第17話
千葉ダンジョン・第5階層『慟哭の岩穴』。
迷宮の深部に位置するそのエリアを歩きながら、俺は視界の端にポップアップしたARウィンドウの映像を冷めた目で見つめていた。
映像の先——現在地からそう離れていない高台に、三人の男たちが潜んでいるのが見える。
彼らはギルドの正規ルートから外れた非合法のPK集団——通称『掃除屋』。
リーダーと思しき男、ゲイルが、手元のモニターを見て下卑た笑いを漏らしている。
『ヒャハハッ! 見ろよあの馬鹿、見事に誘い込まれてきやがったぜ。あんなに目立つオレンジ色のズボン履いてりゃ、モンスターのヘイトも稼ぎ放題だわな』
『リーダー、天狼の野郎から入金確認しましたよ。前金で五百万、残りは「奴が無様に死ぬ動画」を納品してから五百万です』
『ボロい商売だぜ。ただモンスターを押し付けて(トレインして)動画を撮るだけで一千万ゼニーたぁな。天狼の奴も、どんだけ底辺ポーターにビビってんだか』
傍受された音声が、ノイズ混じりに耳に届く。
彼らは特殊迷彩を施した小型の盗撮用ドローンを飛ばし、眼下を歩く俺を監視しているらしい。
仕掛けられた罠は、極めて陰湿で悪質だった。
『九朗様、前方のルートからA級下位『アーマード・オーガ』三体。背後を塞ぐようにB級『ブラッド・ハウンド』の群れが十五匹。……お掃除屋さんたち、随分と張り切って誘導してくれたみたい。全部、この階層には出ない格上ばかりだよ』
インカムから響く詩音の声は、緊迫感とは無縁の、どこか弾むようなトーンだった。
俺は暗い岩穴の中を歩きながら、周囲の岩陰から聞こえてくる低くおぞましい唸り声を聞き、小さく息を吐いた。
「ああ、ご苦労なことだ。自分で探す手間が省けたよ」
俺は、詩音に対して淡々と答える。
「罠だと知りつつ、わざわざ向こうが用意した死地に足を踏み入れるのは、少し悪趣味だったか?」
『ふふっ、そんなことないよ。九朗様が彼らの努力を『利用』して効率よく強くなれるんだから、むしろ慈悲深いくらいだね』
詩音の言葉通り、俺に焦りはない。
これは俺にとって、掃除屋が仕掛けた「危機」ではなく、掃除屋が勝手に集めてくれた「的の詰め合わせ」でしかなかった。
『……それに九朗様。連中、安全圏の高台から高画質のドローンでこちらを撮影してるわ。天狼に送るための『死亡証明動画』を撮る気満々みたいだね』
「わざわざ記録まで残してくれるとはな。なら、せいぜい派手に見せてやろう。新しい武器の性能テストにはうってつけだ」
俺は両太ももに装着したシース(鞘)のスイッチを、左右の親指で同時に押し込んだ。
——ガギィンッ!!
重厚な電磁ロックが解除され、漆黒の刃『特殊機巧双短剣』がバネの力で俺の手のひらへと射出される。
グリップを力強く握り込むと、ひんやりとした金属の感触が手に馴染んだ。
「グルルルルルッ!!」
直後、背後から十五匹のブラッド・ハウンドが一斉に牙を剥いて飛びかかってきた。
常人ならすくみ上がるその圧倒的な殺意。
だが、俺は振り返ることすらしない。
「シィッ——」
スキル【跳躍】の発動。
音速の踏み込みが、岩穴の空気を破裂させる。
ドローン越しのモニターで見ている掃除屋たちの目には、俺のオレンジ色のズボンが「一瞬でブレて消失した」ようにしか見えなかっただろう。
俺はハウンドの群れのド真ん中へと跳び込み、すれ違いざまに双短剣の刃を獣の首筋に当てた。
そして、グリップのトリガーを引く。
ドガァァァァァァンッ!!
爆発加速薬莢が火を吹き、凄まじい推進力を得た漆黒の刃が、ハウンドの肉と骨を紙のように切り裂いた。
一閃、また一閃。
銃声にも似た爆音が響き渡るたびに、魔獣の首が空高く舞い上がる。暗殺者のような隠密性は皆無。極限の機動力と圧倒的な火力による、完全な「正面からの蹂躙」だった。
「グガァァァァッ!!」
血の雨が降る中、前方を塞いでいた三体のアーマード・オーガが、丸太のような鋼鉄の棍棒を振り下ろしてくる。
俺はアッシュグレーのジャケットを翻し、空中で軌道変更を見せて棍棒を躱すと、そのままオーガの鋼鉄の胸甲へと飛び込んだ。
「装甲ごと叩き割る」
両手のダガーを交差させるように叩き込み、両方のトリガーを同時に引き絞る。
轟音と共に、通常の武器では決して傷つかないはずのオーガの強固な装甲が、まるで飴細工のように粉砕された。
そのまま交差した刃が巨大な胴体を「X」の字に両断し、巨大な肉塊がドス黒い血を噴き出して崩れ落ちる。
『あっ……ああっ! 素晴らしいわ九朗様! その圧倒的な速度、暴力! 新しいお洋服も武器も、九朗様に完璧に馴染んでる……っ!』
通信越しに響く詩音の恍惚とした悲鳴をBGMに、俺は残る二体のオーガの頭を、瞬きする間に撥ね飛ばした。
戦闘開始から、わずか十数秒。
あれだけの大群が、ただの一度も俺に触れることすらできずに全滅していた。
『なっ……な、な、なんだありゃあッ!?』
ARウィンドウの中で、高台でモニターを見ていた掃除屋のゲイルが、咥えていた葉巻を落とし震える声を上げた。
連中は、画面の向こうで起きた現実が理解できずにパニックを起こしている。
ただのポーターが、爆音と共に一瞬で消え、気づけばA級やB級のモンスターが挽肉に変わっているのだ。ドローンのカメラのフレームレートが、俺の動きに全く追いついていないのだろう。
『お、おい! 話が違うぞ! あんなの、上位冒険者でも不可能だ! どうなってやがる!』
『ひっ……! り、リーダー! あいつ……!』
部下の悲鳴に、ゲイルは再びモニターに目を戻し——その顔面から一気に血の気が引くのが見えた。
俺は血の池のど真ん中でゆっくりと顔を上げ、特殊迷彩で完全に風景に溶け込んでいるはずの「ドローンのレンズ」を、真っ向から、正確に見つめ返す。
モニター越しに俺と完全に目が合ったゲイルが、恐怖で歯の根を鳴らす音が傍受した通信から聞こえてきた。
俺は足元のオーガの死骸を蹴り退けながら、ドローンのカメラ越しに彼らへ向けて——冷え切った、慇懃無礼な笑みを浮かべた。




