮に使ったA級下位のアーマード・オーガ三体に、B級のハウンドの群れ……! それを、あの底辺ポーターはたった一人で、ものの数十秒で挽肉に変えやがった!」

「馬鹿を言え。奴は成長が止まった【不適合者】だぞ!? ただのゴミだ!」

「俺だって信じたくねぇよ! だが、俺のカメラはこの目でハッキリ捉えたんだ! 奴は音速で動き、俺たちの罠をただの『性能テスト』扱いしやがったんだよ!」


 ゲイルは怯えきった目で、懐から一枚のデータチップを取り出してテーブルに放り投げた。

 天狼が手元の端末にそれを読み込ませると、空間にホログラムの映像が投影される。


 そこに映っていたのは、暗い岩穴の中で、目にも留まらぬ速度で躍動するオレンジ色の残像だった。

 ——シィッ。

 短い呼気と共に、強固な装甲を持つオーガの胸甲が紙切れのように切り裂かれ、内臓がぶち撒けられる。

 無駄のない、ただ純粋な殺意の結晶のような動き。

 映像の最後には、血だまりの中に立つ九朗が、獲物の『心臓』を素手で掴み出し、そのまま口へと放り込むおぞましい姿がはっきりと映し出されていた。


「ひっ……!」


 天狼の隣に控えていた取り巻きの一人が、その異様な光景に顔を青ざめて悲鳴を上げる。


 天狼自身も、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。

(なんだ、これは。こいつは本当に、あのゴミ虫の井藤九朗なのか……!?)

 映像の中の九朗が放つプレッシャーは、紛れもなく上位冒険者のそれだった。いや、殺しの純度だけで言えば、温室育ちの自分たちすら凌駕しているかもしれない。


「それに、途中でS級の『狂犬』……乾顕宗まで乱入してきやがったんだぞ!? 奴が放つ殺気にドローンも壊れちまって、あの後どうなったかは分からねぇが……これ以上、あんな規格外の化け物どもに関わっていられるか! 俺たちはもう降りる。前金は返すから、この話は無かったことに——」


「逃がすかよ、クソが!!」


 天狼は立ち上がり、ゲイルの胸ぐらを力任せに掴み上げた。


「お前らが逃げたら、誰が奴の口を塞ぐんだ!? 乾だと? チッ、あの頭のおかしい戦闘狂め。だが、好都合だ。九朗の奴が乾に殺されていればよし、もし運良く逃げ延びていたとしても、あのS級を相手にして無傷なはずがない」

「し、しかし……っ!」

「もし俺がPKを依頼したと世間にバレてみろ! 俺の築き上げた『白銀の天剣』のブランドが、スポンサー契約が、全部パーになるんだぞ!!」


 天狼の顔面は、恐怖とプライドが入り混じった醜い形相に歪んでいた。

 彼にとって、強さとは大衆にチヤホヤされ、巨万の富を得るための「見られるための飾り」でしかなかった。だからこそ、そのメッキが剥がれて底辺へ逆戻りする恐怖は、彼を狂わせるのに十分だった。

「あんなゴミ虫の分際に、俺のすべてをぶち壊されてたまるか……絶対に、絶対に許さん……!」


「……っ、天狼さん。どうしますか。もしあのポーターが生きて戻ってくれば、いつ俺たちの首を掻き切りに来るか……」


 取り巻きの声に、天狼はゲイルを乱暴に突き飛ばし、ギリッと奥歯を噛み締めた。

 正面から戦えば、自分たちでも無傷では済まないかもしれない。映像の中の九朗の機動力は、A級の天狼から見ても異常だった。

 だが、ここはゲームの舞台ではない。現実の殺し合いだ。

 まともに戦って勝てないなら、盤外の力を使えばいい。


「……おい、ゲイル。お前、裏のルートに顔が利くだろう。借金まみれの冒険者や、金で動くならず者どもを、集められるだけ集めろ」

「は、はい!? まさか、数の暴力で——」

「そうだ。B級だろうがA級下位だろうが構わん。三十……いや、五十人は集めろ。一人頭一千万払ってやる」

「ご、五億……!?」


 ゲイルだけでなく、取り巻きたちも息を呑んだ。

 違約金の支払いすら無視し、海外の隠し口座に残された裏金のすべてを注ぎ込む狂気的な投資。だが、天狼の目は血走っていた。


「奴の機動力が厄介なら、逃げ場をなくせばいい。ギルドのブラックリストに載っている違法魔導具の手配師に連絡しろ。『空間封鎖結界』を用意させるんだ」


 『空間封鎖結界』——かつて軍事用に開発され、現在は使用が厳しく禁じられている危険なアーティファクト。

 指定したエリアの空間を完全に隔離し、物理的な出入りはおろか、外部との通信すらも完全に遮断する。発動中、そのエリアはギルドの監視システムからも「存在しない場所」として隠蔽される。


「奴を結界の中に閉じ込め、五十人の武装集団で全方位から蜂の巣にする。いくら素早くても、逃げ場のない檻の中で三百六十度から魔法と弾丸を浴びれば、ただの肉塊に変わるだろうが」


 天狼はひくついた笑みを浮かべ、高級なグラスに注がれた酒を一気に煽った。


「俺は、その結界の安全圏(外側)から、最新型のドローンでその様子を撮影する。『危険な魔群氾濫まぐんはんらんの生き残りに襲われている哀れなポーターを、俺たち白銀の天剣が救出しようとしたが、間に合わなかった』——そういう感動的な悲劇のストーリーを全世界に配信してやるよ」


 ただ殺すだけでは足りない。

 自分をここまでコケにし、恐怖を抱かせたあの不適合者を、完全な「ピエロ」として消費してやらなければ気が済まなかった。


「……そのためには、確実に奴を罠に誘い込む『極上のエサ』が必要だな」


 天狼の脳裏に、ある人物の顔が浮かんだ。

 いつもギルドの窓口で、あの薄汚いポーターにだけ愛想よく接していた、邪魔な受付嬢の顔が。


「待ってろよ、ゴミ虫。お前が一番絶望する舞台を用意してやる」


 白銀の鎧を着込んだ虚飾の勇者は、自身の保身と醜いプライドを守るため、底知れない悪意の網を編み上げていた。

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